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【小説】キヨメの慈雨 第十五話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。




 天領駅の駐輪場に自転車を乱暴に停め、意澄と美温は全力で走り出す。高さ三メートルほどのフェンスの向こうにあるホームでは、間もなく電車が来ることを知らせるアナウンスがなされていた。

「見てあれ!いたよ!」

 美温が指差す先には、天領第一高校の制服を着た陸上部員達と、彼らを引率する顧問の広末がいた。

「広末先生!」

 意澄は大声で呼ぶが、四つあるホームのうち駐輪場側から一番遠いホームに滑り込んでくる電車のブレーキ音に掻き消されて広末までは届かなかったようだ。さらに悪いことに、陸上部の面々はその電車に乗ってしまった。

『天領駅での停車時間は約二分です』

 ホームに再びアナウンスが流れた。天領駅は立体構造で、二階が切符売場と改札、一階がホームになっている。いくら全力で走ったとしても、発車までに入場券を買ってホームに下り広末から鍵を受け取ることなど不可能だ。

(それでも、やるしかない!)

 意澄がチコによって強化された自らの身体能力に賭けようとしたそのとき、

「意澄ちゃん、勝手にホームに入っちゃっても後でお金払えば許してもらえるよね?」

「······どうやって入るの?」

「そりゃあもちろん、こうやって!」

 美温は軽く助走をつけると一気に跳び上がり、そのまま三メートルあるフェンスのてっぺんに手を掛け、揃えた長い脚を横向きにしてパルクール選手のようにフェンスを越えた。一連の動作の美しさと美温の身体能力の高さに意澄は呆気に取られるが、すぐに自分も後を追おうとする。

「意澄ちゃんは外にいて!何かトラブったら、二人ともホームに勝手に入ってるとまずいかもだし!」

 そう言い残すと、美温は走り幅跳びの要領で向こう側のホームめがけて駆け出した。




(············わたしって嫌なやつ)

 暗闇の中で三年前の豪雨を思い出し、小春はその結論に行き着いた。三年前の豪雨だけではない。美温を巡る今回の事件からも、小春は自分の嫌な部分をまざまざと見せつけられた。

(わたしは卑怯で、臆病で、弱虫。あの夏も、今回も、悪いことをしただけじゃなくて、逃げた。おでこから血を流して瓦礫に挟まれてたあの女の人を見捨てて逃げたし、美温ちゃんに謝らずにここに閉じ籠った。それに、意澄ちゃんにも嘘をついた)

 自分の悪いところを見つめるときだけ、頭は回転し思考はまとまる。小春は自分のそういうところも嫌だった。

「······シーズ、いる?」

「いるわよ。どうしたの?」

「······シーズは、どうしてわたしのところに来たの?」

「そうね······小春ちゃんが特別な力を必要としたから、かしらね。これは私に限ったことじゃなくて、コトナリはみんなそうよ。元々もってる能力の方向性を、特別な力を求める誰かにとって必要な形に整えて共有する。それが私達の生き方だから」

「そうなんだ······じゃあわたしの能力も、わたしが望んだ形になったんだ」

 堂々と取るほど勇気が無いから、人目につかないものだけこっそりと移動させる。自分にはお似合いの能力だと小春は本気で思った。そして、せっかく特別な力があったのにこんな姑息な形に歪まされてしまい、こんな卑怯な使い方しかされないシーズが不憫でならなかった。申し訳なかった。

(わたしはちっぽけで、ずるくて、醜い。頑張ってる人達に対して妬んで、ひがんで、それでも正面切って文句を言うこともできない。自分を助けようとしてくれた人を助けられなくて、自分を信じようとしてくれた人を騙した。そんなことしかできない)

 湿っぽいにおいのする暗闇の中で、どれだけの時間が経ったのかわからない。ただ、こういう自分には、誰からも見られない所にひっそりと閉じ籠って死んでいくのが相応しいのだ。小春はそう思った。あの少女だってきっと愛想を尽かしてしまっただろうが、友人のことを想って走った少女を道連れにしなかったことだけには、小春は小さく安堵していた。三日間食べなくても死ねないことは経験済みだが、今回は水もない。どれぐらい早く衰弱するのかは専門的な知識をもたない小春にはわからないが、苦しみが早くても長くても関係なかった。自分みたいな人間は苦しまなければならないと感じていた。



 それなのに。


 ガチャン、と錆び付いた音が鳴った。横開きの重厚な扉が、金切り声を上げながらも確実に動き出した。

 慰めてくれる誰かがいないと泣かないようなずるい自分には、涙を流す資格など無い。そうわかっているから、小春は必死に堪えた。暗闇に目が慣れてしまったため、射し込んだかすかな光でさえも眩しすぎた。小春は思わず眼を反らした。

 あの少女は、友人のために走った。小春が訳のわからない力を使っても、怯むことなく追いかけ続けた。友人を守るために真剣な眼差しで小春に迫ったとき、小春はあの少女を羨ましく思った。そして、手をさしのべて小春に微笑みかけたときから、小春はあの少女の優しさを理解していた。

 だから、小春はもう目を反らすのをやめた。

「小春ちゃん、大丈夫!?」

 倉庫に入り、真横から光を浴びて半身を闇の中に浮かび上がらせている少女が心配してくれた。170センチに届く長身に、背中まで届くダークブラウンの艶のある髪。筋の通った鼻と、薄い唇と、大きくて美しい目。彼女は、半身しか見えなくてもわかるほどの美少女だった。

 小春の前に現れた少女は、御槌意澄ではなかった。

「み、美温ちゃん······」

 呟くと同時、涙が溢れていた。誰も慰めてくれないとわかっていた。自分は糾弾されるべきで、これから詰問されるはずで、あの少女以外は誰も小春に優しさを向けてくれないと思っていた。ましてや、政本美温は小春を責めるべき人間だ。それでも、美温は小春を心配してくれた。暗闇の中で取り残された少女を、思いやってくれた。小春は、何もかもが恥ずかしかった。

「ご、ごめん、なさい。ごめんなさい······」

 小春は涙が流れるままに謝った。許されたいのではない。誠意を見せたいのではない。ただ、謝りたかった。

「わたしが美温ちゃんの持ち物を盗った。優しくて、優秀で、かわいくて、みんなに好かれて、わたしなんかも気にかけてくれる美温ちゃんが羨ましかった。ちょっと困ればいいなって、そう思った。こんなこと、いけないのに。やっちゃいけないのに。だけど、やった。美温ちゃんに悪いことをした。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい······」

 一方的な言葉だった。説明になっていなかった。それでも美温は、小春に優しく微笑んだ。

「もう謝らなくていいよ、小春ちゃん。謝らないで、泣かないで」

「············でも」

「いいの。気にしないでよ。小春ちゃんのこと、悪者だなんて思わないから」

「でも、その······怖がらないの?気味悪がらないの?どうやって美温ちゃんのものを盗ったのかとか」

「うん、気にしない。どうやったのかなんて、あたしからしたら大した問題じゃないよ。大事なのは、むしろどうしてこういうことになったのかってこと」

「······それは、わたしが美温ちゃんにひどいことを思ったから」

「そうじゃなくて、小春ちゃんに嫌な思いをさせたあたしに原因があるんだよ」

 美温が小春に歩み寄る。それに伴って、その美しい顔立ちが闇に包まれていく。

「あたしはね、高校に入って頑張ろうって思ってたの。精進って言ったらかっこいいけど、自分を高めていこうって。だけど、やりすぎたっていうか、小春ちゃんみたいにあたしのことを良く思わない人は、きっといっぱいいる。周りの人達がそう思ってるのに、あたし自身を高めるなんてできるはずがないよね」

「······美温ちゃん」

「あたしは、みんなに好かれたくて頑張ってるんじゃない。でも、みんなに嫌がられたい訳じゃない。だから、今回こういうことになって、ちょっと目が醒めたよ。入学したばっかで調子に乗ってたのかな。身の振り方とか、いろいろ考えなくちゃだなって思った」

 美温の口調は明るくて、優しくて、だからこそ悲壮だった。

「あたしってさ」

 暗くて美温の表情はよく見えない。だが、それで良かったと小春は思った。見えてしまったら、何かが変わってしまう。



「嫌われてるのかな。やっぱり、嫌な人なのかな」



「······た、たぶん、それは違うと思う」

 美温は、こちらに来てはいけない。小春は美温を押し戻すために、勇気を振り絞る。

「だ、だって、美温ちゃんが困ってるとき、みんなが助けてくれてたから······だから、み、美温ちゃんは嫌われてないよ。美温ちゃんは、いま、今の美温ちゃんのままでいいんだと思う」

「今の、ままで······?」

「あ、え、えと、今のままでっていうのは少し違って、その······美温ちゃんは何も怖がらないで、自分のやりたいことを続けていけばいいんじゃないかな。そ、その先に、ステップアップした美温ちゃんがいれば、それ、それはすごくいいことなんじゃないかなって。そ、そういう美温ちゃんに、みんなついてくるんじゃないかな······」

 小春はもう泣かなかった。泣きそうな少女を前にして、泣けなかった。

「ホント······?小春ちゃんは、あたしのことそう思う?」

「う、うん。わた、わたしだけじゃなくてみんなそうだと思う。本当に嫌われてる人は、本当に嫌なやつ。そういう人は、困ったことがあっても誰も助けてくれない。だから、美温ちゃんは嫌な人なんかじゃないよ」

 わたしと違って。その言葉はすんでのところで呑み込んだ。美温が、自分より下がいることを知って安心できるような人物ではないことはもうわかっていた。

 それでも。

「そっか、じゃあ······」

 美温はさらに一歩、小春に歩み寄った。ぺたんと座り込んでいる小春に、美しい手を差しのべた。

「小春ちゃんも嫌な人じゃないね」

「······いや、わたしは嫌なやつ。美温ちゃんが思い詰めたのだって、わたしが悪いことをしたから」

「違うよ」

 美温は屈んで小春の手を取り、自分の手を握らせた。それから美温はもう一度立ち上がり、



「だって、あたし達が小春ちゃんを助けに来たから」



 そう言って笑った。その笑顔は暗闇の中でもはっきりと見えた。小春は美温に助けられながら、脚に力を入れて立ち上がった。

 二人の少女は外に出た。小春は随分長く暗がりの中にいた気がしたが、不思議と眩しくはなかった。

「良かった、小春ちゃんが無事で」

「い、意澄ちゃん······」

 外では意澄が待っていた。小春は意澄にも謝らなければならなかった。

「ごめんなさい。わたし、意澄ちゃんに嘘ついた。それなのに、意澄ちゃんもわたしを助けてくれた。ありがとう······」

 小春が頭を下げようとすると意澄はにこやかに手で制して、

「いいって、わたしは何もしてないし。小春ちゃんと美温の間で解決できたんなら、それが全部だよ」

 ありがとう、と小春はもう一度呟いた。

「そういえばさ、それって手作り?」

 美温が小春が肩から提げている黒地にオレンジの柄があしらわれたトートバッグに目を向けて尋ねた。

「え、う、うん」

「そうなんだ!すご!小春ちゃん、裁縫とか好きなの?」

「う、うん、好き」

「じゃあさ、小春ちゃん部活は決めた?」

「ま、まだ決めてない」

「そっか。じゃあ、生活研究部に入ろうよ。裁縫とか料理とかやってるところ」

「き、興味あるけど······い、一緒に?」

「うん。あたしと、意澄ちゃんと、あと早苗ちゃんも。嫌······かな?」

 嫌な訳がなかった。だが、迷いはあった。それでも、自分に向けられた好意を、もう裏切りたくなかった。

 だから小春は、控えめでも明るい笑顔で応える。

「わたしも、みんなと一緒にやりたい」




〈つづく〉




【お詫び】
 なかなかバトルにならねえなと不審がっているそこのあなた、ごもっともです。本シリーズは『バトル』『能力バトル』などとハッシュタグが付いていますが、現時点ではハッシュタグ詐欺となっております。すみません。

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