見出し画像

【小説】キヨメの慈雨 第二十九話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。






 福富美術館の一角で大伴おおとも治奈はるなと対峙する御槌みづち意澄いずみは、相手の能力について分析していた。

(相手は最低でも二つ、見えない壁を出すことができる。大きさは通路を塞ぐぐらい、強度はあの美温が殴っても壊れないぐらいって感じかな······)

 意澄は能力の効果範囲の限界点から自分が立っている場所まで等間隔に複数の水塊を現出させ、左右と正面の三方向から一気に放つ。水塊は見えない壁に阻まれ、治奈には届かなかった。

 続けて意澄はもう一度同じ攻撃を繰り出すが、今度は自身も一直線に突っ込んで水の拳を叩きつけた。やはり見えない壁に止められるが、治奈との距離を詰めることができた。正確にいえば、治奈の背後の空間を効果範囲の内側に入れることができたのだ。

 意澄は左右と正面だけでなく、治奈の後方からも水塊を放った。それは治奈の隙を突き、背中を打ち抜いて全身の空気を吐き出させる。

(いける!)

 意澄は治奈の後方から水塊を連続して発射した。だが今度は見えない壁に止められてしまう。さらに四方向から攻撃するが、その全てを壁に防がれてしまった。先ほど背後を突けたのは単に不意打ちだったからのようだ。

(壁というよりはバリアってことなのかな。美温と小春ちゃんを足止めしてるのを合わせて、五枚。長時間の持続が可能で強度もある。上級かとも思ったけど、もしそうだったらバリアを使わずに普通に殴り合いにもってくはず)

 考えながら意澄は水塊を一つに収束させ、超高圧で叩きつけた。だがバリアは破れない。

(硬い!ぶち抜くよりも隙間を見つけて一発で決める方がいいな。さっきの感じだと、上にバリアは張れないみたい。なら!)

 意澄は拳を放ちながら四方向から水塊を発射し、さらに治奈の頭上から落石のような水塊を解き放つ。治奈はそれに気づくとわずかに迷いを浮かべるが、即座に真上にバリアを展開して落水を防ぎ、右側からの水塊を浴びて床を転がった。

(やっぱりバリアは五枚!これを繰り返せばいつかは勝てるけど、こっちの体力ももたないかも······)

 効果範囲ぎりぎりまで能力を発動させいくつもの水塊を生成している意澄の呼吸は既に荒く、じわじわと滲みるように脇腹が痛む。短期決戦を仕掛けるために、倒れ込んでいる治奈との距離を一気に詰める。そのとき、起き上がろうとする治奈の眼に何か企みがあることを察知し、靴底を削るようにして急ブレーキをかける。

 だが、遅かった。

 バゴンッ!とバリアにぶつかったのに気づいたときには、意澄は進路を阻まれるだけでなく体全体を押し戻されていた。横に避けて逃れようとするが左右にもバリアを展開させられ、逃げ場が無くなる。踏ん張ろうとしても凄まじい力でバリアが迫り、滑るように後退していく。かかとに硬い感触を感じた瞬間、意澄の全身を悪寒が走った。

(押し潰される!?)

 かかとだけでなく背面全てが壁に押しつけられ、バリアを押し返そうとする手は一瞬で曲げられてしまう。全身を水に変えて上から脱出しようとするが、実行する前にもう一枚のバリアで蓋をされてしまった。

「意澄ちゃん!」

 展示室の外から美温が叫ぶ。だが意外なことに治奈が落ち着いた声で、

「安心してください。抵抗したため少しだけ大人しくしてもらっているだけですので、危害を加えるつもりはありません。わたしも犠牲者を出したくありませんから」

「じゃあ、早苗をどうするつもりですか?」

 意澄が尚もバリアを破ろうとしながら問い詰めると、

「彼女は······彼女一人の犠牲で、あなた達も、他の人達も、何も危険なことにならずに済みます。そうしなければ、もっとたくさんの人が危険な目に遭いますから」

「たくさんの人が危険な目にって······何をするつもりですか」

 意澄がまっすぐ見据えると、治奈は眼を逸らした。彼女の暗い表情が、意澄には敵意や悪意ではなく、どこか諦観のように感じられた。

「そ、そういえば」

 小春が口を開く。

「これ、これだけ騒ぎを起こしてるのに、誰も来ない。ほ、他の来館客の人はどこに······?」

「他の来館者の方々は既に外に出ています。手荒なことはしていません。自然と出ようと思うようになっていますので、安心してください」

「『自然と出ようと思うように』······?」

 バリアに張りついていた美温は反芻し、

「······まさか、人払いのイブツ。だとしたらちょっとまずいかも」

「ど、どういうこと······?」

「福富グループが絡んでるってこと。小春ちゃん、とりあえず人払いのイブツを壊しにいこう」

「こ、壊す······?」

「意澄ちゃん、その人は任せたよ!早苗ちゃんが思ったよりやばいことになってるかもだから!」

「み、美温ちゃん······?」

 今一つ状況を理解できていない小春の手を引っ張って、美温はどこかへ消えてしまった。だが意澄はそこに拘泥する気はない。彼女達もまた早苗を助けるために動いてくれるのだろうから、意澄も自分にできることを果たすだけだ。それに、福富グループの名前が出てきた。脳裏に浮かぶのは、あの花村はなむらのぞみのことだ。あれほどまでの怪物じみたコトナリヌシが関与している可能性があるなら、ますます早く目の前の相手を倒さなければならない。

「治奈さん、あなたが、あなた達が何をしようとしているのかは知りません。だけど」

 意澄は見えない箱の中に閉じ込められながらも、決して怯むことなく言葉を向ける。

「もし早苗に何かあったら、わたしは絶対にあなたを許さない。あなただけじゃなく、早苗を危険な目に遭わせた全員を絶対に許さない」

 月並みな言葉だった。捻りの無い言葉だった。御槌意澄らしい、没個性な言葉だった。御槌意澄らしい、相手を捕らえて絶対に離さない言葉だった。

 有利なはずの治奈はむしろたじろぎ、顔を背けて無言のままだった。

 そして、

 



「··················わたしだって、こんなことしたくないですよ」




 治奈が必死に絞り出した声は、あまりにもか細いものだった。それでも、言い返さずにはいられなかった。

「あの早苗っていう子にもあなた達みたいに心配して、必死になってくれる友だちがいるってのはわかってるんですよ。早苗さんだけじゃない、誰にだってそういう大切な人がいるっていうのは、わかりきってるんですよ」

 大伴治奈に何があって、そこから何を思ったのかは、意澄にはわからない。だが、今からぶつけられることが一人の人間の本音なのだということだけはわかった。

「だけど、わたしはあなた達を騙して、早苗さんを巻き込んだ。無関係なあなた達を狙って、わたし達の都合を押しつけた。こんなことは間違ってるってわかってるんです」

「じゃあどうして」

「だから!」

 治奈が声を荒げた。さっきまでの消え入りそうなものではない、本当の治奈の声が。

「これ以上あなた達を引きずり込んじゃ駄目なんです!わたしが立ち向かって、止めなきゃいけないんです!」

 意澄を押さえつけるバリアのうち頭上のものが小さくなったのを感じた直後、首筋を強烈な圧迫感が襲ってきた。

(サイズ調節可能······!?血管を、押さ······えて、意識を、奪うつも······り?)

 考える間に意識が薄れていく。それでも、倒れる訳にはいかなかった。

(治奈さん、は······迷って、るし、後悔、してる······間違ってるって、わかって、いるから、仲間······を、止めようと、してる······でも、そんなこと、させちゃ駄目)

 治奈や彼女の仲間が早苗に何をしようとしているのかを、意澄は知らない。だが、それでも戦わなければならない理由がある。早苗を守るため以外に、意澄を突き動かす理由がある。

 意澄は落ちそうになる意識を奮い立たせて、全身を水に変えて頭上に空いたバリアの穴から脱出した。床を無様に転がって、首に残った不気味な感触をこらえる。

「············チコ!」

「やれやれ、待ちくたびれたぞ」

 尊大な口調のわりに嬉しそうな表情のチコは意澄の顔の真横に現れた。起き上がる時間さえ惜しい意澄はすぐに目を閉じ、チコと共に唱える。

「「合一」」

 チコが光の粒子となって人型を形成し意澄と重なった瞬間、意澄の髪が青色に染まった。

 ブワッ!とバリアが空気を押して意澄を圧迫しようと下降してくるのがわかった。意澄は即座に横に転がって回避して跳ね起き、ホーミングミサイルのような軌道を描く水塊を治奈へ連続で発射して攻撃に使っていたバリアを防御に回させる。

「治奈さんは早苗を襲ったことを後悔してるし、今でも迷いがある。だから、ここでわたしを退場リタイアさせて、一人で責任を取ってあなたの仲間を止めようとしてる······そうですよね?」

 意澄は水塊の連射を止めることなく、治奈ににじり寄りながら尋ねた。治奈はバリアの向こうで思い詰めた表情を浮かべ、

「あなたの言う通りです。わたしがやらなければいけません。迷っていながらも手を下してしまったわたしが、責任を取らなければいけません」

 その覚悟を聞き届けた意澄は、深く息を吸った。そして、斬り捨てる。

「あなたの仲間がどれだけいて、あなたがどれだけ戦えるのかなんてわからない。だけど、あなたに早苗を、わたしの友だちを任せられない。だって······」

 一歩、意澄は前に踏み込む。

「わたしが戦うのは、責任とか罪滅ぼしじゃない。わたしが・・・・助けたいと思うから。あなたはどう?あなたが自分の仲間とか一度は果たそうとした目的を捨ててまで戦うのは、自分の意志なの?それとも責任なの?」

「それは············」

 言い淀む治奈に、さらに意澄は踏み込む。

「それがはっきりしないあなたに、早苗は助けられない。そんなところで迷ってるあなたに、決着を譲る気はない!」

 意澄が叫ぶと同時、彼女を中心として円状に大量の水が放出された。それはバリアを破るほどの威力などもち合わせていなかった。だが、展示されている絵画を損傷させるには充分すぎた。

「······!」

 危機に気づいた治奈は瞬時にバリアを移動させ、絵画を覆うように展開する。強固なバリアは絵画を襲う水を何の問題もなくはね除けた。

 だが、それは治奈が無防備になったことを意味していた。

 ダンッ!と大きく踏み込んだ意澄は、水の拳を全力で振り抜く。

 凄まじい衝突音がして、力なく宙を舞った治奈の体は壁に叩きつけられた。

「······ごめんなさい、あなたの美術愛こせいを悪用した。それでも絶対に」

 意澄は治奈に近づき、確かに告げる。




「あなた達から、早苗を助けてみせるから」





〈つづく〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?