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【小説】キヨメの慈雨 第七話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)


↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。



 銀色の輝きが、音速で花村望に直撃した。あまりの速度に、意澄はその弾道を目で追えなかった。どれほどの破壊力を秘めているかはわからないが、確実にこの戦いの決定打になる一撃だった。

 しかし、

「······みんなで時間を稼いだ後の派手な演出だ、どんなものかと思ったらそんなものか。てっきり腹に穴でも空くかと思ったぞ。何の影響も無い、無駄撃ちだったな」

 花村望は、無傷で立っていた。間違いなくあの攻撃をまともに喰らったのに、平然としていた。やはり最上級のコトナリヌシの力は強大なのか。何かの手助けになるかもしれないと意澄が再び参戦する決意をしたとき、

「無駄かどうか、試してみるか?」

 日尻が前に進み出る。花村はどす黒く目を輝かせて、

「やってみろ。やはりお前以外に私の相手はいない」

 その言葉にわずかなため息を洩らし、日尻は思い切り足を踏み出す。この戦いの中で何度も見せた、足元から突き出したシロガネによる攻撃。花村は軽いフットワークでかわそうとするが、その動きよりも早くシロガネが彼女のみぞおちを襲う。体から空気を吐き出した花村に、日尻は一秒の暇も与えず拳を放つ。花村は足を運んで回避を試みるが、それは許されなかった。プラチナ色の拳が顔面に突き刺さる。崩れそうになる足に何とか力を入れるが、すぐにもう一発、今度はボディに喰らった。日尻はさらに連撃を加え、防ごうとする花村の腕を弾き、がら空きになった腹に腰を据えた拳を叩き込んだ。花村は足を動かすが、すぐにその距離は詰められ、また打撃を浴びる。日尻が踏み込んだタイミングで炎の壁を展開するが、それを読んでいたように日尻は垂直に跳んで炎に覆われていない頭上からかかと落としで花村の体を沈み込ませた。ついに花村は膝を着いた。

「踏み込んでるのにそっから垂直ジャンプとかどうなってんの?というか日尻さん、急に強くなってるし」

 意澄が驚き半分呆れ半分で言うと江西が、

「日尻さんが強くなったっていうよりは、花村が疲れたんだよね」

「疲れた?でも能力使うのをかなりケチってましたし、最上級は燃費がいいとか言ってましたけど······」

 そもそも最上級というのが何なのかよくわかっていない意澄に江西は自信ありげに笑って、

「さっきの柿崎くんのあれ、あれが彼の能力なの。あの笛で演奏したメロディを相手に流し込む······正確には音波をあの銀色のキラキラに詰めて流し込むっていうね。さっきの曲は『相手の体力を削ぐメロディ』で、普通に耳で聞いたんじゃ何も影響が無いんだけど、柿崎くんの能力を通してその音波を直接流し込まれることで効果が現れるんだよ。メロディには他にもいくつか種類があるの」

「じゃあ、『準備』ってそういうことだったんだ······」

 日尻は膝を着いた花村の頭に、まるで恋人のように手を載せている。当然その手に愛情など無く、その眼差しに恋慕など無い。

「肩に担いでいるその子を放せ。そうでなければ私はこの手からシロガネを突き出して、君が私を焼き尽くす前に君の頭を貫く。それに、疲弊した君ではその子を手放さなければ私には勝てない」

「··················ふざけた真似を!」

 花村は忌々しそうに吐き捨て、肩の寝袋を乱暴に放り投げる。直後、日尻は花村をサッカーボールのように蹴り飛ばした。向かい側の家の屋根に激突するが、すぐに起き上がる。それでも花村の呼吸は荒い。舌打ちして爆発を起こすが、爆炎は明日海に押し返され、衝撃波は日尻が作った壁にせき止められた。向かってくる爆炎を消去するが、シロガネの壁によって相手の様子が見えない。

 壁の向こうから、声が聞こえた。

「手放したところで、私達には勝てないがね」

 壁の向こうから何かが来る。そう花村が予想した瞬間、花村のすぐ前方の足場がごそっと消えた。露になった元の地面では、高館が鎌を振るっていた。それを認識したと同時、花村の四肢が真空刃により切断された。小さくなった花村の体は、ゴトリと屋根から転落してピクリとも動かなくなった。手足が遅れて屋根を滑り落ちる。

「うっわあああ!え、ちょっ、ええ!?」

 突然のショッキングな光景に意澄は変な声を上げるが、他の面々は大して気にしていないらしい。寝袋を抱えた日尻は落ち着いた声で、

「この足場を畳むから、みんな下りてくれ。支援班が来るのに、車高がつっかえてしまうかもしれない」

「了解。っていうか支援班もう呼んであるんですか?」

 明らかに意澄より年下の明日海が特別驚くこともなく会話しているのに戸惑う意澄だったが、そんな様子には誰も気づかない。口をパクパクさせながら意澄は日尻が作った階段を下りる他の面々についていく。

「あ、支援班の車もう来てる。江西さんが呼んだの?」

「うん、そうだよ」

「いつの間に。流石はデキる女、江西結」

「お?明日海ちゃん、もっと言っていいんだよ」

 支援班のものだという車は二台あり、一台はワゴン車から暴漢を移し、もう一台には日尻が寝袋を安置していた。殺された少女を乗せた方はすぐに出発し、もう一台も出発しようとしたところでなつめが引き留めた。

「あー、待って。この爆発厨を乗っけてーんだけど」

 なつめが花村に近づく。能力を使って動けなくするためだろう。

(そんなことしなくてももう動けないって!その人手足斬られてるんだよ!というか生きてるよね······?コトナリの事件で誰も死なないことが大事とか言ってたしたぶん大丈夫だろうけど、動けない人に能力でさらに動けなくするのはオーバーキルじゃないの······いやキルではないんだけど。でもなつめさんの能力なら止血とかもできるのかな?)

 意澄が何も言えないまま突っ立っているうちに、なつめはずんずんと花村に近づく。そして、手をかざして能力を発動させようとしたときだった。

 なつめの体が、小さく瞬いた。それが見えた次の瞬間、なつめの全身は激しい炎に包まれていた。

「嘘だろおい!あっつー!」

 叫びながらなつめは地面を転がる。意澄はすぐになつめに大量の水を滝のように注いで消火した。体に高熱が残らないよう、さらに念入りに放水する。水の中でなつめが何か言っているのを聞いて、能力を解いた。

「死ぬ!死ぬかと思った!いや炎じゃなくて水で溺れ死ぬって!」

「え、あ、すみません!」

 謝る意澄になつめは立ち上がりながら手をひらひらと振って、

「いや、いいって。意澄、だっけ?お前のおかげで助かったわ。それにしても花村こいつ、コトナリヌシの執念が強いと気絶しても能力が発動することがあるとはいうけど、そのパターンかよ、マジで厄介だな」

 そう言って花村へ目を向けたとき、なつめは絶句した。なつめだけでなく、意澄も、他の面々も言葉を失った。日尻が大きくため息をつく。

 花村望が、立ち上がっていた。それも、五体満足で。すぐ横に転がっていた手足があるはずのところには、こんもりと灰が盛られていた。

「まさか」

 意澄は呟いた。

「まさか、ただ炎や熱を操るだけじゃなくて、切断されても燃やせばその部分は復活、とかいうチートじみた能力なの!?」

「ほう、やはりお前は面白いぞ。いい推理力だな。ただ、服までは元通りにならないから春先に生脚ノースリーブという変態みたいな恰好になってしまうのが難点か」

 花村は平然と告げながら、感覚を確かめるように再生した細い手足を軽く揺らした。意澄は戦う構えを取り、拳に水を集める。それを見て花村は嘲るように、

「おいおい、お前が私と戦った目的を忘れたのか?実験台したいはもう特民室が回収した。だったらあれを手に入れたい私もあれを守りたいお前も戦う理由が無いだろう。お前や朗と戦いたいのは山々だが、余計なやつらが邪魔してきて今日は流石に疲れたからな。ここらで引くとしよう」

 そこまで言うと脚のバネを使い、一気に跳び上がった。

「逃がすかよ!」

 高館が空中の花村に向けて真空刃を放ったとき、それは現れた。

 血のように鮮やかで、火のように赤い艶やかな体躯。舞い散ったのは、募金用のものなど比べ物にならないほどの美しさをもつ赤い羽。猛禽のように鋭い爪と、小鳥のように澄んだ眼。両翼を広げると10メートルに達するであろう体長。真空刃を受け止めたそれが炎熱系最上級のコトナリであることを、意澄は直感した。

「一つ言っておきますが」

 花村を背中に乗せた赤いコトナリが言葉を発する。どんなことを言うにしても、それがこの場の最重要事項であると強く意識させられる。圧倒的な存在感に呑まれそうになるが、意澄は疲れた体に力を入れ直してどんな事態にも対応する心構えを作った。

 赤いコトナリが口を開く。

「わたくしはタクシーではありません」

「············へ?」

 予想外の内容に誰もが一瞬戸惑った隙に、赤いコトナリは大きな翼を羽ばたかせて一気に上昇しながら前進した。二度目に羽ばたいたときには、すでにその姿は小さくなっていた。

「逃げた······ってことでいいんですよね?」

「た、たぶんそうだね」

 意澄の確認に江西が曖昧にうなずいた。日尻が静かな声で、

「······六人がかりでようやく撃退、撃破には至らずか。全く、流石は花村望だ。遺体を保護できただけでも御の字か」

「とにかく」

 江西が空気を切り替えるように明るい声色で、

「遺体は守った、我々の損失も無かった、今回はこれでヨシとしましょうよ。周辺への被害も無かったようですし······ってあれ、何であそこの屋根壊れてるの?なつめさんがカバーする前に壊れたのかな?ってことは意澄ちゃんがぶつかったのか」

 江西の視線の先では、確かに屋根が盛大にぶっ壊れている。改めて見るとかなりの衝撃でぶつかったことがわかる。自分が動けていることが割と不思議であることに意澄は気づく。そしてもう一つ、さらに大切なことに気づいた。

「あの、江西さん」

「どうしたの?」

「あの屋根、もしかしてわたしが弁償ってことは無いですよね?いや、それも仕方ないんですけど。わたしが一人で突っ走っちゃったのを皆さんが助けてくれたんですし」

「ああ、あれはたぶん市から修理代があの家に出されるから大丈夫だよ。君が心配することは無いから。そうだ、一応予備の服を持ってきてるからそれに着替えなよ。意澄ちゃん、全身ずぶ濡れですっごい危ない恰好してるし」

 言われて、意澄は濡れたカッターシャツの防御力の低さに驚く。

「こら男子、全員あっち向く」

 明日海が睨むと、日尻と柿崎と高館は180度回転した。日尻が屈んで地面に手を着き、シロガネを展開した。シロガネは日尻の後ろから意澄の横へ走り、屋根付きの小屋のようなものを形成した。

「えっと、これ何ですか?」

「女子更衣室」

 意澄が尋ねると、日尻は短く答えた。

「ちょうどいいから、わたし達も着替えよっか」

「そーだな。あたしなんか濡れたり燃えたりで服ボロボロだし」

 明日海となつめが即席の更衣室に入っていき、江西がワゴン車の中から袋を持ってきて、

「意澄ちゃん、おいでよ」

「は、はい······」

 意澄も更衣室に入る。中は広めに作られていた。

「はい、これ意澄ちゃんの。サイズ合わなかったらごめんね。まだ他にもあるから遠慮なく言って」

 江西が着替え一式を渡してくる。てっきり上の服だけかと思っていたら、ズボンだけでなく上下の下着まで付けてくれた。それを受け取ってから、意澄は尋ねる。

「あの、さっきの花村って人は一体何なんですか?それに、皆さんが三年間この街を守ってきたとか······どういうことなんです?」

 すると江西はなつめや明日海と顔を見合わせた。三人でうなずき合った後江西が、

「意澄ちゃん」

「············はい」

「焼肉行こっか」

「············はい?」


〈つづく〉



 

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