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【小説】キヨメの慈雨 第三十三話(マガジンのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑前回までの話をまとめたものです。






 早苗の居場所の見当はついた。あとは西園を倒して助けにいくだけだ。しかし意澄は攻めあぐねると同時に、攻めかねていた。

(この人達が抱えてるものは何となくだけどわかった。でも、肝心の『早苗が犠牲になる』ことが具体的にどうなるのかがわからない!制限時間タイムリミットはあるの?条件は何?たぶんこれから戦わなきゃいけない大伴さんの能力は?まだ探りたいことが多すぎる······だけど!)

 水の幕の向こうで大きな影がうねる。直後、黒い腕が水幕を叩き割り、意澄に迫った。

(さっきよりもパワーが上がってる!それに腕が大きい!水圧のギロチンで断ち切れない!)

 意澄はとっさに横へ跳んで黒い豪腕を回避する。すぐさま豪腕は意澄へと薙がれるが、後方へ倒れ込んでやり過ごした。直後に振り下ろされた黒い鉄槌を、顔の寸前で何とか押し留める。凄まじい重圧が一気に意澄の体を突き抜けた。腕一本でこの威力だ。

「おれは無駄な昔話をするほどおしゃべりじゃない。お前が情報を欲しがってるのはわかっている。だからあえて長々と話をしてやった······お前にとって大事な部分は省いてな」

「へえ、じゃあ今のも含めて時間稼ぎなんだ。パワーを一本にまとめて、さらに強化するための!」

「いや、違う」

 冷たい声で否定した西園の影が接近してくるのを目だけで確認し、意澄は再び水のバリアを張る。黒い鉄槌を防ぐと同時に動きを制限されている状態では、こちらが上級だとしても一方的に殴り負けるだろう。

 ところが、進路を阻まれても、西園の声色は何も変わらなかった。



「二本だ」



 床から飛び出たもう一本の黒い腕が、意澄の耳を掠めて伸びていく。それは西園の身長ほどの高さまで到達すると、弾道ミサイルのように急降下して意澄の首に着弾した。そのままの意味で息の根を止めるために、固く強い力が加えられる。

(やばい······!腕をパワーでどうにかするのは無理。何とかして光を当てないと!)

 そうはわかっているが、懐中電灯は武蔵野に預けたままだ。かなり筋肉質な武蔵野なら壁をぶち抜いて来れないかとも思ったが、それを伝える手段が無い。意澄は黒い鉄槌を防ぐ両手に力を入れることでじわじわとノイズがかかっていく意識をつなぎとめながら壁を見やり、そして気づいた。

 隠し扉となっていた壁と天井の間に、わずかに隙間がある。換気のためだろうか、建築上の都合があるのだろうか、それとも法律上の理由だろうか。意澄には判断できなかったが、そんなことは今はどうでも良かった。自分の意識があるうちに、自分が能力を使えるうちに、勝機を手繰り寄せなければならない。

 意澄は能力を発動し、隠し扉と天井の間の隙間に水を生成した。クレープ生地のように薄く均一な面から、壁の向こうにいるはずの武蔵野に向けてわずかに水を滴らせる。

(お願い。あとは武蔵野くん次第だから!)

 能力を使用したせいもあるだろう、いよいよ呼吸ができなくなってきた。手に力が入らず、ぎりぎりと削られるように鉄槌が迫る。しかし歯を食い縛った瞬間、黒い鉄槌が上に引き戻された。だが意澄が感じたのは解放感よりも恐怖だ。直後、再び全力で黒い鉄槌が意澄の意識を砕こうと隕石のように急降下する。

(止められない!)

 今肉体を水に変えても、果たして制御できるだろうか。迫る鉄槌を目にして意澄が覚悟を決めたそのとき、

 黄色がかった光が、意澄を照らした。その光は黒い鉄槌を、黒い豪腕を、そして意澄の周囲の暗闇を消し去った。

「何だと······!?」

 西園が驚きを洩らし、すぐさま光源に目を向ける。そこには薄くて均一な水の面が張られ、壁の向こうから届けられた光を反射していた。まるで、穏やかな湖面が星空を映すように。

「わたしも一つ、否定させてもらおうかな」

 立ち上がった意澄は開いた右手を前に出し、水のバリアに触れてから一気に握り込む。するとバリアは意澄の手を中心に渦を巻き、瞬時に水の拳を形成した。

「さっきあなたは、『お前にとって大事な部分は省いた』って言ってたけどさ」

 西園は黒い腕を放つが、反射したスポットライトを浴びる意澄に触れる前に二本とも消滅してしまう。

「わたしにとっては大事だったよ。三年前の豪雨で大切な人を失ったことが、あなた達にとってのきっかけだってわかったから」

「······それがわかったから何になる?」

「わたしがあなた達を止めなきゃなんだって思った。だって、あの豪雨で大切な人を失ったのは、あなた達だけじゃないから。同じ天領市民として、わたしが止めなきゃいけない」

「一緒にするなよ」

 西園が静かに告げ、拳を構えたのがわかった。能力を封じられても尚、戦うことを選んだのがわかった。

 だからこそ、意澄は鏡水の角度を調節し、西園を照らした。自分の眼で、確かめたかった。

 西園の目は、揺らいでいなかった。西園の顔は、泣き出しそうだった。どこまでも伸ばせて、何であろうと掴める腕。逞しくて力強いのに、光を浴びると霧散してしまう腕。そんな能力を引き寄せた男の心を、意澄は直視していた。

「············一緒に、するなよ」

 西園が絞り出したかすかな声が合図だった。

 両者はたった一歩踏み出すだけで互いの間合いに入り、全力で拳を放つ。二つの拳は交差し、相手の顔面を確実に捉えた。

 そして、西園流星が静かに崩れ落ちる。

 それでも、御槌意澄は絶対に倒れない。






「短時間で二体食うことができるとはな。上出来だぞ、意澄」

 西園のコトナリを食ったチコが上機嫌で言うが、意澄は素直に喜べない。

「まずここから出ないとなんだけどさ······この扉、どうやって開けるの?」

「さあな。さっきと同じように切断してみたらどうだ?」

「うん、そうしよっか。武蔵野くーん、ちょっと離れててー!」

「おーう、無理すんなよー!」

 武蔵野の声が壁の向こうから聞こえたのを受け、意澄は高圧水流で壁を四角く切断した。切り抜かれた部分を足で押すと、ゆったりとした動きで倒れていく。外に出ると、すぐに武蔵野が声をかけてきて、チコは舌打ちして姿を消す。

「御槌、けがしてないか?」

「うん、平気。じゃあ、わたしは行かなきゃだから」

「待てって、一人で行く気か?いや、すげえ能力が飛び交う中じゃ俺は何の役には立てねえのはわかってるけど······本当に、一人で行くのかよ?」

 薄暗い中で武蔵野がどんな表情を浮かべているのかはよくわからない。きっと、武蔵野からしても意澄がどんな顔をしているのかよく見えない。それでも意澄は優しく微笑んで、

「心配してくれてるんだ。ありがとね」

「ああ、心配しかできねえからな」

「そんなことないよ。武蔵野くんがいなかったら勝てなかったから。わたしのわかりにくいサインに気づいてくれて、正直すごいよ」

「いや上から水が降ってきたら気になって明るくしようと思うだろ。お前の考えに乗っかっただけだよ」

「そう?流石わたしってことか」

「まあ、そうかもな」

「絶対そう。それに、一人じゃないよ。心配してくれてるってことは、武蔵野くんがいてくれるのと一緒だから。だから、大丈夫」

「······そっか」

 武蔵野は笑っている。根拠は無くても、意澄には確信があった。

「行ってこいよ、御槌」

「うん、行ってくる」

 武蔵野に見送られて、意澄は走り出した。角を曲がり、そして引き返す。

「武蔵野くん!」

「······どうした!」

 わりとカッコよく決めたつもりだった分、かなり恥ずかしい。暗くて良かったと本気で思った。



「わたし、出口わかんない」

「············俺と一緒だ」



 迷路を抜けてからくり屋敷のエントランスに出るまで、結局五分以上もかけてしまった。

「······何か、おかしくない?」

「おかしいって······他の客がいなかったとか?でも平日の昼間なんだから仕方ないんじゃねえの?それに、みんな飯屋とかカフェの中にいるんだろ、お昼時だし」

 外に出ると、四月末の陽光が目に沁みる。閑静な白壁の街並みの中、意澄と武蔵野は藤高神社へ走っていた。武蔵野は普段からスポーツをしているため体力がありそうだが、意澄は連戦したこともあり少々疲労を感じている。過ぎ行く様々な飲食店にわずかに目を向けていくうちに、違和感に気づいたのだ。

「そう。それにしたって食べ歩きをしてる人がいない。もっと言えばさ、歩いてる人がいないんだよ。みんなお店の中で休んでる。おかしくない?みんな疲れてるんだよ」

「······それ、もしかして速見をさらった主犯の能力ってやつなのか?」

「わかんない。でも可能性は高い。広範囲にわたって相手の体力を削る能力······?」

「当たらずも遠からずだな」

 女の声がした。チリッ、と焼けるような感覚が意澄の全身を駆け巡った。実際に火傷をした訳ではない。その声を聞いたことで、体が反射的にその感覚を思い出したのだ。

 意澄は視線を上げる。やはりその女は屋根の上にいた。白と紺の重厚な蔵を踏みつけ、わざわざ赤く染め直したジーンズと真っ白な無地の半袖に身を包み、何本も編み込んだ茶髪を風になびかせる細身の若い女。二週間ほど前に惨殺された少女の遺体を持ち去って利用しようとした、福富グループの社員。そして、意澄が戦って及ばなかった、炎熱系最上級のコトナリヌシ。

花村はなむらのぞみ······!」

「また会えたな、水氷系上級のヌシ」

 花村は口を三日月の形に引き裂き、提げているショルダーバッグから何かを取り出した。

(あれは······ゼリー?アスリートが試合のインターバルとかに食べてるのは見るけど、体力回復のため······?)

 花村は悠然と蓋を捻り開け、飲み口を唇で挟んで本体を握り潰した。

「御槌、あの人誰?知り合い······っぽいけど味方じゃなさそうだな」

「うん。だいぶやばいやつ」

 ゼリーを飲み下す花村に気づかれないよう、意澄は武蔵野の袖を引っ張って少しずつ後ずさる。

 しかし。

「待て。少し私と戦え」

(やっぱり速い!)

 福富グループのコトナリ関連事業の一環で、大伴を手助けしているのだろうか。それともコトナリの力で死ぬ人間を回収しようとしているのだろうか。どちらにしろ意澄を逃がすつもりは無いらしい。背後に回った花村は体を捻って蹴りを繰り出し、意澄をたやすく吹っ飛ばす。石畳を跳ねるように転がり、勢いが死ぬまでに十メートルも必要だった。

「御槌!」

「邪魔だ」

 駆け寄ろうとする武蔵野を脚で薙ぎ払い、花村はゆっくりと意澄に歩み寄る。

「武蔵野くん!」

「さあ、私とお前の第二ラウンドだ。お前を完全に叩きのめさない限り気が済まない」

「今それどころじゃない······って言っても聞かないよね。あなたも大伴さんとグルだろうし」

「そういうことだ。話が早くて助かる」

 花村は満足そうにうなずき、指を鳴らす。直後、意澄と花村の中間地点で爆発が起こり、凄まじい熱波と衝撃が辺りに駆け巡った。フジの木々がへし折れ、蔵の戸は吹き飛び、砂埃が舞い散る。



「······やりすぎたか。まあ、これぐらいで死ぬようなザコではないだろ?」



「いや死ねるって!余裕で確定一発なんだけど!バカなの?火力バカでしょ!加減とかできないの!?」

「ほらな、やっぱり死んでない」

 砂埃の中から罵声を浴びせられ、花村はさらに口の端をもち上げた。だが視界が晴れ始めると、そこにいたのは御槌意澄ではなかった。

 見ただけで硬質感と重量感が押し寄せてくる、人間一人がまるごと隠れられるほどの巨大な盾。その向こうから、意澄とは別の少女の声がする。

「同担拒否って訳じゃないけど、あなたほどの実力者が本気出したら現時点ではまずいから。それに、先に目をつけたのはあたしだし」

 盾が一瞬で消え去り、それにより隠されていた少女が現れる。花村よりもずっと高い長身とダークブラウンの艶のある長髪の、美形の少女。少女のはるか後方では、意澄と武蔵野が藤高神社の方へと駆けていた。

(武装型か······それに蹴り飛ばしたあの男すらも回収したうえで守った。そこそこ骨がありそうだ)

 花村はわずかに身構え、好戦的に微笑んだ。それを見た少女も、明るい笑顔を弾けさせる。



「意澄ちゃんの代わりに、あたしと遊ぼうよ」




〈つづく〉

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