【小説】キヨメの慈雨 第十話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)
↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。
↑前回の話です。
三年前の豪雨では多くの天領市民が犠牲になり、意澄の父も命を落とした。それがコトナリの力によるものだと聞かされ、意澄は困惑する。
「コトナリの力によるものって······でも、あんなに大規模な豪雨を起こすほどの力があるコトナリなら、皆さんが把握してるんじゃないんですか?」
「そう思うのは当然だ。だが、さっきも言った通り我々が組織されたのはあの豪雨の後なんだ。そのコトナリは三年前に豪雨を起こしたきり消息を絶った。だから、残念ながら我々も把握できていないんだ。それに、一時的にコトナリの力を高める方法もあるにはあるから、普段はそこまで強力なコトナリではない可能性もある」
「そうですか······じゃあ、豪雨を起こしたっていうことは、そのコトナリの能力は天気を操るとかそんな感じなんですかね」
すると日尻は少し間を置いてから、
「······そうかもしれないね。そういえば御槌意澄、コトナリの系統や型についての知識はあるかい?」
「えっと、何か『水氷系』とか『炎熱系』、あとは『武装型』とか言ってたやつですよね。よく知らないんですけど······」
「まああんまり複雑な話じゃないんだけどね」
意澄が言うと江西が口を開いた。説明好きは黙って聞いていられなかったのだろう。日尻は小さく笑って役割を譲った。
「系統っていうのは能力の内容を、型っていうのは能力の形状を指すの。例えば、岩鋼系だったら土や岩や金属を操る能力、具現型だったら実物として能力が現れるって感じで。あ、ちなみに今のは日尻さんの能力ね。型には具現型と操作型があって、具現型の中でも特に武器の形をしているものを武装型って呼ぶの。だから、高館くんのは空風系の武装型、なつめさんのは念動系の操作型って感じかな」
「じゃあ、わたしのは水氷系の操作型ってことになるんですか?」
「うん。たぶんそうなんだろうけど、意澄ちゃんの場合水の生成もできるから具現型とも分類できるかも。上級のコトナリほど能力の自由度も高くなるから、型に分類するのが難しいんだよね。自由度が極めて高いことも最上級になる要素の一つなんだよ」
「あの、じゃあ最上級っていうのは一体何ですか?」
「最上級っていうのは······わたしにはよくわかんない。でも、最上級は自分から最上級って名乗ってるの。たぶん、コトナリが『自分は最上級だ』って自然と感じ取るんじゃないかな。最上級に近づくほど能力は強くなって、コトナリヌシの身体能力が上がって、負担も減るんだよ」
江西は一通り説明して満足したのか、肉を口に運んで噛み締めた。
「後20分しかない。ラストオーダーまで」
黙々と肉を食べていた柿崎が報告するとなつめが、
「マジで?じゃあこっから飯類にいかねーとな。デザートも食わなきゃだし」
「そうですね。明日海ちゃん、石焼ビビンバ頼んどいて」
「了解でーす。意澄さん、どうします?」
「あーっとじゃあ、わたしも同じので」
「わかりました。高館どうすんの?」
「······もういい」
「はあ?何言ってんの、杏仁豆腐とフルーツゼリーぐらいでもうギブ?」
「ふざけんなよてめえ!誰がオレにチーズリゾット三つも食わせたんだ!」
「高館が勝手に食べたんじゃん。あーあ、わたしも食べたかったなあ」
「明日海······ッ!」
「まあ落ち着け高館、甘いものを食べれば気も紛れるだろう。最近この店には『三種の濃厚チーズケーキ』というのが新登場したらしいから、食べてみるといい」
「日尻さん!?もういいって、チーズは食えねえって!」
「え、それいいですね。明日海ちゃん、チーズケーキ頼んどいて」
「はーい」
「あんたらもオレと同じくらい食ってからあれこれ言ってくれよ······ってオイ!なんでチーズケーキ二十個も頼んでんだよ!誰が食うんだよ!」
「ケーキっつっても小さいんだろ?じゃあお前以外の六人で食えるだろ。お前、大量注文は自分が食わなきゃいけねーとか思ってるなら自意識過剰なんじゃねーの?」
「······高館きっしょ」
「だからなんでそうなるんだよおおおおお!」
意澄はその後奢ってもらっただけでなく、連絡先を交換し、住んでいるマンションまで送ってもらってしまった。来客用駐車場に停められたワゴン車から自転車を降ろし、特民室の面々に礼を言う。
「本当にありがとうございました。その、助けてもらっただけでなくご馳走になっちゃって。服は後で洗って返します」
「いいのいいの。わたし達が焼肉に行こうって言い出したんだから、気にしないで。服もあんまりおしゃれじゃないから気に入らないかもしれないけど、もらっちゃって」
「そうは言っても······あの、もし何かあったら呼んでください。わたしにできる範囲なんて限られてるのはわかってるんですけど、お手伝いさせてください」
すると江西が少し困ったように目を泳がせて、同じ車に乗っていた日尻を見た。日尻はどこか威圧感のある穏やかな表情で、
「御槌意澄、そんなことを言うものではないよ。君は確かにポテンシャルが高いようだが、戦いなんか経験しない方がいいんだ。君のような一般人が戦わなくて済むように、私達がいるんだからね。逆に、もし君がコトナリ関連で危険な目に遭ったら私達を頼ってほしい。それが私達の仕事だからね」
「は、はい。すみません······」
「謝ることは無いさ。君の気持ちはありがたく受け取っておくよ」
そう言って日尻は優しく微笑んで、
「それじゃあ私達はもう行くよ。こちらの方こそ、君がいてくれて助かった。明日も学校だろう?なら、早く休むといい」
「はい。あ、ちょっと待ってください。最後に一つ訊きたいことが」
「······何だい?」
「えっと、コトナリの力で亡くなった人の魂がコトナリになるって話でしたよね。なら、コトナリは人間の頃の記憶をもってるんですか?」
「それは人それぞれだね。ただ、人間の記憶をもっていないコトナリの方が多いがね。そうだ、先ほど保護した少女だが、我々が適切な処置を施してコトナリにならないようにするから安心してくれ。ところで、それがどうかしたかい?」
「いえ······ありがとうございます」
「いいんだ。では、今度こそ行くよ」
意澄はもう一度礼を言い、出発する二台のワゴン車を見送る。前を行く江西と日尻も、後ろからついていくなつめ達も手を振ってくれた。赤いテールランプが見えなくなるのを待ってから、意澄は自転車置場を経由し、エントランスからマンションに入った。六階に上がり、しばらく歩いてエレベーターから一番遠い我が家にようやく到着する。
(お母さんには『知り合いとご飯食べてくる』って連絡しといたから流石に怒られない······よね?うん、たぶんそうだ)
意澄は鍵を開け、そっと中に入る。玄関を開けたら鬼の形相で待ち構えている、というようなことにならなくて安堵した。
「ただいま~······」
恐る恐るリビングのドアを開けると、母の凪沙は既に起きていて、テレビを観ていた。
「おかえり。あんた、服着替えた?」
「う、うん。雨で濡れちゃったからもらったの」
「ふーん。スポーツウェアなんか着てるのめずらしいから、意澄の趣味じゃないとは思ったけどさ」
やはり凪沙に怒っている様子は無い。意澄が報連相の大切さを実感した瞬間、
「てかあんた、今何時だと思ってんの?」
(やっぱり来たぁぁぁぁぁ!お決まりのパターンだよね、高校生になったからまあスルーされるんじゃないかとか思ってたけど全然そんなことなかったね!いや門限とか言われたこと無かったけどやっぱちょっと怒ってるよね!)
「えーっと、20時27分です」
「うん。そうだよね。何か言うことは?」
「······遅く帰ってきてごめんなさい。でも、連絡したから許してほしいな~とか思ったり」
すると凪沙は不機嫌そうな顔をして、
「これぐらいの時間に帰ってくるのなんか、バイトしてる子なら普通だから」
「············へ?」
「意澄、お母さんはすごくお腹が空いてるんだよ」
「へ?」
「お母さんは夜勤明けに娘が作ってくれるご飯を食べるのが最高の楽しみなんだよ」
「え、でも十二時間以上経ってれば明けとは言えないんじゃ」
「お母さんは娘のご飯を楽しみにしていてとてもお腹を空かせているんだよ」
自分で作れよ、とはもちろん言えなかった。ただ、母がわざと不機嫌そうな顔をしていることを意澄は察した。
「ところで意澄、手に持ってる袋の中身は何?いい匂いがするんだけど」
「これ、今日のお母さんの夕飯」
「ほう、自分はみんなで楽しく食べてきて、お母さんには一人出来合いのお勤め品コンビニ弁当でも食っとけと言うの?いいよそれでも、かわいい娘が買ってきてくれたんだから」
「そうです。かわいい娘が買ってきました焼肉将軍のカルビ弁当970円を!」
「マジで!?焼肉!?やったホントに嬉しい意澄大好き!孝行娘!」
凪沙が一気に歓喜の声を上げるのを見て、意澄はため息をつく。弁当はまだ温かいが、一応電子レンジに入れて加熱する。
「ねえ、今日この後また夜勤なの?」
「うん。だから意澄、明日の朝はちゃんと起きてよ」
「はい。連続夜勤は大変だね。まあ準夜も日勤も大変だろうけど」
「うーん日勤が一番大変かもね。夜勤だと患者さんはほとんど寝てるから。朝は忙しいけど、それも最後の二時間だけだし」
凪沙は天領市民病院で看護師として三交代制勤務をしている。夜勤明けにまた夜勤に行くことも珍しいことではない。
「それより、出かけるまでに洗濯しときたいから、早くお風呂入っちゃって」
食器棚から箸を引き抜く凪沙に言われ、意澄は仏壇に手を合わせてから脱衣所へ入る。服を脱ぎ、ドアノブに手をかけたところで、数時間前のあの浴室の光景が頭をよぎった。
「············いざ、風呂レタリア文化大革命!」
無理矢理明るい声を出して気分を切り替え、勢いよくドアを開けた。浴室の鏡を目にし、そっとドアを閉める。
「······もっかい開けてみるか」
いつまでも裸で突っ立っている訳にはいかないため、意澄はもう一度ドアを、今度はゆっくりと開けた。凪沙の努力によって水垢一つ付いていない鏡面は、焼肉を貪りまくった意澄の身体を正直に映し出していた。
「······いや調子に乗って食べすぎた。ウエストがゴムの服で食べ放題とか罠でしょこれ!明日スカート入らないとかいう残念極まりないオチは嫌なんだけど!」
「安心しろ、消耗も早いからな。明日の朝には引っ込んでるだろう」
浴槽の角の少し広くなっている部分からチコがなだめるように言った。
「え、そうなの?いくら食べても太らないとかコトナリヌシってチートだな······」
「別にいくら食べても太らない訳ではない。ただ、お前は二人分食べなければ赤字だということだ。それ以上食べれば当然蓄えられる。だからあまり調子に乗るなよ。お前の健康状態は私の生き死にに直結するからな」
「はーい」
生返事をしながら意澄は髪を洗い始める。シャンプーを手に取ろうとしたとき、どうしてもあの浴室を思い出してしまった。あそこには女物のシャンプーが無かったが、ここには反対に男物のシャンプーが無い。
「··················」
意澄はシャンプーを流し、次に身体を洗う。その間も無言だった。まとわりつく泡を流し終えると浴槽の中に入り、肩までお湯に浸かった。
「なあ意澄。やはりというべきか、水が近くにあると落ち着くな」
「············そうなの?」
「ああ。ところで、人間は湯に浸かると気持ちいいのか?」
「············うん」
意澄は浴槽から手を伸ばして、桶を持つ。それに湯を汲んで、チコの前に差し出した。
「······何のつもりだ?」
「入らないの?あ、でも濡れちゃったら傷が痛むのか」
「べ、別にそれぐらい問題外だ。私は水氷系だぞ?むしろ水に触れている方が回復するだろう」
「そっか。じゃあ、入ってみようよ」
「いや、私は湯に浸かりたいなどとは一言も言っていないぞ。ただ、お前が気持ち良さそうにしているのを見て気になっただけだ」
「チコも入りなよ。傷の治りが早くなるかもだし」
「だ、だから私は入りたいとは」
「いいから、ね」
意澄が言うとチコはわずかにうつむいて、
「······仕方ないな。お前がそこまで言うなら」
チコがお湯で満たされた桶の中に滑り込む。
「······ほう、悪くないな」
「良かった。痛くない?」
「ああ」
「そっか」
お湯に浸かった二人は、またしばらく黙っていた。何十秒か、あるいは何分かが経過し、幾筋もの水滴が壁を伝った。
「······ねえチコ」
「······何だ」
浴室に二人の声がポツリと響いた。
「······わたしのお父さんさ、もう気づいてるかもしれないけど、死んじゃったの。三年前の豪雨で」
「······そうか」
「うん。それでさ、これまでずっと、あれは自然災害だから、誰も恨んじゃいけないんだって思ってた。お父さんは、ただただ理不尽に死んだんだって思ってた」
「······ああ」
「今日、あの豪雨がコトナリの力によるものだって知ってさ、何と言うか······恨む相手を見つけたっていう感じじゃないんだけど、お父さんが死んだことには理由があったんだってわかった。お父さんが死んだことには原因があって、誰かの意思が関係してるんだって」
「······ああ」
「わたしはそのコトナリに、そのコトナリヌシに会ってみたい。復讐とか糾弾とか、そういうのがしたいのかっていうのはまだわからないんだけどさ、わたしのお父さんがどうして死ななきゃいけなかったのか知りたい」
「······ああ」
「それに、少数だけど人間の頃の記憶をもったコトナリだっているらしいし。日尻さん達の言ってることが正しければ、お父さんはコトナリになってるかもしれない。もしかしたら、まだ記憶を残しているかもしれない」
「······ああ」
「だからさ」
意澄はお湯から身を起こし、チコと眼を合わせた。少女のように澄んだチコの黒い瞳が見つめ返している。少し息を吸ってから、意澄はまっすぐに言葉を届ける。
「チコ、わたしはあなたの記憶が戻るように協力する。わたしにできることなんて限られてるけど······いっぱい食べるし、いっぱい寝る。だから、豪雨を起こしたコトナリやわたしのお父さんに辿り着くために、それ以外のためでも、戦わなきゃいけないことがあったら、そのときはまた力を貸してほしい。自分勝手なこと言ってるのはわかってるけど、あなたの力が必要なの」
「······フッ」
「え、笑った?嘘、めっちゃ真面目に言ったのに。わたし何かおかしいこと言った?え、待ってすごく恥ずかしいんだけど」
「ああ、おかしいよ。実におかしい。だって、既に私の力ではない」
チコは面白がるように声を高くして、
「私達の力だ」
「······へ?」
「私は、お前みたいに飲み込みが良くてお人好しな都合のいいヌシを手放すほど間抜けではない。私の記憶が戻るように、たらふくコトナリを食わせてくれよ」
「チコ······」
意澄は呟き、チコの頭を優しく撫でた。
「やめろ!馴れ馴れしく触るな!」
「チコってさ、もしかしてツンデレなの?」
「そんなことはない!私は密やかで厳かで清らかな存在なんだぞ!そこら辺の量産型ギャップ萌えヒロインどもと一緒にするな!」
「え~いいじゃんかわいいよチコ。てか、そういうオタク用語あるんだ」
「ん?確かにそうだな。まさかこれ、手がかりなのか······?いや、あり得ん。私は密やかで厳かで清らかな存在なのだからな」
「やってみなきゃわかんないよ、意外なことがヒントになるかもだし。という訳で、『対妖戦騎サンリュウガ』と『日辞鬼の刃』、どっちが観たい?
あ、最近の流行りは『酸っぱい家族』かな。前二つはバトルものだけど、こっちは梅農家のハートフルコメディなんだよ」
「いや知るか。何でそういう話になるんだ」
「あれ、素直じゃないムーヴかましてるね~。大丈夫、どれも一期だけなら明日の朝までに最終回までいけるから。ほら、観始めたら面白いからさ」
「夜更かしするな!『いっぱい寝る』とか言ってたのはどこのどいつだ!」
「いや、観てみようよ。一話だけでいいから、ね!」
「いや、寝ろ。今日は流石に寝ろ」
二人の攻防は、お互いがのぼせるまで続いたのだった。
〈つづく〉
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