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【小説】キヨメの慈雨OWL ―セイカの宵祭― その3



前回までのお話

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あらすじ

 御槌みづち意澄いずみ政本まさもと美温みお速見はやみ早苗さなえ若元わかもと小春こはるの四人は三年前に豪雨災害が起きた天領市で暮らす高校一年生である。

 意澄達は不思議な生物・コトナリの力を使って悪事を働く能力者コトナリヌシと戦うこともあるが、本質はただの高校生。二日後に駅前商店街で開催される『土曜宵祭』に行く予定を立てた。

 一方、高藤たかとう星佳せいかはモチベーションも将来への見通しも無い中で迫る大学入試や、豪雨を機に開いてしまった幼なじみの神楽かぐら蒔土まきととの距離に悩む高校三年生である。

 何か自分には無い力を漠然と求める星佳は意澄達の能力を目にし、翌日学校で出会った彼女達の話を聞こうとするのだった。





本編(4,602文字)


五.


 昨日のことを詳しく教えてほしい。

 見るからに大人しそうな少女の頼みを聞いた瞬間、意澄達は互いにアイコンタクトを取った。

「その······まずは座りませんか?立ち話も難ですから」

 美温が促し、早苗がテーブルの下に寝かされている丸椅子を引っ張り出した。

「ありがとう。突然押しかけてごめんなさい」

 詫びながら少女は腰を下ろし、意澄達一人ひとりの顔を順に見つめてから口を開く。

「昨日は助けてくれてありがとうございました。わたし、三年三組の高藤星佳です」

「えっと······わたしは一年六組の御槌意澄です。髪が長くて背の高い子が政本美温で、眼鏡の子が速見早苗で、ショートヘアの子が若元小春ちゃんです。みんな一年六組で、生活研究部に入ってます」

 意澄の紹介に応じて他の三人は会釈する。その後すぐ早苗は星佳が机に置いた紙に目をやって、

「星佳先輩、模擬店の企画書ですよね?すみません、上島先生は今日午後から出張なんです」

「ああ、そうなんだ。ありがとう。でも、今はそれより気になることがあるんだけど······昨日意澄ちゃん達が不思議な力を使ってるのが見えた。あれ、どういうことか教えてもらえないかな······?」

「ど、どういうことって言われても、知らない方が平和に暮らせると思います······」

 小春が上目遣いで言うが、それでも星佳は諦めないようで、

「平和に暮らせなくてもいい。どうしても知りたいの。わたし、いろいろなものが足りなくて、それを埋めてくれるものが、もしかしたら意澄ちゃん達がもってる力なのかもしれない。だから教えてほしい」

 熱弁されて早苗は困ったように他の三人を見やり、小春はあちこちへ目を泳がせ、美温はそっと意澄を見つめて頷いた。

「星佳先輩が何を抱えて、何を思ってるのかはわかんないんですけど」

 意澄は星佳の眼をまっすぐ捉えて、

「コトナリは······わたし達がもってる力は、そこまで素晴らしいものじゃないですよ。だよね、チコ」

「え、い、意澄ちゃん······?」

 おどおどと戸惑う小春に構わず、意澄の胸の前のテーブル上に湯気が立つように青いツチノコが現れる。星佳はその様子を目を見開いて凝視していた。

「その通りだぞ小娘。私は意澄こいつに力を貸してやってるコトナリだ、別に驚かなくていい。それで、お前は私達コトナリの力を都合良くハイになれるドラッグか何かと勘違いしているようだが······」

 不遜な口調のチコは冷ややかな眼差しを星佳に向け、

「私達が人間に力を貸すのは生きるためだ。お前のお悩みを解決してやるためじゃない」

「どういうことですか······?」

「コトナリは人間に取り憑いてそのエネルギーを吸わなければまともに生きることができない。その代わりに私達の特殊能力をヌシに貸してやるんだが、中にはそれをいいことに面倒を起こしたがるヌシもいる。そして、人知れずコトナリが蔓延るこの街でトラブルを起こすということは、当然他のコトナリヌシと戦うということだ。コトナリヌシ同士の戦いは相手のコトナリを食った時点で決着だが、コトナリとの結びつきを弱めればいいのだからヌシの生死は問わない。ここまではいいか?」

「······はい」

「良し。では、特殊な力をもった人間が、敵が死なない程度に自分の闘争心を制御できると思うか?それも、ヌシはコトナリに精神エネルギーを吸われても尚自我を保っていられる連中なんだ、まともな精神性のやつなんていない。ここにいる意澄も美温も小春も、ある面から見れば全員異常者だ」

「ちょっと、小春ちゃんを異常者呼ばわりしないでくれるかしら?」

「え、し、シーズやめて」

 妙に艶っぽい女性の声がして、チコの隣に白い小型犬のようなコトナリが現れる。小春に憑いているシーズだ。

「黙れ犬公。敵対していた連中と仲良くできるやつなど異常者だ」

「あら、小ささがバレるわよ蛇女。でもあなたが言おうとしてることには賛成してあげる」

 シーズはチコを睨むのをやめて星佳へ向き直り、

「コトナリの力を使う······つまりコトナリを憑かせることは、それだけで危険を伴う。でもそのことに無自覚なヌシも多いから、この街では戦いが絶えないのね。どうかしら、それを凌ぎきるほどの覚悟と情動があなたにある?波風立てないように生きてるいい子ちゃんに飼い慣らされるほど、コトナリは優しくないけど?」

「······私が言いたかったところだけ横取りしやがって」

 チコがボソッと洩らすが、シーズはむしろ鼻を鳴らした。

「ごめんなさい、口の悪い子達だけど言ってることは本当です」

 星佳はチコとシーズを交互に見つめ、やがて視線を折り畳まれた企画書へ落とした。謝罪した意澄はチコの頭を撫でながら穏やかに笑いかけ、

「戦う危険だけじゃなくって、朝からいきなり疲れてたりいつも二人分食べなきゃだったり、コトナリヌシになるとデメリットがたくさんありますよ。だからこの力は、人生の突破口になんか絶対になりません。この力が無かったら助けられなかった人達もいますけど、やっぱりそれと同じだけ傷つけてきた訳ですから」

「そう、なんだ······」

 俯いた星佳は企画書を手に取り、

「最後に一つだけ訊かせてもらえないかな」

「······どうぞ」

「デメリットもあって、危険もあって、それでもどうしてみんなはコトナリの力を使うの?」

「それは······」

 意澄が言い淀んだ後で、彼女と美温と小春の声はぴったり重なる。

「「「それでも力が欲しかったから」」」

「······そっか、ありがとう」

 微笑んで星佳は立ち上がり、お辞儀をしてから被服室を後にした。

「よ、良かったのかな、コトナリのこと教えちゃって······?せ、星佳先輩がコトナリヌシになってどこかで事件を起こすかもだし、み、味方になるかもしれないけど······」

「ごめんね小春ちゃん、その心配はごもっとも。だけどさ、そのときはわたしが倒すよ」

 そう言い切れてしまうのが、御槌意澄というコトナリヌシだった。

「早苗ちゃんごめんね?あたし達だけで盛り上がっちゃって」

 美温が見やると早苗は手をひらひらと振り、

「全然平気。あたしもあんた達がどんな風に考えてるのかなってのがわかって良かったし。さあ、それでどうする?土曜は午後部活だし、その帰りにお祭り行こっか?」

 日常生活と非常事態を、特殊な力をもった者が頻繁に行き来する。ただの高校生と異常者コトナリヌシの間に堂々と立つ少女達のような人間が、この街には溢れているのだ。






六.


 七月二十日、二十一時二十二分。電車の時間まで星佳は駅前の塾の自習室で勉強しようと思っていたが、全く集中できなかった。

(············異常者)

 青くてかわいらしいヘビの言葉が頭から離れない。被服室にいた少女達のことをあのヘビはそう断言した。少なくとも穂波を筆頭とした星佳が苦手なグループの女達よりは遥かに真面目そうに見える意澄達だが、どんな危険があってもデメリットを背負ってまで力を欲したという面では確かに異常者なのかもしれない。異常者コトナリヌシになった理由はきっと星佳には察しきれないものだろう。

(だったら、わたしも異常者なのかな)

 たった一人の自習室で、律子のように回そうとして手からこぼれてしまったシャーペンを見つめる。

 彼女が通っているのは塾といっても個別指導のものだ。つい先ほど担当の満島みつしま詩月しづきに言われたこともまた、星佳の頭から離れない。

「星佳ちゃんはこの間の校内実テもいい感じだし、全国模試の偏差値も70近い。真金まかね大より上も目指せるよ?」

「そう、ですかね······」

「······あんまり乗り気じゃないね。地元に残りたい感じ?」

「いえ、そういうことでは······」

「だったらさ、いけるだけ上を目指してみようよ。『大学への拘りが無かったら最後まで頑張れない』とか言ってる人もいるけど、あたしはそんなことないと思う。拘りとかやりたいこととかが無くったって、やってるうちに自分の可能性を突き詰めたいってなってくるから」

「自分の可能性?」

「うん。まあ、あたしは元がバカだから必死に突き詰めてやっと真金大だけどさ、星佳ちゃんなら今よりもっとすごくなると思うよ?まだ半年あるし」

 そのときは大学生とは思えないほど艶やかな塾講師に曖昧に合わせていたが、返し針が付いたような彼女の言葉は、悪意が無いとわかっていても星佳の心に刺さって抜けなかった。

(『今よりもっとすごくなる』······今のままのわたしじゃ駄目ってことかな。詩月先生がそんな意味で言ったんじゃないってのはわかってる。だけどそんな風に解釈しちゃうってことは、わたしはやっぱり意澄ちゃん達みたいな力が欲しいのかな)

 シャーペンを拾おうとするが上手くいかずに指で弾いてしまい、机から転がり落ちてしまった。

(······今のままじゃ駄目なのかな。いっそのこと、戦う覚悟をしてみてもいいのかな)

 足で椅子を動かしてスペースを空け、座ったまま屈んで拾い上げる。上半身を起こすと、目の前にそれはいた。

「やっほー、力が欲しいって思ってるJKさん」

 奇妙なウサギだった。真っ白な体から浮かび上がって見えるほど両目が血のように赤くて、長い両耳は硬く反り返っていた。だが星佳は、それが軽やかな女声で人の言葉を発することにも駅前の塾ビルにいることにも驚かなかった。被服室で見たヘビや小型犬と同じだと直感したからだ。

「コトナリ······」

「あ、何だ知ってたんだ。じゃあ話は速いね。私はヴィリング。君は?」

「わたし、高藤星佳です」

「星佳ね······きれいな名前じゃん。それで、星佳は力が欲しいんでしょ?しかも、コトナリとヌシの関係とかも大体わかってるんでしょ?」

「······うん」

「だったら話は一つ」

 ヴィリングと名乗ったウサギ型のコトナリは、血のような眼で星佳を見つめて口角を上げる。

「やりたいことを決めなよ」

「······やりたいこと?」

「あれ、そこら辺も知ってるのかと思った。コトナリはね、階級によって出力に差はあるけど元々能力の系統は決まってる。そして出会ったヌシの願望に合わせて細かい条件がさらに決定されるの。上級になるほど条件は少なく、自由度が高くなるんだよ」

「······わたしの、やりたいこと」

「そう。それが決まるまでは君に力は貸せない。願望が固まってないままヌシとの結びつきを作ると、能力がめちゃめちゃになっちゃうからね」

「今すぐ決めなきゃ駄目かな······?」

「まさか。コトナリはある程度人の心が読めるからわかるんだけど、星佳は今いろんなことにすごくモヤモヤしてるでしょ?だから急かすことはしないよ。君が覚醒するのを待つから、それまではお互い仮押さえってことで」

 そう言い残したヴィリングはあろうことか血の色の目でウインクして消え去り、再び自習室には星佳一人になってしまう。そちらの方が状況を整理するのに都合が良かった。本当にコトナリが自分の元に現れたことや、彼女が自分に力を貸すことに乗り気なことよりも、もっと強烈なことが星佳に突きつけられた。

(『わたしのやりたいこと』、たくさんあるわたしの足りないところの内で、一番大きなものだ······!)




〈つづく〉

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