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【小説】キヨメの慈雨 第二十七話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)


↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。





 コトナリヌシ。その言葉が大伴の口から飛び出た瞬間、意澄は息を呑んだ。他のコトナリヌシに目を向けると、小春は不安げな表情をしており、美温は神妙な面持ちだった。ただ一人早苗だけが気楽な声色で、

「コトナリヌシ······なんか語感いいな」

 などと言っていた。意澄達の反応をどう思っているのかはわからないが、大伴はにこやかに、

「なぜこのような呼び名があるのかはわかりません。ですがさっきも言いましたように、学者さん達の間ではさらなる深掘りがなされているので、興味が湧いたら調べてみてください。本殿を通りすぎてしまいましたが、国宝に指定されていますのでぜひご覧になってくださいね」

 言うだけ言った後で、社務所から出てきた巫女に呼ばれたため、失礼します、と言い残し意澄達と別れてしまった。

「··················え、どしたのみんな?雰囲気重いんだけど」

 早苗が意澄と美温と小春の顔を順に見回すが、誰も何も言わず、そっと突刺岩から距離を取った。

「そういえば」

 意澄は無理矢理にでも明るい声を出して、

「まだ本殿お参りしてなかったよね?行ってみようよ」

「そうだね、行こっか」

「う、うん。ふ、藤高命に、ご挨拶しとこう」

 美温も小春も取って付けたような笑顔で賛成した。釈然としない表情を浮かべたまま歩きだす早苗に、三人はついていく。

「······い、意澄ちゃん」

 小春が小声で呼び、意澄の制服の袖を引っ張った。意澄は足を止めるが、小春は口を開かない。早苗と美温との距離がある程度開くのを待っているのだと気づいたところで、小春は美温がコトナリヌシだと知らないのだとわかった。小声で話せば二人まで聞こえないぐらいまで間が開くと、小春は尋ねる。

「さ、さっきの突刺岩······?あ、あれ、何か、何か嫌な感じがしなかった?」

「うん、した。それに、コトナリヌシを倒した刀は、妖術を断ち切るって。あれ、どういうことなんだろう。偶然とは思えないんだけど」

「言っておくけど」

 少し色気のある女性の声がした。足元を見ると、小型犬のような出で立ちをした小春のコトナリであるシーズが、小春に寄り添ってちょこちょこと歩いていた。

「コトナリやコトナリヌシとあの言い伝えに関しては、私達も知らないわよ」

「誰がお前に意見を求めた?でしゃばるんじゃない」

 意澄の足元にチコが現れ、鬱陶しそうに言い放った。

「何ですって?もしかして、あなたは何も覚えてないから妬いてるのかしら?」

「記憶があったところでお前は何も知らないのだろうが、阿呆」

「け、ケンカはやめて······」

「もう、何であなた達はすぐそうなるの!というか他の人に見られたらまずいから、じっとしててよね」

 ヌシに言われると両者は睨み合ったまま湯気のように消えていった。意澄は小春と顔を見合わせて、それでも消えない疑問に首を傾げる。

天領市このまちコトナリヌシわたしたちに、どういうつながりがあるの······?)

「意澄ー!小春ー!何してんのー!」

 早苗に呼びかけられ、二人は小走りで追いついた。フジの花がアーチ状になって見事に咲き揃う道を通り抜け、本殿まで歩く。

 本殿は英雄を祀るに相応しい立派な造りとなっており、国宝に指定されているのもうなずける。賽銭箱までもが格式高く重みのある外見だ。

「充分ご縁がありますように。十五円だね」

 美温が言い、四人は十五円を納め、二礼二拍一礼の作法に則って参拝した。意澄は特に祈る内容が思いつかなかったためとりあえず心の中で日頃の感謝を述べて家内安全を願っておいたが、目を開くと、隣で早苗が一心に何かを念じていた。

 その横顔は、痛ましいほど純粋で、美しいほど必死だった。

(早苗············)

「············あれ、あたしが一番長かった。欲張りすぎたかな」

 はにかむ早苗に、意澄も美温も小春も、静かに微笑んだ。

「ねえ、おみくじ引かない?」

 下山しようとしたとき、早苗が言った。

「いいね、やろっか」

 四人は社務所へ行き、おみくじを引く。百円だなんてわりと良心的だ、と思っている自分は実はケチなのではないかと気づき、意澄は慄然とした。

「やった!あたし大吉だ!」

 はしゃぐ早苗の横で美温がそっとくじを開き、

「お、吉だ。意澄ちゃんは?」

「小吉、可もなく不可もなく······うーん没個性」

「み、みんないいよ······わ、わたし、大凶······」

「え、小春マジ!?うわすごっ、ホントじゃん!!」

「あたし、大凶とか初めて見たよ」

「小春ちゃん、気を落とさないで······」

 意澄はうなだれる小春を慰めようとするが、小春はくじを意澄の方に向ける。そこには確かに大凶と書いてあるが、下側の項目はどれもこれも良いことが書かれていない。早苗と美温も意澄を挟むように覗き込んで、

「え、『健康 最悪の危機』だって。小春どうなっちゃうの?」

「『願望 叶わず』······こりゃひどいね」

「ちょっと二人とも、追い込まないでよ!」

「······こ、交換しない?みんなとわたしの運。でき、できるかわかんないけど。さ、早苗ちゃん、何て書いてあったの?」

「んーっとね······気になるとこだけ言うよ。『願望 遅けれど叶う』、『健康 安泰』、『学問 安心して励め』、『恋愛 思わぬ出逢いあり』だって。美温と意澄は?」

「あたしは、『願望 遅けれど叶う』、同じだね。『健康 良くなる』、『学問 現状維持』、『争事 常勝』、『恋愛 叶わぬが美しい思い出は残る』だって。そっか······」

「美しい思い出は残るとかキザなおみくじだね、詩人か!」

「い、意澄ちゃんは······?」

「わたしのは『願望 高望みはするな』、『健康 けがが多い』、『失物 必ず見つかる』、『学問 心して励め』、『争事 苦難も多いが己を信じよ』、『恋愛 相手を信じよ』······だって。何これ、わたし神様から疑い深い個性キャラ付けされてない!?」

「そ、そんなことないよ。で、でも、い、いいなあ······み、みんなのいいところをちょっとずつもらいたい」

「何それ、運勢キメラ?」

「運勢キメラとか語感怖すぎ!」

 少しはしゃぎすぎた四人は少しずつ増え始めた他の参拝客の目が気になり始め、そそくさと石段を下りる。上りと比べると下りは楽なものだったが、それでもかなりの疲労を意澄は感じていた。

「次は······福富美術館だね」

 美温が白蔵地区の地図が印刷されたパンフレットを見ながら呟いた。

「その前に、どっかで何か食べようよ。お、あそこ、フルーツパフェって書いてあるよ!」

 意澄達が何か言う前に、早苗は既にフルーツパフェの店へ向かっていた。残された三人は顔を見合わせ、うなずいてから店へ直行する。

 その店のイチオシは天領市の特産品である白桃やマスカットを使ったパフェらしく、四人は同じものを注文した。

「はい、これサービスね」

 クリームが盛られたカップに、店員がとどめにマスカットをもう一粒乗せた。四人がテラス席に座ろうとしたとき、人力車が威勢よく通りすぎる。小春は急いで避けようとするが、バランスを崩して転倒してしまった。カップがひっくり返り、パフェは無惨に石畳へとぶちまけられた。

「だ、大凶··················」

 負のオーラを放出する小春に、意澄は掛ける言葉が見つからなかった。流石の美温も、その笑みを引きつらせている。

 そのとき。

「······小春、あたしの食べなよ。半分分けるからさ」

 早苗が腰を落とし、小春と眼を合わせて言った。

「······で、でも、早苗ちゃんの分が」

「いいよあたしのは。ほら、小春立てる?」

「う、うん······ほ、ホントにいいの?」

 小春が立ち上がりながら尋ねると、早苗は平然とうなずく。

(何か······前にもこんなことあったな)

 そう思った意澄は、

「だったらわたしのも分けるよ。クリームと桃とマスカット、どれがいい?」

「じゃああたしもあげる。ほら、小春ちゃん口開けて」

 美温が言うと小春は顔を綻ばせ、

「あ、ありがとう、みんな······ん?くち、口開けてって?」

「そのまんまだよ。ほら、あ~んして、あ~ん!」

「え、ちょっ、ほ、ホントにやらなきゃ?」

「えーいいじゃんやろうよ小春ちゃん」

「お、みお×こはくる!?あたし写真撮るから意澄動画撮って!」

「任せてって言ってる間に準備オッケー、いつでもいいよ!」

「え、ええ············」

 小春はもじもじしていたが、やがて諦めたのか首を美温の方に出し、口を開けた。美温は満面の笑みを浮かべてクリームとマスカットをスプーンに乗せ、小春の口に運んだ。

「おいしい?」

「う、うん、おいしい」

「良かった」

 小春が気恥ずかしそうに、美温が楽しそうに言うと早苗が大声で、

「うおおおおおおおおお!?今すっごい尊い写真が撮れた、今すっごい尊い写真が撮れた!」

「大事なことだから二回言ったんでしょ!?そういうことなんでしょ!?」

「あはは、早苗ちゃんも意澄ちゃんもすごいね、後であたしにも送っといてね」

「そ、そんなに盛り上がらないでよ······わた、わたしにも送ってね」

「言われる前に送っとく有能ムーヴをかますのが早苗さんなんだなあ!じゃあ小春、今度はあたしが食べさせたげるからね!はい、あ~ん!」

「さ、早苗ちゃん」

「すごい!さな×こはくる!?」

「み、美温ちゃん······!?」

「いいなあ、わたしも早く小春ちゃんにあ~んしたいな」

「い、意澄ちゃん!?」

 騒ぎまくる少女達の声が、白壁の街並みに響き渡っていた。






「まだやらないんですかー?巫女装束、脱いじゃ駄目ですかー?」

 藤高神社の社務所で、二十歳手前の若い女がおっとりとした口調で尋ねた。

「まだです。私の目的に適した少女を確保できていませんから。巫女装束は社務所にいても怪しまれないように着てもらっていますが、外に出てもらった方がいいかもしれませんので脱いで構いませんよ」

 穏やかな口調での返答に女は少し残念そうな顔で、

「あなたの目的に女の子が必要なのかがいまいちわからないんですが、とりあえず脱いでいいんですねー?じゃあ着替えてきますよー」

「更級さん」

 更衣室に向かおうとする福富グループの社員を、穏やかな声の主は呼び止めた。

「少女の目処はついています。急に働いていただくかもしれませんので、急かしてすみませんが早めにお願いします」

 それを受けて更級はやはりおっとりとした声で、

「わかりましたー、大伴さん」




〈つづく〉

 


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