【小説】キヨメの慈雨 第八話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)
↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。
↑前回の話です。
「18時20分から七名で予約しました江西です」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
意澄は特民室のメンバーと共に食べ放題焼肉の全国チェーン『焼肉将軍」の天領店に来ていた。意澄は渡された服(といってもスポーツウェアだが)に着替えており、男性陣も含めて皆が雨に濡れたものから着替えていた。日尻だけは頑なに白いジャージだったが、どうも同じものを二着持ってきていたようだ。店内の隅に位置する網が二つある八人用のテーブルに案内され、壁側の席に明日海、江西、日尻、柿崎の順に座り、意澄はその向かい側で高館となつめに挟まれる形で座った。
「しっかし、当日に予約入れてよく席取れたよな」
「まあわたしの会員ランクは大老だからね、優先的に入れてくれるみたい」
高館の半ば独り言のような言葉に江西が反応する。焼肉将軍で大老といえば百回以上来店しないと到達できない最高ランクだ。驚いた意澄は思わず尋ねる。
「大老って、江西さんそんなに来てるんですか?」
「うん。学生の頃に打ち上げとかでよく来てたから。でも、特民室に入ってからの方がよく来てるかな」
「えっと、皆さんで来るんですか?」
「うん。仕事が終わったら、いつもみんなでご飯食べにいくんだよ。基本的に食べ放題だけどね」
「そうなんですね。わたし、そういう経験少ないから羨ましいです」
「あら、じゃあここで練習だね。たくさん食べなきゃだよ」
意澄と江西が話している間に、テーブルの両脇に設置されたタブレットを明日海と柿崎がそれぞれ操作している。
「意澄さーん、将軍コースでいいですか?」
明日海が尋ねてくるが、意澄にだけ訊いてくるということは特民室の面々はいつもそのコースなのだろうから、任せておけば良いだろう。どのコースがどうとかいうことは詳しく知らないため、適当にうなずいた。そんな内心を見透かしたのか柿崎が口を開く。
「将軍コースはこの店の一番人気。牛豚鶏はもちろん他の種類も豊富。飯類。サラダ。サイドメニュー。ドリンク。デザート。僕達はいつもこれを注文している」
「ホントは飲み放題も付けてーんだけどな、結が酔っぱらうとすーぐ脱ぐから」
「ちょっ、何言ってるんですかなつめさん!そんなわたしに脱ぎ癖があるみたいに言わないでくださいよ!」
「いや、江西さんマジで脱ぐから」
「明日海ちゃん?」
「······江西さん、そうなんですか?」
「意澄ちゃん!?そんな眼で見ないで!違うからね、運転する人がいなくなっちゃうから飲まないだけだよ!ですよね日尻さん」
「まあ君がそう言うならそうなんじゃないかな。私はいいが高館と柿崎が入りにくそうな話題だからこれ以上は言及しないがね」
「少年ではない。今年で二十歳」
「は、入りにくいとかないっすから!江西さん、脱ぎ癖があろうがオレはあんたのこと信頼してます!」
「······高館きっしょ」
「おい高館、今のセクハラなんじゃねーか?」
「明日海ィッ!なつめさんッ!どうしてそうなるんだよ!」
騒いでいる間に店員がやって来て、コースの説明をした後点火してくれた。直後、明日海と柿崎が凄まじい勢いでタブレットを操作し注文を入れていく。
「明日海ちゃん、わたしと高館くんと意澄ちゃんの分の注文お願いね。柿崎くんは日尻さんとなつめさんのをお願い」
「はーい。意澄さん、一杯目のドリンクはアイスコーヒーでいいですか?」
「うん、ありがと。でもどうしてアイスコーヒー?」
食べ放題の定石を知らない意澄に高館が、
「空きっ腹にコーヒーを流し込むと胃液がめっちゃ分泌されてたくさん食えるようになるんだってさ。どんどん食わねえともったいないし、それ以前に食わなきゃ体力が回復しないぜ」
「へえ、そうなんですね。でもそんなにたくさん食べられるかな······」
意澄が心配すると日尻が、
「問題はない。コトナリヌシなら元を取る程度は余裕だろう」
「······どういうことです?」
タイヤと液晶パネルが付いた円柱形の配膳ロボットが運んできた大量の塩タンを持ちながら意澄は尋ねた。その皿を受け取った日尻は、
「コトナリヌシは生きるのに必要なエネルギーをコトナリと分け合っている。平常時でも常に他の人より疲れやすかったり空腹になりやすかったりするんだ。幸い回復や傷の治りも比較的早い訳だが、やはり体力を消耗することに変わりはない。能力を多用した戦闘の後なんかは特にヌシもコトナリも体力を消耗しているから、とにかくたくさん食べることが大切なんだ。だから我々はこうして毎回大量に食べられる店に来ているんだよ」
日尻が語っている間に高館が受け皿を配り、なつめからは焼肉のたれとレモンだれが回ってきて、江西から食べ頃に焼けたタンが載っけられた。意澄はいろんな方向に軽く頭を下げてから届いたアイスコーヒーに口をつける。今日は密度が濃すぎて忘れていたが、確かに自宅に着いたときには既に空腹だったことを意澄は思い出した。冷たいコーヒーが腹の中に流れていく感覚がはっきりとわかり、胃がキュッと締まる。頼んでもいない中ライスが目の前に置かれ、何かを言おうとしたら江西が、
「大丈夫。どうせおかわりできるくらい食べられるから。ただでさえ食べ盛りなんだしさ」
「そ、そんなものですかね」
戸惑いつつも意澄は手を合わせて、いただきます、と呟く。江西と日尻はどんどん肉を焼いており、他の面々に分配している。高館と明日海と柿崎は既に肉を頬張っており、なつめはボウルキャベツを食んでいた。意澄も塩タンをレモンだれにさっとくぐらせ、口に運ぶ。焼肉など一年近く前に母と行ったのが最後だ。久しぶりのタンの食感に嬉しくなる。一枚食べるとすぐに次が皿に載せられるため、箸を止める暇が無い。タンが終わると次はカルビだった。これに意澄は焼肉のたれをつけ、白飯にバウンドさせてから口に運ぶ。肉汁が口いっぱいに広がり、反射的に米をかきこんだ。それを見た江西が笑う。
「あはは、意澄ちゃんいい食べっぷりだね。この店潰すぐらいの勢いで食べてね」
潰れてしまったら困るのはこの人達ではないのか、と思いながら意澄は与えられるがままに肉を食べ続けた。開始から20分近くが経過した頃に高館が、
「なあ、ジャン負けが杏仁豆腐二十個食わねえか?」
それに対して明日海は、
「高館ってホントそういうバカっぽいこと好きだよね」
「いや、そろそろお口直しが必要かなと思ったんだよ。でもただやるんじゃつまんないだろ」
「ふーん。いいよ、やってあげる。みんな、ボッコボコにしてやろうね」
明日海がなつめや柿崎に目をやると二人は、
「お、いーじゃんやってやるよ。負けたやつはフルーツゼリーも追加な」
「言い出しっぺが負ける。こういうジャンケンは」
すると江西が不敵な笑みを浮かべて、
「その勝負、わたしも乗るよ。最弱は杏仁豆腐とゼリーで、最強はみんなに奢ってもらうってことで。日尻さんどうします?」
「みんながやるのなら私もやろう。金が無い訳ではないが、払わなくて済むならそれに越したことはない」
そう言って日尻は拳を突き出した。他の五人もそれに応じる。
「あんたはどうすんだ?」
高館に訊かれ、意澄は皆に倣い黙って拳を突き出した。大量の杏仁豆腐とフルーツゼリーを食べきる自信は無いが、バイトをしていない高校生にとって焼肉代が浮くのは大きい。
高館は満足そうに口の端を持ち上げた。
「じゃあいくぜ」
皆が息を呑む。意澄はとりあえず一番負けは嫌だと強く念じておいた。
「じゃんけんぽいッ!」
直後、テーブルは静まり返った。店内に満ちる肉を焼く音と楽しそうな話し声は、そこだけ切り落とされていた。結果を目にした誰かが、短く息をつくのがわかった。
それは、示し合わせたように美しかった。六つのチョキと、一つのパー。たった一度で勝負は決した。
その美が表すのは、高館の敗北だった。
「え、ちょっ、嘘だろ?一人負け?いやありえねえだろ、もっかいやりません?」
「······高館ってホントそういうみみっちいことよく言うよね」
「まーそーなるんじゃねーかとは思ってたけどな」
「言い出しっぺが負ける。こういうジャンケンは」
「明日海ちゃん、今すぐ杏仁豆腐とゼリー二十個ずつ注文しといて」
「ところで高館、この店には最近『三種のチーズの石焼リゾット』とかいうのが新登場したらしいぞ」
「うわあああああ!何で肉食いに来てデザートに時間を取られなきゃいけねえんだよおおお!というか江西さん合計四十個食わそうとしてるとかおかしいだろ!日尻さん!あんたは何アツアツの胃もたれ確定飯を食わしてオレの体をバグらせようとしてんだ!」
「はーいクソザコ高館が何か騒いでますが現在杏仁豆腐の注文は終わりました。一度に四品までしか頼めないシステムはちょっと不便だね」
「早すぎんだろ明日海ッ!あっ、てかてめえ何リゾットを注文リストに入れてやがんだ!ん?おい待て待ってくれ待ってください注文するな!どうしてリゾット三個も頼んでんだよ!誰が食うんだよおおおお!」
がっくりとうなだれる高館を放って他の面々は勝ち残り戦を行おうとしている。高館が救いを求めるように意澄の方を向くが、意澄は何を言って良いのかわからなかったのでとりあえず、
「えっと、偉そうなことは言えないんですけど、コトナリヌシならいっぱい食べられるんですよね?ならきっと大丈夫ですよ」
その言葉を受けて高館はついに撃沈した。励ますつもりだったが逆効果だったらしい。高館の様子などお構い無しに杏仁豆腐の第一波が到来する。
「じゃあ、優勝者を決めよっか」
今度は江西が音頭を取り、皆再び拳を出す。
「いくよ、じゃんけんぽい!」
今度は、五つのグーと一つのパーが並んだ。パーを出したのは、意澄だった。
「やった!え、あ、ごめんなさい喜んじゃった。あの、意地汚いこと訊いて申し訳ないんですけどホントに奢っていただけるんですか?」
意澄が縮こまって尋ねると江西が微笑んで、
「うん。それでいいんじゃないかな。むしろ、意澄ちゃんが奢られてくれた方が丸い気がするし」
「あたしもそー思うよ。お前らはどう?」
「僕も異議なし」
「わたしもオッケーですよ」
「私はみんなが納得するならそれでいい」
「よし、じゃあ決まりで。さあ意澄ちゃん、こっからまたガンガン食べるよ」
何だかちゃっかり得してしまった意澄だが、これでは控えめな食事量だと申し訳ない。江西から容赦なく供給される肉を一心に食べ進める。
意澄が二杯目の米をすぐに空にしたとき、日尻が口を開いた。
「そろそろ、本題に入ろうか。君にこの店まで付き合ってもらった理由に」
その瞬間、意澄はわずかにドキリとした。
「我々に訊きたいことは色々あるだろうが」
日尻は金網から目を上げて、意澄の眼を見た。その眼から、意澄は何か異様な気配を感じた。日尻朗という人間の中身を、その眼から見通すことができなかった。その眼の中に底知れぬものが広がっているようにも、何も無いようにも感じた。普通の人間と変わらないはずで、先ほどまで普通に喋っていたのに、なぜか日尻に眼を合わせられると体に力が入ってしまう。やはり穏やかなようでどこか威圧感を与える人物だ。
そして、全身白色の異様な若者は言った。
「まずは、君のことを聞かせてくれないか。正確には、君と君のコトナリについてね」
〈つづく〉
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