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ハードワールドコンクエスト 第一話【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


あらすじ

五つの大陸全土で大小多くの国が魔術戦争を繰り広げる世界。世界統一を目指すアスマト帝国は、第一大陸の強国・ソンリ王国への遠征に向かっていた。田舎村で領主の護衛を生業としていた魔術師の少年・ベルクは、病気の恋人のために多様な世界を見て回ることを決意し、傭兵として遠征に参加する。ベルクは遠征参加のために訪れた帝都で傭兵に紛れた皇女・アセナと出会い、皇族として戦場を知りたいという彼女を追手から助けて共に戦場へと発つ。戦いの中で世界の多様さを目の当たりにしたベルクと、世界統一に向かう国家を背負うアセナは、互いに悩みながらも戦友達と共に世界中の強敵とぶつかっていく。〈280字〉



世界観紹介

世界全体図


第一大陸

①アスマト帝国。常備歩兵軍による陸戦の強さは群を抜くが、他国に比べて海軍力は劣る。
②ソンリ王国。鉄鉱石の産出量が豊富で武器輸出により発展を続けているが、国土の大半が砂漠。
③無国籍地帯。統一国家は存在せず、少数部族が各地に住んでいる。独特かつ強力な魔術師が多い。
④ダシール王国。沿岸全土に強固な防衛線を張っており、建国以来敵の領土侵入を許したことが無い。

第二大陸西部

⑤ジャンドル連邦国。中規模領主が連盟を組んで形成された国家で、それ故に統一軍隊が存在しない。
⑥エトローリ王国。長年の内戦が終わったばかりで、対外戦争をする余裕が無い。貿易都市が多く、そこでは芸術活動が盛ん。
⑦フロル王国。ジャンドルやエトローリの征服を狙い、挟撃のためにアスマトとの同盟を模索する。第三大陸に植民地をもつ。
⑧エストラント国。王国ではあるが、臣民による議会政治が行われている。海軍力に優れていて、フロルとは犬猿の仲。第三大陸に植民地をもつ。
⑨ストリア帝国。皇族のルーツがジャンドルにあるため、ジャンドルを滅ぼそうとするフロルと対立している。高い海軍力を誇る。第三大陸に植民地をもつ。
⑩ポロス王国。対外進出は控えめだが、防衛力は高い。死に関する魔術の研究が進んでいる。
⑪ルシウス王国。人口が少なく軍事力も低いため、タルタン帝国の脅威に晒されている。第二大陸の列強達とタルタンとの緩衝地帯。
⑫ユンダート王国。軍事力は低いが、高い魔具の製作技術を交渉カードにして列国と対等に外交を繰り広げる。
⑬オンネルラント共和国。国土こそ小さいが農業生産量が多く、貿易に力を入れている。

第二大陸中部

⑮タルタン帝国。ルーツは大陸中央部の遊牧民族だが、独自の騎竜技術によって高い機動力と制圧力を実現し、大陸全土を席巻する勢力となった。
⑯サヴァー王国。遊牧民にルーツをもち、小型の竜を使役する戦術が得意。度々アスマト帝国を攻撃している。
⑰ディナス帝国。数多くの少数民族から構成された国で、それぞれが全く別系統の魔術を使う。

第二大陸東部

⑱シーカ帝国。医学が発達しており、人間の体に関する魔術が多い。タルタン帝国からの圧力を受けている。
⑲ヒノワ皇国。通常兵器の開発に注力しており、平民で構成された魔術センスに関係なく安定した戦力を維持できる皇国隊と、古くからの特権階級で構成された魔術を駆使して戦う武士団の二つを有している。

第二大陸東南部及び第五大陸

⑳カンダッダ王国。新興国家であり、タルタン帝国の侵攻に悩まされている。武器や建物を作り上げる魔術が多い。
Ⅰ.ザン王国。古くから存続している王国で、世界各国と不可侵条約を結んでいるが、隣国のエツニムはそれに応じていない。
Ⅱ.エツニム王国。対外進出に積極的で、ザンやシーカに何度も侵攻している。
Ⅲ.シャーリビジョン連合国。大小多くの島からなる国で、島ごとに王がいる。魔獣と魔術師をリンクさせる魔術が得意。
Ⅳ.第五大陸。各大陸で流刑にされた罪人の街と先住民の集落が点在する国。独特な魔獣が生息している。
Ⅴ.ネウザー共和国。民主政治が行われており、その立地上、他国との交戦経験は非常に少ない。各地の王国や帝国から政治犯の亡命を受け入れている。

第三大陸と第四大陸

⑭ノヴァメング大民国。第三大陸の先住民と第二大陸北西部出身の海洋民族が融合し、各地で迫害された民族や亜人(人狼・エルフ等)を受け入れて大国となった。
Ⅵ.マキシテスカ王国。独自の信仰をもち、複数人で術を組み上げる大規模魔術が特徴。
Ⅶ.ノワコバン諸島。ノヴァメングの海洋民族に侵略されかけたことがあるため、年長者はノヴァメングを敵視しているが、若者は両国ともに往来が盛ん。
Ⅷ.マイン帝国。熱帯雨林の魔獣を使役し、生贄儀式による強力な魔術を扱う。鉱物がよく採れる。
Ⅸ.パルパ共和国。第三大陸と第四大陸が協力して一つの強大な勢力圏を築くことを目標にしており、第二大陸西部の列強達による植民地化の流れを激しく非難している。



キャラ紹介

ベルク=メンデレス(16)トーリ村領主の護衛。
ヘレナ(16)トーリ村領主の娘。
アセナ=アスマトアウル(15)ソロモンの第四子。
スンビュラ(37)後宮宦官長。
ソロモン=アスマトアウル(42)アスマト帝国第10代皇帝。
イブラヒム(38)アスマト帝国大宰相。
傭兵1・傭兵2
歩兵1・歩兵2
衛兵
車掌

※Mはモノローグ

〈本編9,844文字〉


本編

〇トーリ村の屋敷(ベルクの夢)

ベッドの上にヘレナが座っており、その傍の机には薬が載っている。ベルクは机とは反対側にある椅子に腰かけている。
ヘレナ「シーカ国からお父さんが取り寄せてくれたの。漢方っていって、アスマトの魔術師の薬とはちょっと違うんだって」
ベルク「シーカ?アスマトからずーっと東に行った先の?」
ヘレナ「うん。シーカのもっと東にも国があって、そこでは薬を使わず魔術だけで治療ができるらしいの」
ベルク「え?シーカの東って海じゃねえの?」
ヘレナ「うん。でも島国があるんだよ。戦争に魔獣を使わないで馬を使ったり、結構独特な文化があるみたいだけど」
ベルク「へえ、すげえなそれ。ってか、ヘレナはマジで物知りだな」
ヘレナ「ずっと病気してるからさ、本読むしかないの。ねえ、ベルクは見たことある?海とか、氷河とか、砂漠とか、火山とか、そういう世界中にあるすごいもの。他にも、アスマトの外のおいしいものを食べたり、アスマトの外で何が起こっているのかを聞いたり」
ベルク「いや、無いよ。ヘレナは?」
ヘレナ「あたしは本の中でだけ。でもいつか必ず自分で体験する。病気を治したら自分で見て、食べて、聞いて、そこからいろんなことを感じるの。だって、せっかくこの世界に生きてるのに、狭い部屋の中しか知らないなんて嫌だから」
ベルクはハッとした表情をする。
ベルク「……そっか。じゃあ、そのときは俺も一緒に行くよ」
ヘレナ「それって、あたしの家の護衛として?」
ベルク「もちろん。だって、盗賊とか魔獣とかは世界中にいるんだから。俺が全員倒さなきゃだろ」
ヘレナ「だったら駄目」
ベルクは戸惑い、ヘレナは微笑む。
ヘレナ「あんたはあたしの夫として行くの。あたし、新婚旅行にするつもりだから」
ベルクは驚き、言葉を発せない。
ヘレナ「……ねえ、本気なんだから何とか言ってよ」
ベルク「……じゃあ、最初は帝都に行こう。海があるし、鉄道で他の場所にも行けるし、何より広い世界を見る前に自分の国の都を見とかなきゃだからさ」
ヘレナ「……それ、本気?」
ベルク「うん、本気」
ヘレナ「……だったら、必ずだからね?必ず治して、二人で行くからね!」
ヘレナは笑顔になり、やがてその笑顔が遠のいていく。

○帝都・エルトゥールル駅手前の列車内(朝)

車窓から朝陽が射し込み、ベルクは目を覚ます。窓からは間近に巨大なデフネ礼拝堂が、奥には宮殿が見え、海がきらきらと光っている。その光景にベルクは窓から身を乗り出す。
ベルクM「すげえ、これが海!これが帝都!」
車掌が車内を歩き、ベルクの横を通過する。
車掌「間もなくエルトゥールル駅に到着します。お降りの際は足元にお気をつけください」
剣を背負ったベルクは席を立つ。

〇エルトゥールル駅・発着場

乗降場には赤い軍服を着た兵士達が大勢集まっている。ベルクはキョロキョロしながら空いている列車を探す。どの列車も兵士達で満員になっている。
ベルクM「遠征列車だ!やっぱ今回はかなり大規模っぽいな」
ベルクは人のいない列車を見つける。
ベルク「人がいない……?」
ベルクが窓から覗き込むと同時に、車内からキラーハウンドが窓に飛びつく。
ベルク「うおぉっ!?」
キラーハウンドは前足裏の吸盤を窓にくっつけて舌を出したまま、尻尾を振ってベルクを見つめる。
ベルクM「軍用魔獣の輸送車かよ!道理で人がいない訳だ」
傭兵1「さっさと帰れ、ガキ!」
ベルク、怒声の方へ目をやる。別の列車の扉の前で、立ち塞がる大男と剣を背負ったストロベリーブロンドの少女が言い争っている。周囲の兵士は遠巻きに二人を見ている。
少女「帰らない。私もこの列車に乗せろ」
傭兵1「はあ?てめえみてえなヒョロいガキが乗っても邪魔なだけなんだよ!」
少女「魔術戦に体格は関係ない。魔力と術の練度が全てだろ。そんなこともわからないお前の方が邪魔だ。さっさとどけ」
少女がどくようジェスチャーをすると、傭兵は顔に青筋を浮かべて腰に挿した剣を抜く。刀身は炎を纏っている。
傭兵1「ったく、敵兵じゃねえ女子供とは戦いたくねえがこれは例外だ。遊び半分で戦場に行って、死んだてめえのために何人困ると思ってるんだ!」
眼差しに怒りが混じり、少女も背負った剣を抜く。
少女「先に抜いたのはそっちだからな」
傭兵1「おい、遊びじゃねえんだぞ!第一何だよその細腕、人殺したことあんのか!」
少女は臨戦態勢を取る。
少女「試してみるか?」
傭兵も構え、両者同時に剣を振る。しかし、魔術で高速移動したベルクが少女を抱えて移動し、剣は空を切る。
ベルク「おいあんたら!何気軽に殺し合おうとしてんだよ!盛り上がりすぎだろ!」
少女M「こいつ、速い……!」
傭兵1M「魔力による身体強化、ってレベルじゃねえぞ」
ベルク「傭兵だろうが同士討ちは厳罰だろ!ほら、剣しまえ!」
傭兵は剣を鞘に収め、少女もベルクの腕を振りほどいてから剣をしまう。
ベルク「いや、すんません、お騒がせしました~」
ベルクは何度も頭を下げて周囲の兵士達を解散させる。
ベルク「で、あんたは何で拒否ったの?乗せればいいのに。この列車に乗ってんのは全部傭兵なんだろ?俺だってそのために来たし、人は多い方がいいだろ」
傭兵1「多くていいのは人じゃなく戦力だ。傭兵は少人数で組を作って遠征の終わりまで乗りきらなきゃいけねえ。弱くてすぐ死ぬやつなんかと組んだら、ずっと人数的なハンデを抱えたまま戦わなきゃなんねえだろ。誰だってそんなやつはいらねえから、初めから弾いとくに限るんだよ」
少女「私はかなりの戦力だぞ」
傭兵1「聞き飽きたよそれ」
発車の鐘が鳴り始め、列車の動力部分に魔力が行き渡る。傭兵は列車に乗り、少女がついていこうとすると扉を閉めて鍵をかける。
傭兵1「じゃあな!戦争なんか大人に任せて、ガキはガキらしくさっさと帰って遊んでろ!」
列車が動きだし、少女は追いかけようとするが人が多くて走れない。列車の最後尾が過ぎ去り、やがて見えなくなる。
少女「ああもう!」
ベルクは少女にそっと近づく。
ベルク「なあ」
少女はベルクをキッと睨む。
少女「何だ」
ベルク「ごめんな、邪魔しちゃって。あんなに正規兵が見てたんだから、あそこで斬りあったら面倒事になると思って」
少女「……いや、いい。お前の言う通りだ。ナメられるのに慣れてなくてな。ついカッとなった」
ベルク「そっか。でもさ、傭兵列車ってあれ一本じゃないんだろ?次のやつを狙えば、難癖つけてくるおっさんだっていないはずだ」
少女「そうだな。チッ、次の列車まで待機か」
ベルク「待機っつっても、帝都っていろいろあって時間なんてあっという間だろ。そうだ、俺初めての帝都なんだけど、どっかオススメない?」

○帝都・デフネ礼拝堂

ベルクは少女に先導されて階段を駆け上る。
ベルク「列車の中から見えたけど、やっぱデカいんだなこの礼拝堂。階段めっちゃ長いし」
少女「アスマト帝国で一番大きな礼拝堂だからな。ここに来たことが無ければ帝都の民じゃない」
ベルク「てか、なんで走ってんの?」
少女「間に合わせるためだ」
ベルク「何に?」
少女「おい、屋上に着くぞ!」
ベルクと少女は屋上に出て、その淵の柵に寄りかかる。そこでは大通りでの遠征軍の行進を見渡すことができ、礼拝堂の傍には線路が通っている。
少女「よし。陛下が通るのには間に合ったな」
ベルク「陛下って、俺らの国の皇帝陛下?」
少女「他に誰がいる。ほら、今通ったのが第一皇子のムスタファ様だ」
少女が指差す先では、馬に乗った青年と大勢の歩兵が進んでいる。
ベルク「え、第一皇子だけでもあんなにお供が!」
少女「ああ。あの方は第一歩兵団約2万を率いていらっしゃる。歩兵団がいくつあるかは知ってるよな?」
ベルク「あー、確か四十だろ?」
少女「傭兵志望なら流石に知っていたか。今回はそのうち30個の歩兵団が出陣するらしい」
ベルク「ごめん、ピンときて無いんだけどさ、歩兵団30個って何人ぐらい?団によって数がバラバラだろ?」
少女「そうだな……今回の遠征では50万人ぐらいだ」
ベルク「……もしかしてさ、俺らの国ってめっちゃ強い?」
ベルクが横に顔を向けて少女を見ると、少女は不敵な笑みを浮かべている。
少女「ああ。二つの大陸に跨がる版図をもち、二百年以上存続しているんだぞ。弱い訳がないだろう。陛下は今回の遠征で第一大陸北部の平定を目指すが、行く行くは五つの大陸全土を統一するおつもりだ」
ベルク「へえ、すげえなアスマト帝国」
少女「……おい、興味無いのか」
ベルク「そんなことねえって!たださ、急に大陸だの世界だの言われてもピンとこなくて。俺、元々トーリっていう田舎村の領主の護衛をやってたから」
少女「領主の護衛なんてそこそこいい仕事じゃないか。なのになぜ傭兵に?」
ベルク「いや、それは──」
一際大きな歓声が上がり、二人は大通りを見る。そこでは壮麗な鎧を纏った男が白馬に跨がって進んでいる。
ベルク「あれが……!」
少女「そう。アスマト帝国第10代皇帝、ソロモン陛下だ」

○帝都・エルトゥールル駅大通り

歓声の中を白馬で進むソロモンにイブラヒムが馬で追いつく。
イブラヒム「よろしかったのですか、陛下?」
ソロモン「何がだ」
イブラヒム「アセナ様にお会いにならなかったでしょう。ソンリ王国は強大な敵。遠征がすぐに終わるとも限りませんのに」
ソロモン「武芸の稽古をしているなら、それを妨げる必要は無い。頼もしい限りではないか。兄達が出陣して、あいつも燻っているのだろう」
イブラヒム「しかし、稽古をしているというアセナ様は──」
ソロモン「大宰相ならそんな些事を気にするな。アセナは私の子。あいつのことは私も考えている。お前が今考えるべきは、いかにソンリを攻略するかだ」
イブラヒム「……はい。陛下の意のままに」

○帝都・ハリチ湾岸のレストラン

ベルクと少女は海が市街地に入り込んで形成されたハリチ湾を見渡せるテラス席にいる。テーブルの上には様々な料理が並んでいる。
ベルク「サラダに入ってるこのイボイボ付いたやつは何?」
少女「タコだな。トーリは内陸だから珍しいかもしれないが、帝都じゃよく見る海の生き物だ」
ベルク「へえ。じゃあさ、このパンに挟まってる魚は?」
少女「サバだ。それも海の魚で、そのパンはサバサンド。おいしいぞ」
ベルク「うん、美味そう。ならスープのドブガイみたいなのは?」
少女「ムール貝だ。それも帝都の店でよく見る貝だな」
ベルク「すげえ、知らない食べ物ばっかりだ。世界って広いなあ。このエビっぽいのも何かの海のやつだろ?」
少女「ああ、それはエビだ」
ベルク「エビなんだ」
ベルクと少女は料理を全て平らげる。少女が財布からいくつかの硬貨を取り出す。
ベルク「あのさ、ホントに奢ってくれるの?」
少女「食ってから訊くな。まあ遠征先じゃカネなんか役に立たないから、使いきって経済回すのが一番だろ」
ベルク「マジかよ、ありがとな」
スンビュラ「いた!あそこ!」
大声の元に視線をやるベルク。宦官の服装をしたスンビュラが四人の衛兵を引き連れてこちらへ走ってくる。少女は驚いた顔をして勢いよく立ち上がる。
少女「悪いがもう行く。お釣りはお前のだ」
ベルク「あ、ちょっ、ええ!?」
少女は走り去り、スンビュラと衛兵は後を追う。少女は市場の人混みを割って進み、振り返ると追手はまだついてきている。
少女M「誰かが喋ったか?」
スンビュラ「魔縄を使って!」
衛兵「了解!」
衛兵の内一人が魔縄を手に取って魔力を通し、思いきり放り投げる。魔縄は人の隙間を縫うように進み、少女の周囲を数回転して捕縛する。
少女「離せ!」
スンビュラ「離しません!」
宦官と衛兵は魔縄を辿って少女に近づく。
ベルク「あのぉ……」
スンビュラと衛兵達が肩を叩かれて振り向くと、ベルクが立っている。
ベルク「すんません。特に用は無いんですけど、触らなきゃ発動しないんで」
ベルクは回り込んで背中の剣を抜き、縄を切断する。
スンビュラ「ちょっとあんた!何してんの!」
縄が切断されると少女の体は解放され、ベルクは少女に走って追いつく。
ベルク「いったんどっか行こう!」
ベルクと少女は走り去る。宦官達は追走しようとするが、思うように体が動かない。
スンビュラM「体が……遅くなってる!?」
スンビュラ「たぶんあの坊やの魔術だから、効果範囲外になったらすぐ追うよ!触れられなきゃ喰らわない!」

○帝都・アブデュル市場

細い路地で呼吸を整えるベルクと少女。先に少女が平静を取り戻す。
少女「助かった。これ以上はお前に面倒がかかるから、ここでお別れだ」
少女は立ち去ろうとするが、ベルクがその手を掴む。
ベルク「待てよ」
少女はキッとベルクを睨む。
ベルク「あんた、何やらかしたんだ?」
少女「お前には関係ない」
ベルク「関係あるよ。同じ傭兵部隊になるかもしれねえんだ。何か事情があるなら放っておけない」
少女は一瞬驚き、すぐに険しい表情になる。
少女「お人好しだな。私と一緒にいれば、お前は死刑になるかもしれないのに」
ベルク「死刑?なんで?」
少女「私を誑かしたからだ」
ベルク「んなことしてねえって!ってかしたとしても、あんたが余程のお偉方の娘じゃなきゃ投獄だってされないだろ!」
少女は無言でベルクの顔を見る。
ベルク「えっと、マジで超偉い役人の娘だったり…?」
少女「まあ……そんなところだ」
ベルク「マジかよ。じゃあなんで傭兵に?」
少女「何だお前は、高貴な娘は大人しく家にいろと?」
ベルク「そんなんじゃねえよ。実力があれば戦場に男女も身分も関係ないだろ。いや、俺もこれが初陣だから詳しくは知らないけどさ……ただ、戦場は間違いなく過酷なのはわかるし、最悪死ぬかもしれない。なのになんで参戦したいの?」
少女「……お前も他の連中と一緒か。結局は、箱入り娘に戦場は耐えられないと思ってるんだな」
ベルク「違うよ」
少女「だったらなおさら、これ以上私に関わるな。お前が追手にバラさないとも限らない」
ベルク「だから違うって」
少女「じゃあ何だ!」
少女の視線が鋭くなる。それをベルクは真正面から受け止める。
ベルク「俺は知りたいんだ。この世界にはどんな光景があって、どんな食い物が美味くて、どんなことが起きているのか、知らなきゃいけないんだ。もちろん、どんな人がどんな風に生きているのかも。だから、あんたのことも知りたい」
少女「……なぜ知らなきゃいけないんだ」
ベルク「それは、何と言うか……トーリ村に、病気でずっと部屋の中にいなきゃいけない子がいたんだ。領主の娘なんだけどさ。『せっかくこの世界に生きてるのに狭い部屋の中しか知らないなんて嫌だ』ってその子が言って、俺は自分の知ってる世界の狭さに気づいて……それで傭兵になって、世界を見て回ろうと思ったんだ。俺が見た世界を、その子に伝えるために」
少女はそれを聞き、長く息を吐いてから言う。
少女「私も、そのトーリ村の領主の娘と一緒だ」
ベルク「……どういうこと?」
少女「その娘が部屋の中しか知らないというのなら、私はこの帝都しか知らないんだ。陛下を筆頭として帝国全体が世界に繰り出そうとしているのに、国の上層にいるはずの私は何一つとして自分で体験していない。宮殿の中で社交礼儀だの音楽だの詩だのにかまけているうちに、他の人達は命懸けで戦っているんだ!」
少女は俯き、拳を握る。
少女「だから私は行かなきゃいけない。家の者は反対して、私を捕まえようと衛兵まで動かした。だけど行きたいんだ!そうじゃなきゃ、世界統一どころか国を一つにまとめることもできない……これで満足か?」
ベルク「……すげえ」
少女が顔を上げると、ベルクが目を輝かせて笑っている。
ベルク「すげえよあんた!」
少女「何がだ」
ベルク「俺とは全然違う!俺は個人の都合で、あんたは国を背負って戦おうとしてる。上手く言えないけどさ、こういう違いって本当にすげえよ!世界は広いって感じがして!」
呆気に取られていた少女は、やがて表情を和らげる。
少女「そうか、確かにそうかもな」
少女は踵を返し、歩き始める。
少女「違っていても目的地は同じだ。まずは列車に乗る」
ベルク「おう!……って、素直に駅に行っても捕まるだけだろ」
少女「大丈夫だ。私に考えがある」

〇エルトゥールル駅入口

衛兵達が赤い軍服を着た常備歩兵団を見渡している。その目の前を、常備歩兵の服装をしたベルクと少女が通り過ぎる。
ベルク「案外バレないもんなんだな」
少女「衛兵達はそもそも私の顔をよく知らないはずだからな。スンビュラという宦官にさえ見つからなければいけるはずだ」

〇帝都路地(回想)
歩兵1が歩兵2に小走りで近づく。
歩兵1「いやーすまんすまん、遅くなった」
歩兵2「もうみんな行っちまったぞ。どんだけ出したんだよ」
歩兵1「そうじゃねえよ、昼間っから酔っぱらってるやつが吐いてて便所が空かなかったんだよ」
歩兵2「いやはや、市民からしたら遠征の出立なんてただのお祭りだな。なんで戦場に行く兵士に限って遠征中は禁酒なんだよ。行きたくね~」
少女「じゃあ行くな」
背後から現れた少女に剣の鞘で後頭部を殴られ、二人の歩兵は気絶する。少し遅れてベルクも現れる。
ベルク「あー、結構武闘派なんだ……」
少女「言っただろ、私はかなりの戦力だと」
少女は歩兵から軍服の上着と帽子を脱がして身に着ける。ベルクももう一人から上着と帽子をもらう。
ベルク「これだけでいいの?」
少女「駅の発着場に着いたら脱ぎ捨てて傭兵列車に乗ればいいからな。というか、お前は私についてくる必要なんか無いんだぞ?」
ベルク「いいって、俺だけ行けたんじゃ申し訳ないから。それより、そのまま常備歩兵団に潜り込むのは駄目なの?」
少女「ああ。正規兵は軍籍管理が厳しいからバレるだろう。それに、金を稼ぎたいなら傭兵の方がいい。生きて帰れたら領主の娘に治療費でも渡してやれ」
ベルク「ああ……うん」

〇エルトゥールル駅・列車発着場

ベルクと少女は発着場の端で上着と帽子を脱いでいる。
ベルク「すげえ、何とかなっちゃたよ」
少女「正直私も驚いているが、油断はできない。急いで傭兵列車に乗るぞ」
ベルクと少女は傭兵列車の扉まで急ぐが、進行方向から衛兵達がやってきて立ち止まる。
ベルクM「やばい……!」
少女はベルクに抱き着いて顔を背け、ベルクは少女の頭に腕を回してやり過ごす。
衛兵M「クソ!傭兵にさえ見送る彼女がいるのになんで俺には!」
衛兵達が通り過ぎると少女はベルクから離れ、二人は傭兵列車に飛び込み顔を見合わせて笑う。
少女「私の髪色は目立つからな。腕で隠すなんて機転が利くじゃないか」
ベルク「まずあんたが抱き着いてこなきゃ詰んでたよ。マジで危なかった」
二人が座席に着こうと車両に入ると、目の前にスンビュラがいる。
少女「あ」
ベルク「あ」
スンビュラ「あ」
ベルクと少女は即座に列車を飛び出し、スンビュラはそれを追う。
スンビュラ「衛兵集合!魔縄用意!その辺の傭兵さん達も、その二人を捕まえれば十万は出すよ!」
衛兵が集まり、傭兵達もベルクと少女が通過したそばから追いかけ始める。衛兵が手にした魔縄が迫り、ベルクは足を捕らえられて転倒する。
ベルク「俺は置いていけ!」
少女「そうはいくか!」
少女は剣を抜いて魔縄を切断し、ベルクに手を貸して立ち上がらせる。すぐ背後まで追手が迫っている。
ベルク「悪い、俺の剣背負って!おんぶしてくから!」
少女「バカ、自分の足で走った方が速い!」
ベルク「いいから!」
ベルクに剣を押しつけられた少女は怪訝な顔で背負い、ベルクの背に乗る。
少女「もう捕まるぞ!」
ベルク「操速魔術」
ベルクは前傾姿勢を取り、その体が淡い光を帯びる。
ベルク「加速アクセル!」
少女をおぶって高速移動したベルクは駅の外に出て追手を振り切り、そのまま裏路地に入って少女を下ろす。
ベルク「クソ、あとちょっとだったのに」
少女「……やはりお前の術は操速魔術だったのか。珍しいな」
少女は剣をベルクに返す。
ベルク「遺伝だから、珍しいのは俺の母さんだな。で、どうやって列車に乗る?もう傭兵列車にすら乗れなさそうになっちゃったけど」
少女「……なあ、操速魔術の使い手なら、減速もできるのか?」
ベルク「え?俺が触れたものならできるけど……もしかして、何か思いついた?」
少女「ああ。あとはできるだけ兵士が少ない列車があれば……」
ベルク「……ある!魔獣の輸送車!」

〇エルトゥールル駅・発着場

スンビュラが衛兵や傭兵達から報告を受けている。
衛兵「東口、見つかりません!」
傭兵2「西口も見つからねえ。なあ、もう列車に乗っていいか?もう最終便が出ちまう」
スンビュラ「もちろん、傭兵さん達はご苦労だったね。ご武運を。衛兵は引き続き捜索!」
衛兵「スンビュラ宦官長、最終便出発ギリギリになっても現れないということは、もう諦めたのでは?」
スンビュラ「あら、じゃああなたはここで残っていなさい。わたしはまだ捜してくるから」
衛兵「いえ、そんなつもりは!まだ捜索を続けます!」
衛兵は駆け足で発着場を離れ、傭兵列車の最終便は出発する。
スンビュラM「さて、諦めるような方でないのは存じております。どこかに潜んでいるとしたら……」
スンビュラは誰も乗っていない軍用魔獣の輸送車両に目をつけ、扉を開けて先頭車両の中に入る。尻尾を振ってすり寄ってくるキラーハウンド達をいなしながら一両ずつ歩き、少女を捜す。餌が入った箱が並ぶ最後尾車両に到達すると、中身がもぞもぞと動いている大きな箱に近づく。
スンビュラ「見つけました。ほら、帰りましょう!」
スンビュラが箱を開けると、中では小柄なキラーハウンドが餌を盗み食いしている。
スンビュラ「こら!」
キラーハウンド「くーん」
キラーハウンドは箱から飛び出して走り去る。スンビュラは他の箱の中身も確認するが、少女を見つけられない。発車ベルが鳴り、列車の外に出る。
スンビュラM「駅から列車に乗るのはまず不可能。線路沿いも警戒済み。ただ、何かが怪しい」
スンビュラは駅の外に出て、ふとデフネ礼拝堂に目を向ける。その屋上から、おんぶした二人の人影が線路に向かって飛び降りる。
スンビュラ「……何やってんの自殺行為でしょ!」

〇デフネ礼拝堂・屋上

少女「魔獣の列車が動き出したぞ!今だ!」
ベルク「操速魔術……加速アクセル!」
淡い光を帯びて高速移動したベルクと少女は柵を飛び越え、線路を走る列車の上に落下していく。
ベルク「減速ブレーキ!」
ベルクが叫ぶと二人の落下速度は段々と遅くなっていくが、列車はそれ以上のスピードで走っていく。
少女「術を解け!間に合わない!」
ベルク「マジで解くぞ!絶対痛いぞ!」
ベルクが術を解くと淡い光が消え、空中で分離した二人は一直線に落下する。落下する間に列車はどんどん過ぎていく。
ベルク「間に合えええええ!」
二人は最後尾車両の屋根の後端に受け身を取って着地するが、少女が転がって屋根から落ちそうになり、何とか腕一本で留まる。ベルクは屋根を這い、端まで行って腕を伸ばす。少女はその腕を掴み、屋根に引き上げられる。
少女「助かった。まあ大体計画通りだな」
ベルク「ああすげえよ!大成功だ!」
ベルクが笑い、少女も口角を上げる。
スンビュラ「アセナ様!」
線路沿いを馬で走るスンビュラが叫び、少女は彼を見る。
少女「無事だ!心配するな!」
スンビュラ「しかし!お母上がお許しになりません!陛下も皇子様方も、戦場に着けば帰るよう仰いますよ!早くお戻りを!」
列車はさらに速くなり、スンビュラが遠ざかっていく。少女は思いきり息を吸う。
少女「知るか!私だってアスマトの戦士だ!」
やがて列車はカーブして狭い海峡に架かる橋に差し掛かり、スンビュラは完全に見えなくなる。
少女「……聞こえてないか。まあそれは重要じゃない」
少女はベルクの方に向き直る。
少女「今さらだが、お前の名前は?」
ベルク「はは、確かに今さらだ。俺はベルク=メンデレス」
少女「そうか。感謝する、ベルク。お前のおかげで出征できた」
ベルク「いいって。こっからが本番だし。あんたは……アセナっていったっけ。苗字は?」少女──アセナは少し逡巡する。
アセナ「……アスマトアウル」
ベルク「アスマトアウル…?おいそれって、じゃあ、さっき陛下とか言ってたのは!」
驚くベルクをアセナは真剣な表情で見つめ返す。
アセナ「ああ。私はアスマト帝国の皇女にして皇帝の娘、アセナ=アスマトアウルだ」



〈つづく〉




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