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【小説】キヨメの慈雨 第六話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。



「彼女とは、私達が戦う」

 そう言った日尻がプラチナ色に輝く拳を足元に叩きつけると、同じ色をした光沢のある硬質な物体が周辺の屋根の間を埋めるように展開されていく。それはあっという間に空中に広大な足場を作り上げ、設けられた階段からなつめや柿崎、高館、明日海が駆け上がってきた。

「サンキュー日尻!よっしゃいくぞみんな!」

 なつめが声を張り、四人は四方に散らばった。高館が三軒先の屋根でようやく起き上がった花村の元へ走りだし、なつめが左、明日海が右へ展開する。柿崎はその場に留まっていた。四人がそれぞれの持ち場に就いたところで、日尻は高館の後を追った。意澄も日尻に続こうとしたとき、後ろから腕を引かれた。振り返ると、遅れて上ってきた江西だった。

「意澄ちゃんはここにいて。戦うにしても体力の回復を待ってからの方がいい」

「······わ、わかりました。でも、大丈夫なんでしょうか、皆さん」

 すると江西は優しく微笑んで、

「もちろん。この三年間、この街を守ってきた人達だから」

「三年間?」

 意澄が訊き返すと江西は、

「そう。まあそれは追々説明するとして、他にも知りたいことは色々あるんじゃない?このプラチナ色の足場は何なのか、とか」

「はい······で、これ何なんですか?」

 意澄がまた質問すると江西は嬉しそうな顔をした。説明好きなのだろう。

「これは日尻さんの能力。一応金属なのかな?よくわかんない物質だから便宜上『シロガネ』ってよんでるけど、日尻さんの能力はそのシロガネを操ること。だから体を硬質化させたり足場を作ったりできるの。コトナリは上級だよ」

 江西が見つめる先では、日尻が花村と交戦している。意澄のときとは違って花村の表情は真剣だ。回避だけでなく反撃を行っていることからも本気度がわかる。対して日尻の顔は、これだけ大きな足場を瞬時に形成するほど能力を使っているのにも関わらず涼しげだ。それに気づいた花村が口を開く。

「朗、ずいぶん余裕だな。それにしても、またお前と戦えるとは嬉しいぞ」

「そうか。私はもう君とは戦いたくはないんだがね。ところで花村望、片手が塞がっていては君も満足に戦えないだろう。その子を置いてみてはどうだろうか」

「バカ言え、満足に戦えないのはお前の方だろうが。これぐらいのハンデでちょうどいい」

「そうか。だが生憎、私はこれで充分戦えている」

 そう言って日尻が拳を握り締め足を踏み出すと同時、その着地点からシロガネの棒が爆発的に伸びて花村のみぞおちを襲った。拳の防御に意識を向けていた花村はこれをまともに喰らい、動きが止まったところへ拳の追い打ちを浴びた。さらに一発、二発、三発。日尻は立て続けに拳を放ち、花村はそれをギリギリのところで足を運んでかわし、体勢を立て直そうとする。だがシロガネを操った日尻が次々と鋭く長い針を作り上げて花村の移動先を潰していった。花村はたまらず上へ跳び上がって日尻との距離を取る。

「すごい、あんなに連続して能力を使ってパンチも打ってるのに余裕そうなんですけど」

 意澄が言うと江西は鼻を鳴らして、

「そう、日尻さんはすっごいの。日尻さんのコトナリはクハガネっていうクワガタみたいなやつなんだけど、日尻さんとクハガネの付き合いはもう三年になるんだって。経験豊富だし力もあるコトナリだから、ヌシへの負担が少ないの」

「ふん、私への当てつけか?」

 事情を詳しく知らない江西が不思議そうな顔をすると、チコはそっぽを向いてしまった。そんな間にも日尻と花村の攻防は続いている。日尻が足場を奪っていき、花村は少しずつ移動先が限られていった。日尻が拳を放つと見せかけて再びシロガネの棒を突き出す。これを花村がジャンプして避けた先には、固く拳を握り締めた高館が待ち構えていた。花村が防御の構えを取る前に、高館は思い切り彼女を殴り抜いた。花村の体が宙を舞うが、空中で体勢を立て直して静かに両足で着地した。

「······まったく、遠慮なくぶん殴りやがって。着地に失敗して大事な実験台したいが壊れたらどうしてくれる」

「知るか。てめえが壊す前にオレ達が守ってやる」

 高館が吐き捨てて花村に殴りかかろうとしたそのとき、彼の進行方向からシロガネの棒が伸びた。しかし今度は先端が刺股のようになっており、高館の動きを押し止めるだけだった。次の瞬間、花村を囲うように火炎が展開される。あのまま高館が突っ込んでいたら焼かれていただろう。

「あっぶねえ、ありがと日尻さん」

「チッ。バカ一人仕留められたと思ったが、腐っても勘は健在か。だがこれで私に近づくことができないな。それとも、炭になってでも追いかけてきてくれるアツい情熱をまだ持ち合わせているのか?だとしたら嬉しいんだがな、朗」

「おいてめえ、何しれっとオレを無視してやがんだ?ずいぶん余裕あるじゃねえか」

 明らかに日尻にしか意識を向けていない花村に高館が問うた。すると花村は心底鬱陶しそうな表情で、

「何だ、まだいたのか。お前はこの炎がある限り私には近づけないだろう?お前の出番は終わったんだ、さっさと失せろ」

「そうかよ。なら、てめえの退場シーンはオレより先だな」

 高館の両手に、いつの間にか鋭い二本の鎌が現れていた。鎌を回しながら手に馴染ませる高館を見て花村は眉を上げて、

「ほう、武装型の能力か。だが鎌とは近接武器もいいところだな。私の元に飛び込むアツい情熱があるようだが、お前ではお断りだ」

「あーあ、フラれたぜ。残念だよ、オレもてめえの所に飛び込めねえんだからな。いや、飛び込む必要が無い」

 高館が両腕を交差させ、Xの字を描くように勢いよく振り下ろす。瞬間、鎌から何かが猛スピードで発射された。わずかに目を見開いた花村が横に跳んだ直後、鎌からの射出体が炎の壁を切り裂いて彼女がいた空間を突き進んでいった。高館はさらに次撃を放ち、炎の壁など関係なく花村を狙っていく。

「あれが高館悠二たかだちゆうじくんの能力。コトナリはカマイタチっていうかわいいイタチ。そのまんまだね」

 江西が語り始める。

「武装型で鎌の形をしてるんだけど、その刃から真空刃、要は空気のカッターを撃つことができるの。近接戦かと思って油断した相手を初撃で必殺!っていうのが本来のファイトスタイルなんだけど、普通に鎌としても使えるから本当に近接戦もできるし、遠距離攻撃も可能だから結構器用なんだよ。腕の振り次第だから速射性はコンディションによるかな」

 江西が説明する間に、高館は次々と空気のカッターを放って花村を追いたてていく。空気のカッターの速度は決して遅くはないが、それでも花村は全てかわしている。自分には全弾回避など到底できない、これが最上級の力なのだろうか、と意澄は思った。そんな胸の内を見透かしたようにチコが、

「身体能力などおまけにすぎん。最上級の本質的な力はもっと別のところにあるのだから、おまけなんぞに見とれている場合ではないぞ」

「本質的な力?それって能力のこと?」

「まあ、今はそんなところと思っておけ。もっとも、私自身もよく覚えていないし、今は本質的な力を失っているようだがな」

 戦況は、高館の攻撃に日尻の妨害が組合わさり花村がひたすら逃げに徹しているという様子だ。花村が着地したと同時、彼女の背後と左右をシロガネの針が塞いだ。そこへ高館の真空刃が襲いかかる。花村に逃げ場は無い。

 しかし、花村は真空刃と自らの間で爆発を起こした。それによって生じた衝撃波が空気を叩き、真空刃が搔き消されてしまう。小規模だった爆炎は能力による操作で勢いを増し、花村の方へは行かずに全て高館と日尻に向かった。

「危ない!」

 意澄は思わず叫んだ。すると爆炎は吹き飛び、花村へと押し戻される。花村はすぐに炎を消滅させ、上方に跳んで針の包囲から抜け出した。

「何あれ、わたしが叫んだら炎が押し戻されたよ!チコの隠し能力?」

「だと良かったんだがな。あれを見ろ」

 チコが見つめる先には両手を伸ばした明日海がいた。そういえば、先ほど花村が吹っ飛ばされたときも明日海が同じ恰好をしていた。意澄が江西に目線を送ると彼女は待ってましたとばかりに、

「あの子は成沢なるさわ明日海あすみちゃん。今のは明日海ちゃんの能力で、対象を自分から遠ざける能力だね。有効範囲も広くて威力も強いから、攻守兼用の力なの。コトナリはトーザケって名前の鮭だね」

 コトナリの名前はコトナリヌシが付けるのか自ら名乗るのかは知らないが、意澄は密かに自分のネーミングセンスを褒めたかった。ジョーバクにクハガネにカマイタチにトーザケ。安直でどうにもかわいくない。チコがその名前を気に入ったのも、もしかしたらそういう安直さから外れたものだったからかもしれないと意澄は思った。

 日尻がシロガネの針で追い詰め、高館が攻撃し、明日海が防御し、なつめは周辺を保護する。となれば気になるのは、先ほどから意澄と江西から少し離れたところで戦いに参加せず目を閉じて謎の横笛を吹いている柿崎だ。銀の地が青く彩られ、紅色のしっかりとした持ち手が取り付けられている太身の横笛。そこから奏でられる音色は、音楽をよく知らない意澄でもポップスだろうと判断がついた。耳に残る明るいメロディが、不似合いな戦場に響いている。

「えっと······あの人はさっきから何を?」

「静かに。彼は柿崎匠悟かきざきしょうごくん。コトナリはオトトバスっていうタコね。今準備してるから、集中が途切れないようにしてあげて」

 意澄の質問に江西は小声で答えたが、欲しい答えは得られなかった。仕方ないので意澄はなつめについて尋ねる。

「なつめさん?って人は何をするんですか?クソ野郎に何かしてましたし、それに周りの保護がどうとか言ってましたけど」

「ああ、赤穂あこうなつめさんは物体の形を保つ能力があるの。それであいつが動けないようにしたり、家が壊れないようにしてるんだよ。コトナリはホゴポゴっていうよくわかんないUMAみたいなやつね」 

「よくわかんないUMAって······でもまあツチノコがいるんだからオゴポゴもいるか」

「だから私はツチノコではない!」

 チコの怒鳴り声は、爆音に呑まれて意澄の耳に届かなかった。見ると、高館が足場を転がっている。高館が通った所で爆発が起きている、というよりは立て続けに起こる爆発から高館が逃げているようだ。シロガネの針をかわしながら、花村が反撃に出たのだ。

「逃げてばかりにも飽きたからな。朗、そろそろお前とやりたいんだが」

「オレを殺そうとしながら無視するとかどんな神経してんだてめえぇぇぇぇぇっ!」

 高館の叫びには応じず、花村は逃げから攻めへ、後方から前方へと移動して日尻に飛びかかる。これを日尻が素早くかわすと、花村は着地して振り返ろうとしたところで動きを止めた。いや、動きを止められた。花村の体が膜が張ったようにうっすらと発光している。

「これ、なつめさんの能力······?」

 意澄が呟くとなつめがやや離れた場所から大声で、

「周りの家守るのにもリソース割いてんだからなー!早くしろ、柿崎!」

 笛の音が止んだ。柿崎が目を開く。その眼力は、それまでとは全くの別物だった。紅色の持ち手をしっかりと掴み、横にスライドさせる。持ち手はそのまま端まで動き、それによって隠されていた銀の刃が現れた。柿崎がさらに笛を持ち替えて刃が天を向くようにすると、笛全体が銀色に輝きだす。

「チッ!喰らってやるものか!」

 花村が目だけ動かしてなつめの位置を確認し、彼女の目の前で爆発を起こす。爆炎は明日海により吹き飛ばされたが、衝撃波がなつめの体を叩いた。ただでさえ広域に能力を展開していたなつめの力は、衝撃波を浴びて集中が途切れた一瞬に花村への効力を失ってしまう。それを認識した花村が跳び上がろうとすると、今度は足が地を離れない。両足にシロガネで作られた鎖が巻きついている。花村はむしろ嬉しそうに口の端を持ち上げ、

「流石は朗、といったところか」

 局所的に高熱を加え、花村は鎖を焼き切ろうとする。だがそれが完了する前に、柿崎の笛が一層激しく輝く!

「これが僕の音楽。その身で感じろ」

 ドッ!!と銀色の輝きの塊が、刃から音速で放たれた。そして、花村に直撃した。


〈つづく〉



 



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