【小説】キヨメの慈雨 第二十二話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)
↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。
↑前回の話です。
合一を解き、チコはふらふらと歩みを進める御槌意澄の横で一息つく。
(合一······初めてにしては上出来か。私にとって初めてかどうかはわからんが、意澄も上手くこなしていたようだ。どうも私達は相性がいいらしいな)
思いきり殴り飛ばされた加稲はかなりの距離を吹き飛んだ。彼のコトナリを食うには現在地よりもさらに近づかなければならない。黒髪に戻った意澄は深く息をしながら、少しずつ足を出していく。
(もっと合一の回数を重ねれば)
チコは意澄を見やり、そして思う。
(意澄を乗っ取ることができるだろうな)
加稲までの距離はまだ遠い。しかし、意澄の体力はもう限界だった。脚は軋み、腹が痛み、汗が流れる。残り10メートルほどで、意澄は膝から崩れ落ちた。
だが、その体は硬い駐車場に打ちつけられることはなかった。
「意澄ちゃん」
声が聞こえて、意澄は自分が誰かに抱き止められていることに気づいた。柔らかくて、温かくて、優しかった。意澄は、甘美な匂いに包まれているのを感じた。
「············美温」
意澄が返すと、美温の腕に力が入った。ほとんどもたれかかっている意澄を、しっかりと支えている。
「もう、大丈夫なの?」
意澄は絶対に確かめたいことを、声を絞り出して尋ねた。
「うん、あたしはもう大丈夫。そう言う意澄ちゃんが大丈夫じゃないのは、見てわかるけど」
「そっか、良かった······」
美温が無事なことを確認して、意澄の体から一気に力が抜けた。それを美温は全身で受けとめて、意澄の脇に腕を通してどうにか立たせる。
「もう、良くないよ!意澄ちゃんがこんなボロボロになるなんて、あたし考えてもなかったんだから。そうまでして意澄ちゃんが助けてくれるなんて、あたし······」
「はは、もうちょっとカッコよく勝つつもりだったんだけどね······美温が目を覚ましたら、何事も無かったかのようにクールに手を差し出すって、やってみたかったなぁ」
「意澄ちゃんは充分カッコいいよ!あたしを助けるために戦ってくれたんだから!」
戦ってくれた。美温は確かにそう言った。凄まじい高熱に喘いでいた美温がどれだけの出来事を目撃してどれだけの情報を理解していたのか、意澄にはわからない。ただ、意澄が加稲や米原と交戦したことはわかっているようだ。
(······結局、小春ちゃんが美温にコトナリのことを話したのかはわからないけど)
美温の身体に包まれながら、意澄は思う。
(美温になら、知られてもいいかな)
加稲のコトナリをチコに食べさせなければならない。そうわかってはいるが、意澄は美温から離れられなかった。美温は強く、優しく、意澄を抱きしめていた。
「······意澄ちゃん」
美温が言う。
「意澄ちゃんは、あたしを助けようと戦ってくれたんだよね」
「······うん」
「意澄ちゃんは、あたしを助けるためにそんなにボロボロになったんだよね」
「······うん。でも美温のせいじゃないよ。わたしがやりたくてやったことだから。わたしのわがまま」
「意澄ちゃんの、わがまま······?」
「そう。ホントはさ、こういうときに助けてくれる知り合いだっているし、その人達を頼るべきだった。だけど、わたしが、わたしの手で、美温を助けたかった。だから、わたしのわがまま。美温は悪くない」
「······そっか。意澄ちゃんのわがままは、誰かを助けることなんだ。じゃあ······」
美温は、どこまでも明るい声で言う。
「意澄ちゃんは、ヒーローだね」
「······そうかな。美温がそう言うんなら、そうかも」
「そうだよ。あたしは、そんな意澄ちゃんが大好きだよ」
言われて、意澄の心臓が少しだけ跳ね上がった。さっきまでお喋りだったくせに、何も言えなくなったのを疲労のせいにした。
(············良かった)
意澄はそう思い、ようやく安堵の息を洩らした。
「ごめんね、意澄ちゃん」
美温が言った。
「······だから、美温のせいじゃないよ」
意澄は否定した。すると美温は少しためらいがちな声色で、
「ううん、そうじゃなくってさ」
密着した身体から、意澄は美温の鼓動を感じていた。
その瞬間、美温の鼓動は躍り上がった。
「············もう我慢できない」
衝撃が。
意澄の腹に。
叩き込まれた。
「············ガ、ァッ?」
声に、ならなかった。認識が、できなかった。
重機で杭を打ち込まれた。
そう思って目線を下に向ける。
意澄の腹に突き刺さっていたのは、長い脚だった。スカートから覗く膝頭が、意澄のみぞおちにめり込んでいた。
膝頭から視線を上に滑らせる。艶かしい曲線を描く太ももから腰へのライン。服の上からでもわかる豊満な双丘。細くて長い滑らかな首筋。
そして、濃密で粘質で鮮烈な、喜悦を称える美しい顔。
意澄を攻撃したのは、意澄が戦って守り抜いた政本美温だった。
(どう、いう······こと?)
訳がわからない意澄はくの字に折れ曲がっている。美温は組んだ両手を緩慢な動作で持ち上げて、直後に意澄の後頭部へ鋭く叩きつけた。
意識に、空白が生じる。
意澄は硬い駐車場に倒れ込みそうになるが、膝と両手を着いて何とか頭が激突するのを防いだ。混乱したまま顔を上げると、こちらを見下ろす美温と眼が合う。
幼女が愛犬に向けるように。青年が新妻に向けるように。老人が孫に向けるように。長老が村民に向けるように。職人が製品に向けるように。作家が読者に向けるように。
大切なものを愛おしく思う、喜びに満ちた眼差しだった。
美温の右足が地を離れる。直後、その長い脚がしなやかに振るわれ、意澄の顔面を捉えていた。
(なん、で······?)
考える隙も無く、意澄は横に薙ぎ倒される。全身が鈍い痛みに支配され、まともに体を動かせない。思考が散り散りになり、まともに頭が働かない。
美温が今度は脚を後ろに振りかぶった。何をされるかは容易に予想できるが、意澄には何もできない。
意澄は体のど真ん中を美温に蹴り込まれ、盛大に吹っ飛ばされる。何メートルという話ではないだろう。もしかすると100メートル以上飛ばされたかもしれない。着地した後も勢いは死なず何度も転がり、停まっていた車にぶつかってようやく動きを止めた。
「意澄!おい、意澄!」
チコの声に意識を呼び戻された。
「······み、お、どうして······?」
「私に訊くな。それより意澄、もう一度合一するぞ。今のお前には体力が残っていない。合一しなければまともに戦えないだろう」
「戦うって、美温と?何で、あの子はわたしと戦う理由なんか無いのに」
「事実を見ろ、現にお前はあいつに攻撃されてるんだぞ。理由は知らんが、あいつにはお前と戦う意思がある」
「理由は知らんって······じゃあ、美温はコトナリヌシってこと?」
「ああ、あの身体能力からして上級のヌシだろうな。いや、待てよ、あるいは······」
「あるいは······?」
チコはわずかな沈黙の後に意澄に目を向け、
「まだ美温を狙う敵がいたのかもしれん。そいつが美温の体を操って、お前を倒させた後で手中に収めるつもりかもな」
「······でも、だとしたら最初からそれをやってれば」
「楽だっただろうな。だが何らかの条件が必要だったんだろう。わからないことは多いが、わかっているのは美温がお前を倒そうとしていること、美温と戦わざるを得ないこと、そして戦うには合一が必要なことだ」
「······わかったよ。やろう、チコ。敵が美温を操ってるにしても、まずは美温を止めないと」
そう言って意澄は呼吸を整え、目を閉じた。それを見てチコも目を閉じる。
「「合一」」
チコが再び光の粒子になり、意澄と一体化する。意澄の髪が青く染まり、複数の水塊が湧き立った。
美温がこちらへ近づいてきている。はじめはゆっくり歩いていたが、意澄の変化に気づくと立ち止まって腰を落とした。
(············?)
意澄が不審に思うと同時。
ダンッ!と強烈な音が轟き、美温が一気に駆け出した。
(速い!)
100メートルの距離を走り抜けるのに、五秒も掛からなかった。意澄はできるだけ外傷を与えないよう、顔を包んで意識を奪うための水塊を発射した。だが美温は体操選手のように跳躍してこれをかわし、そのまま意澄に飛び蹴りを放つ。意澄は両腕を交差させてこれを受けるが、美温の足は防御など簡単に突き崩した。意澄はさらに吹き飛ばされ、立体駐車場の淵の壁に叩きつけられる。
『なんて身体能力だ。操られているにしろそうでないにしろ、やはり上級か』
意澄もチコと考えは同じだった。純粋に格闘戦を展開しても、おそらく勝てない。それどころか、能力を使用しても手加減していては負けるだろう。意澄は覚悟を決め、突っ込んでくる美温に一斉に水塊を発射する。
その瞬間、美温が嬉しそうに笑った。
美温の手には、いつの間にか白い傘が握られていた。それを、一気に拡げる。ホーミングミサイルのような水塊の群れを、華奢な傘一本で全て受け止めた。
(ただの傘だったら確実に壊れてる!あれはコトナリの力······?操っている相手にさらにコトナリの力を使わせるなんてことができるの?)
意澄が思ったそのとき、傘の面積が瞬時に広がり、美温の全身を覆い隠すほどになった。傘はまばたきする間に近づいてくる。意澄は水の拳を握り、全力で傘を迎え打った。傘はひしゃげ、すぐさま跡形も無く消滅する。手応えが無い。
傘が消滅すると、美温の姿が見えた。傘の生地だけ飛ばし、美温自身はその場に留まっていたのだ。傘の骨組みを、猟銃のように構えている。
(············まさか!)
意澄は全身を水に変えようとしたが、間に合わなかった。猟銃に姿を変えた傘の骨組みから、弾丸が発射される。それはゴム弾のようだった。一瞬で意澄の身長と同程度まで巨大化した弾丸は、意澄の体をはね飛ばした。
宙に投げ出された瞬間、意澄は見た。
美温が、本当に嬉しそうに笑っているのを。
意澄は、地上五階から一直線に落下していった。
〈つづく〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?