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【小説】キヨメの慈雨 第九話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。


 日尻が、そして特民室が意澄に求めたのは彼女とチコについての説明だった。だが意澄は何を説明すれば良いのかわからず、目を泳がせる。日尻は肉を焼く手を止めて、意澄が口を開くのを待っていた。

「説明することなど無い」

 わずかな沈黙を破ったのは、意澄でも日尻でもなかった。意澄の膝の上から体を伸ばしてテーブルの上に顔だけちょこんと出しているチコだ。

「ちょっとチコ、他のお客さんに見られたらどうするの」

「心配するな。この位置なら他の連中に見られることも無いだろう」

 小さくささやく意澄に対してチコは遠慮の無い声で言った。その様子を見ても日尻は表情を変えずに、

「説明することなど無い、とはどういうことかな?」

「言った通りだ。お前らが何を知りたがっているのかは知らんが、私達に話すべき事情など無い。能力は見た通り水を操ること。コトナリとしては上級。それだけだ」

「そうか。なら、君達は今までどんな相手と戦ってきたんだ?それなりに場数を踏んでいるようだったが」

「ふん、何が場数を踏んでいるだ。私と意澄こいつが出会ったのはつい数時間前のことだぞ。縄を操る変態野郎を下したのが私達の初陣、あの花村とかいう頭のおかしい女とやり合ったのが二戦目だよ」

「······にわかには信じがたい話だが、間違いないかい、御槌意澄?」

 目を向けられ、意澄は首肯した。すると日尻は苦笑して、

「やれやれ、すごいな君達は。コンビ結成初日で花村望とあそこまで張り合うとは。君達は何か特別なのかもしれない」

「いえいえそんな、結構ボロ負けでしたし」

 意澄が言うと日尻は何が面白いのか口角を上げて、

「思い返してみてくれ。君があそこまで戦えたのは君のセンスが良かったからだとして、ではチコの能力に不思議な点は無いだろうか?」

「······すみません、特に思いつかないんですけど」

「そうかい。私は一つ見つけたよ。例えば、『水を操る能力』なのに、なぜ君の体を水に変えることができた?水の生成や操作ではなく、自分の体の水への変化は『水を操る』ということから少し外れてないか?」

「······人間の体の大部分は水だから、とか?」

「そうかもしれないな。だがもし人間の体を構成している水分まで操作できるんだったら、相手を水に変化させてしまえば楽に勝てるだろう。なぜそれをしなかったんだい?」

「······言われてみれば確かに。そういう発想がありませんでした」

「そうかい。では、試しに私を水に変えてみてくれ」

 そう言われて意澄は意識を集中させる。水に変われと強く念じる。それでも、日尻の体は何一つ変わらなかった。その結果を見て日尻は満足そうに、

「やはりね。君達の能力には、水を操ること以外にも+αで何かがあるようだ。それも、自分にだけ作用する、特殊な何かが。そういったものに心当たりはあるかい?」

 今度はチコに尋ねた。チコは忌々しそうに舌打ちし、

「あれば良かったんだがな。残念ながら私は記憶喪失というやつらしい。今日目を覚ましてからの記憶しかないし、その記憶も大半が意澄と出会ってからのものだ。コトナリとは何なのかとか自分の能力は何かといった知識はあるが、自分が何者なのかというような記憶は無いんだよ」

「······そうだったのか。記憶喪失、か」

 日尻は独り言のように呟いた。彼の中だけで何かが解決してしまったのか、こちらには説明を求めてきたくせにあちらが説明をする気は無さそうだ。そのことにまた舌打ちするチコの頭を撫でながら、意澄は尋ねる。

「あのぉ······そもそも、コトナリって何なんですか?」

 すると今まで日尻に任せて肉を焼いていた江西が、

「あれ、意澄ちゃん、そういうのは普通自分のコトナリから聞くものらしいんだけど、まだ知らない感じ?」

「はい。何となくはわかるんですけど、詳しいことが知りたいんです」

 江西が日尻を見る。日尻はまた肉を焼き始めながら、

「そうかい。では、君がどこまで知っているのか教えてくれるかな?」

「えっと、『コトナリは人間が必要としたときに現れる』、『コトナリはコトナリヌシのエネルギーをもらう代わりにヌシに特殊能力を貸す』、『コトナリはヌシとの結びつきが弱まると他のコトナリに食べられる危険性がある』。これくらいです」

「なるほど、基本的なことは押さえているようだね。ならば、何から話そうか······」

 日尻が肉を分配しながら言うと江西が、

「コトナリがいつから現れ始めたのか、とかは知らないんだよね。なら、そこから話しましょう」

「はい、お願いします」

「了解した。御槌意澄、君はコトナリがいつから現れ始めたと思う?」

「いつから······三年前の豪雨、とかですか?」

 すると日尻は眉を上げて、

「直感だとしたら素晴らしいな。それとも知っていたのかい?」

「いや、その······何か不思議な存在がこの街にはいるんだなっていうことは、三年前の夏から感じてたんです。学校で妙な噂を聞くこともありましたし。ただ、コトナリっていう名前なんだとかいうのは知らなかったんですけど」

「なるほどな。私を見ても大して動じなかったのはコトナリの存在を薄々わかっていたからということか」

 チコはうなずいてから、江西が意澄の皿に載せようとした肉をかっさらう。

「君の言う通り、コトナリは三年前の豪雨の後から現れ始めたとされている。正確にはもっと前からいるんだが、豪雨の後で爆発的に数を増やしたんだ」

「豪雨の後に増えた?あの豪雨が何か関係あるんですか?」

「直接の関係があるかといった話に踏み込む前に、まずは我々や花村望達について知っておいた方がいいだろうね」

 「花村望『達』······?もしかして、あいつに仲間がいるんですか?」

「残念ながらそうだ。まずは私達特民室から話そうか。先ほども言った通り、三年前の豪雨の後からコトナリが増え、それに伴ってコトナリヌシが起こす事件も増えていったんだ。そこでこの街にいったいどんなコトナリヌシがどれぐらいいるのかを調査・管理する部署が市役所内に設けられた。それが特定市民対応室だよ。私達六人は実戦部隊で、その他にも戦闘の後処理をしてくれたり目撃者への事情説明をしてくれる支援班が十人いる。後は、全責任を負う室長だね」

「なるほど。じゃあ、支えてくれる人もいるけど、皆さんは六人で三年間ずっと人知れず戦ってきたってことなんですね。何かかっこいい」

 意澄が言うと日尻はまた苦笑して、

「そう言えば聞こえがいいんだがね。実際はそうではない。特民室が設立された当初、実戦部隊は私しかいなかった。そこから江西くんが入ってきて、豪雨から一年経ってなつめが、そこから三ヶ月ほどして柿崎が、豪雨から二年目の春に明日海が、そして半年前に高館が入ってきて今のチームになったんだよ。みんな何かしらのトラブルを抱えていて、その中で私と出会ったんだ。このチームは、事件を起こしたものの更正の余地があるコトナリヌシの社会復帰の場でもあるからね」

「そうだったんですね。でも、明日海ちゃんとか見た感じわたしよりも年下なんですけど、学校とかどうしてるんですか?」

「行ってない」

 明日海が届いた大量のフルーツゼリーを高館に押しつけながら、気軽に答えた。触れてはいけないことを訊いてしまったか、と意澄は後悔したが、やはり明日海は軽い口調で、

「ちょっと騒ぎを起こしちゃったから、行きづらくなっちゃって。訳あって親もいないし、親戚も頼れないんで今は江西さんの家に住んでます」

「豪雨のときに両親と妹が亡くなって、家が広くなっちゃって。明日海ちゃんがいても広すぎるぐらいだよ」

 二人ともあまりにもあっさりと言っているため、逆に意澄は不安になった。

(え、これ大丈夫だよね?わたし、地雷踏んでないよね?)

 何も言わない理由を作るために肉を口に詰める意澄をよそに明日海が、

「そういえば高館はどうなってるの?高校辞めちゃったの?」

(え、この人高校生だったの?金髪OKの高校とかあるの?)

 都会であればありふれたことなのだろうが、地方の公立高校の生徒である意澄は隣でフルーツゼリーと格闘している金髪ツンツン頭が教室に座っている光景を全く想像できなかった。だが高館は当然のように、

「辞めてねえよ。でも、行ってはない。毎日公欠扱いらしいぜ」

「ふーん。そういうとこ、日尻さんが手回ししてくれたんだ」

「手続きしてくれたのは江西くんだがね。それで、話を戻そう」

 日尻はさらに意澄の皿に肉を載せながら、

「御槌意澄、『福富グループ』という企業は知ってるかい?」

「はい。『お腹の中からお墓の中まで』っていうちょっと微妙なキャッチコピーのあれですよね。医療福祉から不動産、小売とか、とにかくいろいろやってるっていう。天領市はあの企業のお膝元って感じですし。それがどう関係するんですか?」

「ああ。福富グループは、裏では我々と同じようなことをやっているんだ。つまり、コトナリヌシの調査と管理を」

「······ちょっと待ってください、まさか、あの花村は福富グループの人間だっていうんですか?というかそもそも福富グループがコトナリヌシに関わってるんですか?」

「そうだ。多分野に渡って事業を展開する、この街を根拠地にした一大企業だ。この街にいる不思議な力をもつ人々を気にしても何もおかしいことは無いだろう。それで、花村望は福富の社員なんだ」

「······え、あいつ就活できたんだ」

「気になるのはそこか。まあいい、どうやら三年前まで彼女も普通の女性だったらしいね。だが豪雨でコトナリと出会い、変わってしまった。いや、変わってしまったからコトナリと出会ったのかな。細かくは触れないが、とにかく彼女は福富グループに所属し、過去に私と交戦したこともある」

「じゃあ、特民室と福富グループは対立関係ってことですか?」

「いや、そうでもない。福富はコトナリに関わってることを認めていないからね。あくまでも我々と花村望個人の対立ということになっているんだ」

「······職場がわかってるし、市役所なら住所とかもわかるんですよね。だったらどうして花村をとっちめないんですか?確かにめちゃくちゃ強かったけど、全員で寝込みを襲うとかすればいけるんじゃないですか?」

「一度それも試みたんだけどね」

 日尻は大きめの肉をハサミで切りながら、

「妨害が入ったんだ。花村望の能力ではない、何らかの攻撃が。その後彼女の住居は引き払われ、彼女は行方を眩ました。彼女には支援者がいるということだね」

「······じゃあ、そうまでして花村がやろうとしてることは何なんですか?『実験』とか言ってましたけど」

「実験の内容が果たして何なのかは私達にもわからない。だが、彼女がある法則を利用していることはわかる」

「······法則?」

「そうだ。君が知らない、コトナリの法則」

 そう言って日尻はまた意澄の皿に肉を載せ、

「コトナリの力で死んだ人間は、コトナリになる。肉体が失われても、その魂がコトナリになるんだ」

「······???????ちょっ、何言ってるかわかんないんですけど」

「······?もう一度言おうか。コトナリの力で死んだ人間は、コトナリになるんだよ」

「いや、あのそういうことじゃなくって。その、何がどうなったら人間の魂?がコトナリになるんですか」

「······では君はなぜ地球に重力があるのかと訊かれたら上手く答えられるかい?」

「それは無理ですけど、でもそれとこれって話が違うんじゃ······」

「同じようなものさ。法則っていうのはそういうもの。当たり前のことなのに、理屈を説明できない。とにかく、コトナリについての法則は理由を求めていたらキリがないよ」

「は、はあ······」

 釈然としないまま意澄は肉を口に運ぶ。日尻は一瞬の隙も与えずに肉を供給しながら、

「ここでようやく最初に戻ろう。なぜコトナリが豪雨の後に数を増やしたのか。もうこの答えがわかるんじゃないかな」

「······すみません、まだよくわかんないです」

「ではヒントを出そう。御槌意澄、三年前の豪雨で何人が犠牲になったかわかるかい?」

「4000人以上だったと思います」

「そうだね。正確には4306人。これには災害関連死の人達も含まれているから豪雨が直接の原因となったのはもう少し少ないだろうが、それにしても4000人以上がたった一日で命を落としている。そして、コトナリが爆発的に数を増やした」

 日尻がそこまで言うと意澄は口の中の肉も気にせず、

「えっと、ちょっと待ってください。じゃあ、もしかしてあの豪雨は······」

 うなずいた日尻は肉を裏返しながら、少女にたった一つの事実を告げる。

「ああ。三年前の豪雨は異常な線状降水帯による災害などではない。あれは、コトナリの力によって引き起こされた攻撃だ」


〈つづく〉



【お詫び】
 本シリーズには「バトル」「能力バトル」などというハッシュタグが付いていますが、まさか誰とも戦わずただ焼肉を食うだけの話が三話目に突入しようとは思いませんでした。ハッシュタグ詐欺です。すみません。





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