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【小説】キヨメの慈雨 第十三話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。




「さあ小春ちゃん、戦っちゃいなさい」

 シーズというらしい小型犬のようなコトナリは、犬歯を剥き出しにして言った。それに対し小春は、

「た、戦うなんて、そ、そんなことできないよ。だ、だって、意澄ちゃんは悪いことしてないのに······」

「これから小春ちゃんに悪いことしてくるのよ?さあ、戦うわよ」

「で、でも······」

 そのやり取りを見ていたチコがジトッとした目つきで、

「おい意澄、さっさとぶん殴って終わらせるぞ。あっちはやる気満々のようだしな」

「どこが!?ねえ、小春ちゃんめっちゃためらってたけど!?」

「ヌシがそうでもコトナリがその気だぞ。それとも何だ、コトナリの意思など無視して構わないとでも言うのか?」

「そういうことじゃないけど!これから一年同じクラスで過ごすのに殴るとかあり得ないでしょ!」

「······お前、知らないやつなら殴っていいとかいう通り魔的な考えは無いよな?」

「無い。無いからね!あーっと小春ちゃん?そんな怯えないで?」

 小春はかわいそうなほど縮こまっている。そんなヌシを煽るようにシーズが、

「小春ちゃん、戦いなさい。そうじゃなきゃ私があの子のコトナリに食べられちゃうわ」

「え、そ、それは嫌だ······」

「小春ちゃん」

 意澄は一歩踏み出す。それだけで小春は後退して隅に追いやられ、ぺたんと座り込んでしまった。

「たぶん、この状況じゃわたし達には勝てないよ」

 意澄は薄暗い倉庫の中を見回す。窓すら無く湿っぽいにおいだけが閉じ込められていて、他には人間一人がやっと入れるぐらいの大きな段ボール箱が置いてあった。それを横倒しにして空であることを確認できるようにしてから意澄はさらに、

「小春ちゃんの能力は、物体を瞬間移動させることでしょ?それも、距離とか大きさとかいろいろあるんだろうけど、一番大きな条件は『直接見えない』こと。磨りガラスの向こうの机、ケースに入れられたテニスボール、体育館の中のバレーの支柱。みんな何かに遮られて直接見ることはできなかった。美温の下着もいったんそのバッグの中に移動させてから、クラスの表札の所にもう一度移動させたんだよね?そもそも、そんな条件が無ければ回りくどいことなんかせずに美温の服をいきなり全部どこかへ移動させて、裸にしちゃえば良かったんだから。そうでしょ?」

「え、あ、うん······」

「ちょっと小春ちゃん、何バカ正直にうなずいてるのよ」

「え、あ、ご、ごめん」

 そんな小春の様子を見てチコがため息をつく。意澄は当然の事実を確認するように淡々と、

「ここには何も無い。箱も空だし、カーテンも、何かを隠せるような物も無い。だから、あなたの能力は使えない。でもそんなに怖がらないで、わたしはあなたのことを殴るつもりも、あなたのコトナリをチコに食べさせるつもりも無いから」

「何だと?おい意澄、どういうことだ」

「チコ、どうしても食べなきゃいけない理由が無いでしょ?そりゃあチコからしたらなるべく他のコトナリを食べたいだろうけど、でもその分はわたしが補うからさ。わたしだって知り合い殴りたくないの。わかってよ」

「············チッ、勝手にしろ」

「ありがとうチコ。それで小春ちゃん、一つ確認なんだけどさ」

 意澄は腰を低くし、小春と目線を合わせる。あくまでも意澄の顔は穏やかだったが、眼には見たものを硬直させるような迫力があり、小春もシーズも何も言えなかった。

「あなたに戦うつもりが無くっても、あなたがこれ以上美温に何かするんだったら、わたしはあなたを倒す。小春ちゃん、事情を聞く前に確認するよ。あなたは、美温にもう何もしないって約束できる?」

 戦うでも、勝つでもなく、倒す。はっきりとそう告げられ、小春は黙ってうなずいた。それを受けて意澄は穏やかな眼に戻り、

「うん、それじゃ行こっか」

「······い、行くって、どこに?」

「美温に謝りに」

 短く告げた意澄は、小春に手を差し出した。小春は意澄の手と顔を交互に見つめた後、おっかなびっくり手を握った。小春の手は柔らかくて、温かかった。意澄は小さく笑い、腕に力を入れて小春を引き上げた。

 そのときだった。

「おっどりゃあ誰なあドア開けっ放しにしとんのは。教員の怠慢じゃろうが。人が忙しい思いをしょうんのにどういうつもりならあ」

 やかましい声がして、あっという間に入口の扉が閉められてしまった。元々薄暗かった窓も荷物も無い倉庫はどこまでも闇が広がるばかりになってしまった。さらにガチャン、と鍵の閉まる音がして、扉からわずかに漏れ入っていた光すらも失われてしまった。

「······へ?」

 意澄は突然の出来事に思わず間抜けな声を上げ、小春がいるはずの方向に顔を向け、

「このドアって普段は換気のために開けてるけど、放課後になったら先生が閉めるんだっけ」

「た、た、たぶんそうだよ」

「鍵持ってる先生って、陸上部の顧問だよね?明日から遠征に行くから今日はもう帰っちゃうんじゃないっけ」

「そ、そんなこと言ってた気がする」

「ねえ、ここのドア、内側の鍵って付いてたっけ?」

「た、たぶん付いてない」

「じゃあ、わたし達、閉じ込められたってこと?」

「そ、そうなるね」

「······まずくない?」

「う、うん」

 意澄は闇の中を探り探り扉の前まで進み、持ち手に指を引っかけて足を踏ん張り、開けようと試みる。だが横開きの扉は少しも動く気配が無く、ただ指が痛くなるだけだった。

「開かない!ちょっと、誰か気づいて!」

 意澄は何度も扉を叩くが、無駄に重厚な扉は衝撃を全て押し止め、中に人がいることを外に伝えてくれなかった。

「どうしよう、どうにか外に出ないと」

「意澄、ここで数日間過ごすとなると飢えてあのコトナリを食わなければいけなくなるぞ」

「何ですって?食べられるのはそっちよ?」

「もうチコ、ケンカしないで!」

「だ、駄目だよシーズ、こんなときに」

 どこにいるのかわからないコトナリをなだめながら意澄は準備運動のように拳を開いてもう一度握り、

「水圧のパンチで扉をぶち抜く、これしかないかな。それかやったこと無いけど、水圧のカッターで切り開くか」

「いい考えだな。そんな派手な方法で脱出すればお前の能力こせいもアピールできることだし、一石二鳥じゃないか?」

「······やっぱ却下!確かにコトナリのことが学校の人達に知られたら良くないな。何かわたし変な目で見られそうだし」

「ふん、変な目で見られるだけで済めばいいがな」

「どういうこと?」

 意澄が尋ねるとチコは硬い声色で、

「この間福富グループとかいう連中の話を聞いたばかりだろう。やつらはコトナリについて探っているそうじゃないか。ただでさえお前は花村望はなむらのぞみとかいう頭のおかしい女に認知されているんだ。もし私達やそこの小娘達のことが他人に知られて、何かの拍子にそれが広まってお前以外のコトナリヌシもいると知られたら、花村のような危険人物、最悪ヤツ本人がこの学校に踏み込みかねない。相手の規模や戦力がわからない以上は、むやみにコトナリの存在を広めるな」

「······そっか。でも、美温には説明させてよ。あの子が何も知らないままじゃ、この件は解決にはならないよ」

「さあな。それはお前じゃなく、そこの小娘が自らの口で言うべきことだろう」

 話を向けられた小春が何かを言おうとしていることは、暗闇の中でもわかった。意澄は無理に急かさず、静かに彼女の言葉を待つ。

「······わ、わたしが美温ちゃんに謝らなきゃいけないし、ちゃんと説明しなきゃいけない」

 小春の声は、どこか後ろめたそうな、怯えたものだった。

「で、でも、悪いことをしたわたしを追いかけた意澄ちゃんがここに閉じ込められたままっていうのは、おかしい」

「······小春ちゃん?」

「だ、だ、だから、意澄ちゃんは外に出てほしい。わ、わたしの能力で、外に出すから。さ、さっきの箱がどこかにあるから、そ、それに入ってくれれば、意澄ちゃんは外に出られる」

「でも、そうしたら小春ちゃんが中にいるままじゃん」

「だ、大丈夫。わたしは、じ、自分を移動させられるから。だから、意澄ちゃん、箱を探して、中に入って」

「う、うん······」

 意澄は先ほど箱を転がした辺りの見当をつけ、身を屈めて手を左右に動かして捜索する。感触を頼りに箱を発見した後今度は手探りで向きを直し、片足ずつ中に入って膝を畳むと、頭の先までちょうどよく収まった。

「小春ちゃん······大丈夫だよね?」

「う、うん、大丈夫。わ、わたしもすぐに出るから」

 きっと大丈夫の意味が違う、と意澄は思った。それでも、そう思ったときには既に意澄の周囲は明るかった。意澄は廊下の真ん中でうずくまっているという恰好となり、通り過ぎる生徒から変な目で見られた。そんなことには構わず、意澄は倉庫の扉に駆け寄る。

「小春ちゃん、小春ちゃん!」

 扉を叩き、声をかけた。しかし反応は無く、意澄は扉の重厚さを思い出した。

「小春ちゃん、すぐ出てくるんだよね?自分の体も移動させられるんだよね?」

 そんな訳は無いとわかっているのに、意澄は尋ねずにはいられなかった。

「···············い」

 返事の代わりに聞こえてきたのは、かすかなつぶやきだった。全てを聞き取ることはできなかったが、意澄はその内容を確信した。

 ごめんなさい。それは、誰かに向けて絞り出した謝罪だった。

(ふざけないでよね······)

 意澄は拳を握った。誰かを倒すためではなく、込み上げてくる怒りを原動力に換えるために。こうするしか無かった少女を、助け出すために。

(謝るんだったら直接謝りなよ!こんなところに隠れるだなんて、絶対にさせない!)

 意澄は暗闇の倉庫から離れ、職員室へ走った。

「失礼します、倉庫の鍵を借りにきました」

「倉庫の鍵?広末先生が持ってちゃったけどなあ」

「えっと、じゃあもしかして、広末先生はもう帰っちゃいましたか?」

「うん、土日は県外に遠征って言ってたし······倉庫の鍵なんて何に使うの?」

 職員室にいた名前も知らない教師に訊かれたが、意澄はどうにかはぐらかした。

(······まだ遠くには行ってないはず。今から追いかければ間に合うかな······?遠征って、駅集合とかなのかな。とにかく、どうにかして広末先生から鍵をもらわないと)

 意澄が職員室を飛び出したとき、

「意澄ちゃん!どこ行ってたの?」

 美温が廊下の向こうから駆け寄ってきた。

「美温······えっと、あなたの荷物を盗ったのは小春ちゃんだった。今小春ちゃんが空き倉庫に閉じ込められてて、どこかにいる広末先生から倉庫の鍵をもらわないと助けられない」

「うーんと、何がどうしてそうなったの?」
 
 説明しながら、意澄は自分の発信力の乏しさを恨んだ。順を追って話したかったのに、いきなりすぎることばかりを捲し立ててしまった。だが今さらカバーはできないと思い、一番大切なことをまっすぐ尋ねる。

「小春ちゃんが閉じ込められてる。美温は、自分のものを盗っちゃった小春ちゃんをどうしたい?」

 それに対し美温は、かわいらしいほどに不思議そうな顔をして、


「そんなの、決まってるでしょ」



〈つづく〉

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