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【小説】キヨメの慈雨 第十二話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。




 職員室で事情を話すと、担任は不思議がりはしたが不審がりはせず、真摯に話を聞いてくれた。コトナリについて話しても余計に混乱させてしまうだけだと思い、意澄は美温にも担任にも黙っていた。

(······犯人コトナリヌシを突き止めたら、やっぱり美温には話すべきかな。きっと、わたし一人で戦って美温が何も知らないままっていうのは、本当の解決じゃない)

 担任から返された紙袋に包まれた下着を身につけるために、美温が更衣室に入った。ドアの外で待つ間に、意澄は考えを巡らせる。

(怪しい人······って言っても思いつかないな。恨みを買うような感じの子じゃないけど、逆にああいう美少女は妬まれやすかったりするのかも。たぶん、男子じゃないだろうとは思う······というか思いたい。女の子が困ってるのを見て喜ぶような変態でも、パンツとブラを手に入れたら手放さないんじゃないかな······いやわかんないけど!というかそんな男だったらマジでぶん殴る!とにかく、美温を困らせたいんだったら女子の方があり得る)

 美温が更衣室から出てきた。ここまで考えたことを話そうかとも思ったが、かえって怖がらせてはいけないと思い直した。教室に戻るまでの道のりで、美温が口を開く。

「意澄ちゃんはさ、あたしのことどう思う?」

「どう思うって······すごくいい子。個性キャラパワーの塊。性格が良くて頭が良くてスタイルもいい高身長巨乳美少女」

「わあわあ何かいっぱい褒められた······一個ハズいのあったけど。でも、意澄ちゃんにはあたしのことそう見えてるんだね。自分で訊いといて難だけど、何かくすぐったい」

 美温はそう言って、力無く笑った。

「美温······?」

「あたしさ、いい子であろうとしてる訳じゃないんだよね。ただ、何というか······『精進』って言ったらいいのかな。褒められようとしてるんじゃなくって、自分で自分を高めたいなっていうか、あたしが納得できるあたしでいたいなって思うの。だけど、その結果をみんなが認めてくれて、いい子だって思ってくれるのは、すごく嬉しいよ。でも」

 美温は、傷口に触れる前のように、その言葉をためらった。それでも、意澄には自分の思いを伝えようとする。

「あたしが自分を納得させるためにやってることって、あたしの自己満足なんだよね。あたしのやることを、不快に思う人だっているんだよね。勉強も運動も頑張ろうって思ってたけど、出る杭は打たれちゃうんだね。どうやったのかはわかんないけど、今回あたしがこういうことをされたのだって、誰かが心のどこかであたしのことを良く思ってなかったからなんだね」

「美温······」

「あたし、さっきの質問、すごく怖かったんだよ。もし意澄ちゃんがあたしのこと、『生意気だと思う』って言ったらどうしようって」

「そんな訳ない!」

 意澄は咄嗟に言い返していた。美温が目を丸くしていることに気まずさを感じながらも、言い返さずにはいられなかった。

「美温は生意気なんかじゃないよ。自分の優秀さを誇示しようととか、そんなことは考えないで美温なりに頑張ってるんでしょ?だったら生意気だなんて思えるはずが無い。だから、美温は悪くないよ」

「意澄ちゃん······」

 美温は意澄の真剣な眼差しを受けていたずらっぽく楽しそうに笑い、

「意澄ちゃんならそう言ってくれるんじゃないかって、ちょっと期待しちゃってたんだ」

「······え」

 意澄が何かを言う前に、美温は軽やかに教室に入っていく。すると丁度ドアが開き、中から出てきた人物と美温はぶつかりそうになる。

「おっと、ごめん!って小春ちゃんか。今帰るとこ?」

「あ、えと、う、うん」

「そっか。じゃあ、また明日ね」

「う、うん」

 小春は相変わらずおどおどしていたが、すぐに頭を下げて早足で立ち去ってしまった。肩に提げたトートバッグは、先ほどよりも小さくなっていた気がした。面積というよりも、中身が減って小さくなったようだ。

(気のせいかな)

 美温に続いて、意澄も教室に入る。教室には他に誰もいない。そこで、美温が立ち尽くしているのに気がついた。

「どうしたの?」

「意澄ちゃん、見てあれ」

 美温が指差す先は、彼女の机だった。その上に並べられているのは、シャーペン、古文の用意一式、電子辞書、そして弁当箱。

「何で!?どういうこと!?」

 美温が机に駆け寄り、教科書を裏返して名前を確かめる。それはやはり美温のものだった。次に弁当箱を開ける。中身は丸々残っており、食べられた痕跡は無い。

「あたしの持ち物が返ってきた······!?でも誰が?それに、何にも手をつけてないんだけどどうして!?」

「······まさか小春ちゃん。美温、わたし追いかけなきゃ!」

「え、ちょっと意澄ちゃん!」

 美温が呼び止めるが、意澄は走った。確証は無いが、小春がコトナリヌシなのではないかと直感した。今この直感を無視してしまったら、解決の糸口を失ってしまうだろう。

(体育の後よりも小さくなってたトートバッグ、もしかしてあのときは美温の持ち物が入ってたから大きかったのかも)

 意澄は階段を駆け下り、一階分下がった所で小春を発見した。

「小春ちゃん、待って!」

 意澄が呼び止めると小春は肩をびくつかせて振り返り、意澄の姿を認めるとすぐに走り出した。

(逃げるってことはそういうことなの?)

 小春は一階までは下りずに、二階に差し掛かった所で廊下へ飛び出した。意澄も滑るように階段を下りて彼女を追いかける。小春は重たい教科書類が詰まったリュックを背負っているうえにトートバッグを肩から提げているのに対し意澄は手ぶらだ。それにどうやら小春は運動が得意ではないらしい。追いつくことはたやすいだろう。

 長い廊下で、意澄は一直線上に小春の姿を捉えた。一気に走って距離を詰めようとしたそのとき、小春が通った跡に次々と机が出現し、意澄の行く手を阻む。足止めされている間に小春に距離を離され、机は廊下を埋め尽くしてしまった。

(······この机、どこから?具現型ってやつなのかな。それか、教室から瞬間移動させてきたとか?)

 意澄はすぐ側の教室を見やるが、この学校は全ての教室が磨りガラスになっているため中の様子を確認できない。

「意澄、追いかけろ。敵の能力が不明なのは痛いが、追いかけなければコトナリを食うことができん」

 進路を塞ぐ机の上に現れたチコに促され、意澄は一跳びで彼女の横に上がった。チコにしろこの行動にしろ他の生徒や教師に見られていないかヒヤヒヤするが、慎重になっている暇は無い。飛ばし飛ばしではなく廊下を埋めるように机が現れているのに助けられた。意澄は机の上を走り抜け、いったんは小さくなった小春の背中に迫る。

 意澄は小春を追いかけて先ほどとは反対側の階段から一階に下り、更衣室の前までやって来た。そこは放課後になると運動部の女子達が着替えに使っているらしく、バスケ部やテニス部が競い合うように新入生の勧誘を行っていた。勧誘を受ける女子達の中に、早苗の顔があった。

(ナイスタイミング!)

 早苗は小春に気づくと手を振り、小春は困ったような表情で意澄との距離を確認した。

「小春、今すっごい熱心に勧誘されちゃってさ。一緒に見学だけでもしてみない?」

(早苗GJ!そのまま足止めお願い!)

 しかし、さらに速度を上げた直後、意澄は丸い何かを踏み、バランスを崩して転倒した。

「おわあああ!?」

 思わず変な声が出てしまい、意澄は運動部員達の注目を一斉に集めた。早苗が意澄に気づいて駆け寄ってくる。

「大丈夫?どうしたの?」

「いや、何か踏んじゃって······って、テニスボール?」

 意澄が踏んだのはテニスボールのようだ。早苗がテニス部員を見ると、

「いや、どうして?ボールはケースの中にしまってあったのに。ってか、そんなことより大丈夫?けがは無い?」

「はい、大丈夫です。それじゃあ!」

「え、ちょっと、意澄!」

 既に小春はその場を離れていた。意澄は立ち上がり、呼び止めようとする早苗に心の中で謝りながら再び走り出す。

 体育館の前を通り過ぎようとしたとき、意澄はあと一息で小春に追いつけるというところまで来ていた。上級コトナリヌシの力を活かしてアクロバティックに先回りしてしまおうかと思ったとき、目の前に突然大きな柱が現れた。止まることも回避することもできず、意澄は自分から障害物に激突してしまう。ゴッ!と鈍い音がして、一瞬視界が明滅した。小春を逃がすまいという一心で進路に水を放つが、彼女の足元を濡らす程度に過ぎなかった。キンッ、という甲高い音が立てて倒れた障害物は、バレーボールの支柱だった。

(体育館から移動させてきた?)

 意澄は体育館を見るが、陽光がバドミントン等の邪魔になるのだろうか、カーテンが閉められており中の様子は確かめられなかった。視線を戻すと、小春は姿を消していた。

「······どうした意澄、追いかけないのか?」

 チコが若干不機嫌そうに尋ねると突っ立っている意澄は、

「チコ、小春ちゃんの能力がわかったかもしれない」

「そうか。だが能力が判明したところで取り逃がしては意味が無いぞ」

「大丈夫。どこに行ったかはちゃんと見えてるから。ほら見て」

 意澄が指差すのは、廊下に残った足跡。ただの足跡は廊下には残らないが、意澄は先ほど小春の足元に水を放っているため、上靴の底の形をした水滴がしっかりと残っている。

「なるほど。瞬時の判断でこれとは流石だな」

 意澄は小春の足跡を追い、やがて薄暗い倉庫に辿り着いた。元々は体育祭用の大道具が入っていたが新体育倉庫の完成と共に中身が移って今はただ存在するだけの空き倉庫になり、しかもカビ防止のために毎日鍵を開けて換気しなければいけないのだ、と入学式の日の学校案内で生徒会執行部の上級生に言われた気がする。

「姿を見失ったお前が通り過ぎるのを期待した訳か。だがそうはいかん」

 チコが尊大な口調で言い、意澄は空き倉庫に足を踏み入れる。案の定、隅で小春が息を潜めていた。

「ど、どど、どうしてここにいるって······」

 驚く小春に意澄は片目を瞑って、

「不思議な力があるのは小春ちゃんだけじゃないってこと。それより聞かせてくれないかな。小春ちゃんがどうして逃げたのか、いや······」

 意澄はそこで区切り、意を決して言葉を投げ掛ける。


「小春ちゃんがどうして美温を狙ったのか」


「答えることはないわよ」

 意澄でもチコでも小春でもない、女性の声がした。その声の主は、愛くるしい小型犬のような出で立ちをしていた。

「し、シーズ、ど、どういうこと?」

 シーズと呼ばれたそのコトナリは、猟犬のように獰猛な笑みで小春にささやく。

「その子のコトナリを食べれば、その子はあなたに何にもできないんだから」


〈つづく〉

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