【小説】キヨメの慈雨 第十八話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)
↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。
↑前回の話です。
清掃員の恰好をした筋肉質な男が、再び拳を振るった。一瞬の間の後、絶対に当たらないほど距離が離れているのにも関わらず、意澄はまたしても腹部を打ち抜かれて後退する。男は意澄が吹っ飛んだ分の距離を詰め、さらに拳を放って今度は顔を殴りつけた。
(タイムラグが、ある······?)
痛みで散り散りになりそうな意識をかき集めて、意澄は必死に思考を巡らせる。
(拳を振るってから実際に殴られるまでの間に、ほんの少しだけど時差がある。それに、遠距離から攻撃できるなら近づく必要は無いのに、わたしが吹っ飛ばされた分をわざわざ移動してきた。たぶん、ある程度距離が開くと攻撃できなくなるんだ)
男が、先ほど顔を狙った牽制とは違う腰を入れた拳を放つ。意澄は痛む体を無理矢理横に捻ってこれをかわし、さらにバックステップで距離を取る。やはり男は距離を詰めようとしたが、意澄は角を曲がって男の視界から外れ、さらに停まっている適当な車を見繕ってその陰に隠れた。だが追いかけてきた男に、どこに隠れたか見られてしまったようだ。
「もう、遠慮なくぶん殴られたんだけど!」
悪態をつきながらも、意澄は考えを止めない。
(相手はわたしの位置がわかっているんだろうけど、攻撃してこない。ってことは、攻撃は拳の動きと連動してるんだろうけど、指定した座標上に殴った衝撃を飛ばすっていう感じじゃなくて、あくまでも力を拳の延長線上に放つ感じなんだ。それに、人間の打撃力以上の破壊力は出せない。もしそれ以上の破壊力をもっていたら、車ごとぶち抜いちゃえばいいんだから)
男の足音が聞こえる。やはりある程度接近しなければ攻撃ができないのだろう。意澄は確信しつつ、次の手を考えていた。
意澄が隠れている車まで全速力で駆けてきた男が靴底を削るように方向転換し、その勢いのまま拳を放った。だがその衝撃は空を切り、駐車区画の後方にあるフェンスをやかましい音と共に揺らすだけだった。
「······どこにいったんだ?」
訝る男の背後に、意澄は突如として現れる。全身を水に変化させて車の下に身を潜めてやり過ごしてから、元の姿に戻って男の背後を取ったのだ。高圧水を拳にまとわせ、全力で振り抜く!
ゴッッ!!と激突音が轟き、男の頭が前に傾いだ。そのまま体から力が抜け、倒れ込んでいく。
(決まった······!)
肉体の水への変化と天候の補助無しで水の拳を放ったことでの消耗に顔を歪ませながら、意澄は小さく安堵する。とりあえずコトナリをチコに食べてもらって男を無力化し、意識を取り戻してからなぜ美温を狙ったのか問い質さなければならない。そこまで算段をつけたそのとき、
倒れ込む男の動きが止まった。力強く足を踏み出して、体を支えていた。そして男が振り向く。一瞬しかよく見えなかったが、その眼差しの中の戦意が薄らいでいないことは明らかだった。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
男が吼え、腰の回転を利かせた強烈な一撃を意澄の腹に叩き込む。数メートル離れていたときでさえ、その拳からの攻撃一発一発が意澄の意識を揺さぶっていた。それを、ゼロ距離で。
衝撃が腹から背中へ突き抜けていくのを意澄ははっきりと感じた。
足が地面から離される。抵抗などできなかった。砲弾のように意澄は飛んでいき、向かい側のフェンスに大きくめり込む。腹も背中も痛み、体の内側も悲鳴を上げていた。全身の空気が口から吐き出され、上手く息を吸えない。それでも体に鞭打って何とか横に倒れ込んだ直後、フェンスに出来上がったクレーターの中心を拳の衝撃波が打ち抜いた。男がすぐさま照準を定め直したのを見た瞬間、意澄は必死に走り出した。
(全力で頭を殴ったのに何なのあいつ、頑丈すぎでしょ!さっき蹴ったときもすぐに起き上がったし、もしかして上級······?)
痛みの詰め合わせのような体を何とか動かしながら、意澄は頭も動かす。
(でも、上級だったら手負いのわたしになんかひとっ跳びで簡単に追いついてもう一度ゼロ距離攻撃をぶちかましてくるはず。それなのに律儀に走って追いかけてくるってことは、上級じゃないんだ。やけに頑丈なのは単にそういう体質······みたいなことかな。とにかく、相手もダメージが蓄積されてるはずだから、普通のコトナリヌシならあと一発決定打があれば勝てるはず)
そこまで考えたとき、意澄の背中を強烈な衝撃が襲った。今度は前に吹っ飛ばされ、どうにか受け身を取るがそれでも勢いを殺しきれず、何度も硬い駐車場を転がる。
その隙に男が迫ってくるが、意澄は急いで体勢を立て直すとその筋肉質な体に向けて高圧水流を発射した。男からしたら不意打ちも同然だった。骨を砕くような勢いの水に押し返されて男が足を止めているうちに、意澄は後ろへ下がって距離を取った。意澄の呼吸は荒く、脚はがくついている。
「意澄、花村望と戦ったときのようにはいかんぞ。資源が降っていない分、消耗が早い」
頭の上でチコがささやくが、応えられない。男が裏拳で高圧水流を弾いて横に転がり、その射線から外れたタイミングで意澄の水流は涸れた。
「ただの女の子一人連れ去るだけの簡単な仕事、どうして日下部が失敗したのかと思ってたけどよ」
男が立ち上がりながら口を開いた。
「コトナリヌシがダチにいる、そういうことだったのか。あんた、上級だろ?ただの女子高生の身体能力じゃねえ。まあ、上級だろうが関係なく戦うしかねえんだけどよ」
「日下部······って人のことは何なのかわからないけど、あなたの言う通り。わたしは美温の友達で、上級のヌシ。あなたこそ何なの?どうして美温を狙うの?」
意澄が尋ねると男は拳を構えたまま、
「さあな。それは俺達にも知らされていねえ。俺達はただ与えられた仕事をこなすだけの、しがない下っ端だ。だから手を引いてくれねえかな。俺達だってこういうことをやって食ってくしかねえんだからよ」
「······あなた達、何かの指示を受けてるってこと?個人じゃなくて組織ってこと?それってもしかして」
目の前の男はコトナリヌシだ。そのコトナリヌシに仕事を指示する組織。それも、非公式な、薄暗い仕事を指示する組織。最近そんな組織の話を聞かなかっただろうか。意澄の頭に真っ先に浮かんだのは、
「福富グループ······?」
『お腹の中からお墓の中まで』。この街に根を下ろす、大規模な事業展開を行う一大企業。裏では密かにコトナリに関与しているとされる、天領市の発展の最大の功労者。意澄は今、その一端と対峙しているのか。だとしたら、なぜ美温のような優秀とはいえ一介の高校生に過ぎない少女を狙うのか。様々なことが頭をよぎり身構える意澄に対して男は舌打ちし、
「だと良かったんだがな。ってか、それ皮肉か?俺みてえなやつがそんなエリートの一員に見えるかよ」
その言葉に意澄は困惑する。市役所の特定市民対応室や福富グループの他にも、コトナリに関わる組織があるのか。
「『協会』」
男は、そう告げた。
「この街でコトナリヌシとして平和に暮らしたかったら、この名前を覚えといた方がいいぜ。まあ、あんたのコトナリは俺がここでこいつに食わせるんだけどよ」
男のすぐ傍に、彼と同じぐらいの大きさのコトナリが、煙が立つように現れた。それは、かなり筋肉質な体格をしていた。二足歩行で、両手はボクサーのグローブのような形になっている。そして最大の特徴は、その背中。大きなコブが縦に二つ、並んでいる。そのコトナリはまるで、
「ラクダ······?」
「ラクダではない、フタコブだ」
そのコトナリは、明朗な声で否定した。
「上級を食べればおれの力も高まり、これからの戦いでも有利になるだろう。頑張れ加稲」
「はいよフタコブ。じゃあ、ちょっと喋りすぎたみてえだから」
加稲と呼ばれた茶髪の筋肉質な男は、握った拳にさらに力を込める。
「そろそろ終わりにするか」
直後、加稲はまっすぐ拳を突き出した。若干のタイムラグがあることを察知していた意澄は、瞬時に体を捻ることにより攻撃をギリギリでかわす。加稲が二発目を繰り出す前に、意澄はいくつもの水塊を周囲に現出し、一斉に放った。加稲は拳で弾き飛ばすがそれにも限界があり、左脚と腹に水塊が命中した。水が辺り一面に散らばる。加稲が呻くが、それは意澄も同じことだった。第二波を用意したとき、疲労と消耗が一気に意澄を襲う。
「······っ、りゃああぁぁっ!」
膝を着きながらも、意澄は水塊を発射する。だが加稲は、今度は防御だけに甘んじることはしなかった。ただ一直線に意澄に接近し、左拳で顔に飛んできた水塊を打ち壊し、残りは全身で受け止めた。またしても水が周辺に散っていく。顔を苦痛に歪めつつも、加稲の眼は意澄を確実に捉えていた。
「おおおおおぉぉっ!」
ダンッ!と左足を踏み込み、意澄が次撃を準備する前に加稲は腰の入った右拳を下から上へ抉り取るように大きく振り抜いた。
ガゴンッ!!
壮絶な音がして、加稲の攻撃は意澄の顎に直撃した。体が浮き上がり、まっすぐ伸びてしまう。
(······ら、······い)
視界が明滅し、意識の根っこが揺さぶられる。がら空きの腹に加稲がさらに遠隔で拳を叩き込むと、意澄の体はくの字に折れ曲がったまま3、4メートルほど飛ばされた。
(··················い)
力なく転がった意澄に、加稲がゆっくりと近づいた。まるでもはや勝敗は決したとでも言うように、手をゆるりと開いている。事実、意澄の全身で痛みが暴れまわり、指先すら動かすことができない。意澄は、明らかに追い詰められていた。
それでも、彼女の目は加稲になど向けられていなかった。
店舗連絡口の壁にもたれかかり、不気味な高熱に喘ぐ少女。優しくて賢くて美しい、意澄の友人。ここで負けてしまったら、意澄の顔を見て微笑んでくれた美温はどうなってしまうのだろうか。そんなことは意澄にはわからないし、考えたくもなかった。
「·········、·········」
美温が何事かを呟いた。苦しそうにしながらも、意澄の方を見て呟いた。何を言ったかは聞こえなかったが、そんなことは決まっていた。
意澄ちゃん。
(······負けられない)
その思いが意澄の頭を動かし、体を奮い立たせる。
(美温のために、わたしは負けられない!)
散り散りになっていた意識は統合され、体の隅々に力が行き渡る。ゆっくりと、しかし力強く意澄は立ち上がった。加稲が驚きを浮かべるが、すぐに拳を握って意澄に接近しようとする。
その一歩目。バシャリ、と加稲が先ほど散っていった水塊によって出来上がった水溜まりを踏みつけた瞬間。意澄は水溜まりから高圧で水を噴射させた。まるで間欠泉のように。あるいは、フライボードのように。
突然の噴水に片足だけ持ち上げられた加稲はバランスを崩し、それでも重心を前に移していたため一応の前進を果たす。だが頭が横向きになり、どうにか着地しようとしたタイミングで二本目の噴水が腹に命中した。ふわりと浮き上がった加稲は空中で体勢を変え、背中で受け身を取って素早く起き上がる。
だが、そこは意澄の目の前だった。
意澄は何も言わなかった。ただ、ありったけの力を水の拳に集め、渾身の勢いで振り抜く!
凄まじい衝突音が響き渡り、吹き飛ばされた加稲は停まっていた車にぶち当たった。
「············いった!全身痛いんだけど!」
言いながら、意澄は気を失った加稲に近づく。加稲はどういう訳か非常に頑丈なヤツなので、目を覚まさないうちにフタコブをチコに食べさせたい。
加稲がぶつかったことでドアがへこんでしまった車の持ち主に申し訳なく思い、まじまじと見つめてしまう。そこで、ふとドアガラスに映る自分の異変に気づいた。
『裂傷』。その二文字が、意澄の喉に黒色で現れていた。
〈つづく〉
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