見出し画像

ショートショート『空き巣不動産』

この街は今日も平和だった。
ニュースでは明るい話題が映しだされ、夕方ともなると家路につく人や飲みに向かう人様々だ。

そんな街の一角に廃れたビルがあった。
五階建てになっており、しかしそのほとんどが空きテナントになっている。
そこの三階に上月(うえつき)不動産はある。
 
全身黒の衣装に身を包んだ男があたりを警戒しながらビルに近づいていく。
その姿はあたかもおかしな人物ではあるが、こんな夕暮れ時に廃れたビルの近くを行きかう人はほとんどいない。
それでも緊張した面持ちで彼はビルの中へと入っていった。
 

「上月不動産・・ここか」
扉の前に立ち少し間を置いてドアを叩いた。
反応はない。ドアノブを回すと鍵が開いていた。
 
ドアを少し開け「すみませーん」と声をかける。が、反応は無い。
怪訝に思いながらも彼は中に入っていった。
 
中は正方形の一室。
奥にはアルミ製の事務デスクが置いてあり、その上にはノートパソコン、白い固定電話、いくつかのファイル。
そして、それらに覆いかぶさるように一人の男が突っ伏していた。
 
男は慎重に声をかけた。
「あのすみません」
返事はない。
「すみま・・」
「うわぁ!誰ですかあなたは??!」
起きたと同時に質問を投げかけてきたスーツ姿の男。歳は20代前半、いや、未成年だといわれてもおかしくはない風貌をしていた。
 
「なんですか?勝手に上がり込んで、普通ノックぐらいするものですよ」
「いや、ノックはしたんですけど全然反応無くて・・」

男は鋭い視線で彼を見ている。こうして見られているとこの男には全てを見透かされているような気がしてくる。
 
「いや、あの僕その・・部屋を探しに来て・・」
 
男は嘗め回すように見て、途端に表情が明るくなった。
 
「あー、部屋を探しに?それは失礼いたしました!」

「あのここってあれですよね?その・・こういった・・」
 
口ごもる彼に対し、男は何かを悟ったような優しい口調で返した。
「大丈夫ですよ。わかってますから。どうぞおかけください」
「あ、失礼します」
 
男はおもむろに紙とペンを取り出した。
「とりあえず、こちらにお名前記入していただけますか?」

「え?名前書かないといけないんですか?」

「あー、これは形式上のものなので偽名でも結構ですよ」

「よかった」
 
偽名で書類に名前を書いたのは初めてだ。
 
「では、早速なんですけど、いつ頃空き巣をお考えですか?」
 
男は唐突に聞いた。
 
「え?はい。今すぐにでも行きたいなぁとは思っているんですけど」
「でしたら、こちらなんていかがでしょう?」

男はファイルのページを数回めくり綺麗なマンションを提示してきた。
 
「山岡さんのご自宅なんですけど、年収が430万お一人で住まわれてまして、大体金曜日は仕事終わり飲みに行くことが多いんで今の時間帯ですと留守なので狙い目ですよ」

「・・・セキュリティとかどうなってます?」

「マンション自体オートロックでカードキーとなってますんでハードルは高いように思われますけど、それさえクリアしていただければ本人は防犯対策一切していないんであとは取り放題です。」
 
彼の不安な気持ちが表情に出ていたのか男は言葉を続けた。
 
「あんまりですか?」

「すいません・・」

「いえいえ、お客様に満足していただく物件を提供するのが私の仕事ですから」

「・・ありがとうございます」

「あ、そうだ。じゃあ、まずお客様の空き巣条件をお伺いしましょうか」

「空き巣条件?そうですね、市内で、比較的簡単なところが・・」

「なるほど」
 

パソコンに手早く打ち込んでいく。
 
「因みにお客様の空き巣手段というのは?」
「一応、ピッキングで」
「なるほど、でしたら・・」
 
パソコンに入力を終えると、ファイルをめくり先ほどとは違う物件を提示してきた。
 
「こちらなんてどうですか?岡部さんご家族なんですけど、共働きでトータル年収400万円。大体帰って来るのが7時過ぎなんで今から行けば十分入れると思いますよ」

「そうですか」
 
ファイルに掲載されている物件内容をジッと見ていた彼であったが急に驚きの声をあげた。
 
「え?ペット飼ってるんですか?」
「はい、ペット飼われていますね」
「・・因みに何を飼っているかわかります?」
「柴犬です」
 
その瞬間、全てを諦めたようなか細い声で「犬か・・」とつぶやいた。
 
「でも、犬って言っても柴犬は人懐っこい性格していますし、さほど邪魔にはならないと思いますけどね」
 
そう告げる男であったが、彼には響かなかった。答えはわかっていたが男はあえて聞いた。
 
「どうされます?」
「あの・・実は・・」
 
そこで固定電話がなった。
「ちょっとすみません」と断りを入れ男は受話器を取った。
その喋り口調から知り合いであるということはわかった。
 
「はい、あ、田嶋さん!・・はい、確かにいましたね、柄の悪いウルバリンって偽名を使っていた人が。はい、紹介しましたよ。あ、捕まっちゃったんですか?」
 
その言葉に電話を黙って聞いてた彼は体が硬直した。

この空き巣に入れる物件を紹介されたとしてもやはり捕まるんだ。
そう思うと体が言うことを聞かない。どんどん恐怖と不安が彼を包んでいく。
 
「わかりました。ここの事も警察に言ってるかもしれないんで拠点も変えないといけませんね。ありがとうございました。」
 
受話器を置き、男は彼の異変に気付いた。

「どうかされました?」
「捕まったんですか?」
 
男は黙って聞いている。
 
「ここで紹介した物件に入って捕まったんですか?」
 
男は少し間があき「そうですね」と答えた。
 
「そうですねって・・紹介した物件で逮捕者が出ていいんですか?ここは空き巣に入って捕まらない家を紹介してくれる不動産じゃないんですか?!それなのに・・」

「あの!」
 
焦ったように言葉を連ねる彼を制すように男の声が部屋内に響いた。そこで彼はようやく男の顔を見たが、先ほどとは違い今は様々な死線をかいくぐってきたかのような男の顔をしている。
 
「お言葉ですけど、空き巣というのは犯罪なんです。刑法130条住居侵入罪、そして刑法235条窃盗罪、その二つがあることから刑法54条によってより重い窃盗罪で処断されます。いくら慎重に行動してもミスや運によっても左右されてしまうんです。絶対に捕まらない犯罪なんてない。私はその可能性を上げる手助けをしているに過ぎません」
 
「・・わかってはいたんです。いくらここで慎重に物件選んでも無駄なんじゃないかって」
 
男は黙って聞いている。
悲痛な面持ちで彼は言葉を続けた。
 
「実は僕、空き巣したことなくて初めてなんですよ。家族もいるのに会社でリストラにあってしまいまして・・でも、その事を家族に伝えると大きく失望させてしまうんじゃないかとずっと伝えらえないでいました。そこでここの噂を聞いたんです。どうしても早急にお金が欲しかったので来てみましたが、やっぱり駄目ですね。色々紹介していただいたのに、なかなか踏ん切りがつかなくて・・」
 
家族の為絶対に失敗は出来ない。その思いもまた彼を委縮させる要因となっていた。
 
「別に不安になることは悪くはありませんよ。そうか、初めての方だったのですね。確かに先ほど紹介した物件は少し初心者には厳しかったかもしれませんね」

「はい、なるべく初めは不安な部分は取り除いて空き巣をしたくて」

「そうですか、でしたらこちらの物件なんていかがですか?」

とファイルをめくり、一枚のアパートの物件を提示してきた。

「え?」
 
「高橋さんという一人暮らしの学生さんなんですけど、大学生なんでバイトしたり学校行ったりで留守にする事も多くて比較的空き巣しやすいと思いますよ」
 
そんな説明をしている男の顔を見たが表情は緩み、最初の若々しい明るい顔に戻っていた。
 
「ただね、年収が100万程しかなくて盗むモノも限られては来るんですけど初心者の方にはお勧めですね」

その物件を見つめ彼は小さな声で「ありがとうございます」と言ったが、男には聞こえていなかった。
 
「どうされますか?」
「・・・じゃあ、ここにしてみます」
「ご契約ですね。ありがとうございます!」
 
すると、新たな書類を一枚用意しこちらへ差し出してきた。

「では、こちらにお名前とご住所いただいてもよろしいですか?もちろん偽名で結構です」

「住所もですか?」

「はい、どの家に空き巣の方が住んでいるのか把握しておかないと、他の空き巣の方に紹介してしまう可能性があるので」

「確かに空き巣の家に空き巣に入るっておかしな話ですもんね」
 
納得すると書類に偽名と住所を記入し、男に手渡した。
 
「ありがとうございます。あ、西口一丁目に住んでるんですか?」

「はい、そうなんですよ」

「閑静な住宅街でいい所ですよね。はい、どうぞ。こちらが今回ご契約された物件になります」
 
男に差し出された紙を受け取り、彼は男に聞こえるように「ありがとうございます」と告げビルの外へと出て行った。
 
 

その直後、上月不動産のドアが叩かれた。
 
「田嶋さん!どうしたんですか?」

「いや、もうここ拠点変えるんだろ?」

「はい、ウルバリンが警察に言ってる可能性がありますから」

「そうか、それで拠点が変わる前にもう一度来ておこうと思ってな」

「そうですか、とりあえず座ってくださいよ」
 
田嶋はそれを断った。
 
「俺達、空き巣っていうのは時間との勝負なんだ。腰をかけるゆとりなんてねぇよ」
「はぁ」

男はあまり納得できずにいた。
 
「それはそうと何か良い物件はないか?」
 
すると、男の表情は明るくなり「ありますともー!」とファイルを広げた。
 
「こちらたった今入った物件なんですけど」

「西口一丁目?すぐ近くじゃねぇか」

「はい、西口一丁目に住んでるウルトラマンさん」

「ウルトラマン?」

「はい」
 
そして、男は含み笑いをしながら言った。
「なんか家族を守るヒーローになりたそうでしたよ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?