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ショートショート『初恋』

教室の隅で校庭を眺めている君に恋をした。その髪はしっとりと艶のある黒色で、肌は色が抜けるほど白い。僕は君のそのどこか儚げな表情に惹かれていった。だけど、意気地なしの僕は君を見つめている事しか出来ない。このまま中学を卒業してしまうのか。
 
帰りのホームルームが終わり部活へ向かう人、帰宅する人、教室でお喋りを始める人にわかれる。僕の日課は同じクラスの岩田優子さんを眺める事。中学三年になりそれがもう3ヶ月続いている。いつも通り窓際に座る優子さんを振り返ると彼女は僕の目の前に立っていた。いきなりの出来事に戸惑ってしまう。
優子さんは僕を見つめ言った。
 
「吉田君、私の事見てたよね?」
 
え?気づかれていた?バレないように見ていたはずだけど・・・でも、女子って男子の目線に敏感だって言うし。体が熱い。バレた羞恥心もあるが、僕の気持ちが優子さんに気付かれる恥ずかしさもあった。
 
「ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないよ」
 
すると、彼女は僕の隣の席に腰をおろした。
 
「ねぇ吉田君、友達にならない?」
 
理解するのに時間がかかった。
こんな中三になっても誰とも仲良くなれない。そんな僕が想いを寄せている女の子から友達になろうと言われたのだ。まさに天にも昇る気持ちだ。
 
「・・・ダメ?」
「も、モチロンいいよ!」
 
それから毎日二人で放課後に話をするようになった。
 
 
 
 
 
 
知れば知るほど彼女に惹かれていった。
彼女は遠くから見ている時とは全然違って、とても気さくでお喋りが好きでよく笑う女の子だ。
見ているだけで満足していた僕はもっと彼女と一緒にいたい、色んな話をしていたいと思うようになっていた。告白も考えたが、この関係が壊れるのが怖い。しかし、六か月後には僕らもこの学校を卒業する。
 
「いつかはこの気持ちを伝えることができたらな・・・」
 
 
先生に頼まれていた用事を済ませ僕は教室に戻る。
 
そこには窓際で夕陽を浴び煌々と輝く彼女の姿があった。もちろん、本当に輝いていたわけではない。ただそれほど彼女の姿は美しく、人を惹きつける魅力があった。
 
「優子さん!僕と付き合ってください!!」
 
自分でも驚いた。あんなに怖がっていた告白を彼女の姿を見るとしてしまったのだ。
でも、不思議と恐怖心は無い。今はこんな彼女に想いを伝えられた充実感が僕を満たしていた。
そして、彼女は頬を赤らめ、少しの沈黙のあと、小さくうなずいて言った。
 
「ごめんなさい」
 
 
 
 
 
 
 
振られたあと、僕は何も手が付けられなくなった。
告白した恐怖心はなかったとはいえ、やはり振られるとショックだ。
しかし、彼女はいつも通り接してくれた。そのお陰で僕もいつも通りの学校生活を送る事ができたのかもしれない。
 
十月の肌寒い日。彼女は泣いていた。泣いている彼女も美しく、惹きつけられるものがある。
 
「・・彼氏にね、振られちゃったの」
 
彼氏いたんだ。確かにこんな綺麗な子に彼氏がいないなんておかしいよな。ちょっと考えればわかるはずなのに。そうとも知らず告白してしまった自分を恥じた。最初から付き合える可能性なんてなかったのだ。
 
「なんかね、もう冷めちゃったんだって・・・」
 
ひどい。そんな理由で彼女を振ったのか。僕はその男に怒りを覚え、思わず拳を握る。
それに気づき、
 
「大丈夫、私は大丈夫だから」
 
強がりだっていうのは恋愛経験の少ない僕にだってわかる。
何か彼女を元気づけてあげたい。だけど、何をしてあげたらいいのかわからない。
すると、彼女が腫らした目で僕を見つめ言った。
 
「ありがとね」
「僕だったら優子さんを悲しませたりすることはしないけどな」
 
本心だった。一度想いを伝えダメだったけど、それでも君と一緒にいたい。
 
「ありがとう。吉田君が私の彼氏だったらよかったのに・・・」
 
一度告白してダメだった。だけど、それはきっと彼氏がいたから。僕は君を絶対に泣かせたりなんかしない。
 
「優子さん!僕と付き合ってください!!」
「ごめんなさい」
 
 
 
 
 
 
彼女はいつもと変わらず僕に接してくれている。
逆に冷たくされた方がいっそ諦めもつくけど、他に友達もいない僕にとって彼女の存在はありがたかった。
たとえこの恋が実らなくても友達として一緒にいれるだけでいい。僕らはこのまま卒業していくだろう。きっと君は僕の事を忘れてしまうかもしれない。だから、せめて今この時間を大切にしていきたい。
 
放課後、校庭には部活動に励む生徒の姿があった。
オレンジ色に染まる教室の中、僕らは静かに校庭を眺めていた。
 
「卒業まで四か月か~」
 
彼女は明るくそう言った。
僕はそうだねとだけ返し再び沈黙が流れる。ふと彼女の方を見やると物憂げな表情をしていた。
 
「吉田君は卒業してからどうするの?」
「僕は進学するつもり。」
「そっか、吉田君って頭いいもんね」
「そんな事ないよ」
「ううん、吉田君は頭が良くて、優しくて、お話上手で、とても素敵な人だよ」
「優子さん」
「吉田君とお付き合いできる人って羨ましいな。吉田君が私の彼氏だったら良かったのに」
 
僕はもうずっと友達でいいと思っていた。この関係が続くなら。
だけど、彼女が漏らしたその言葉に僕は精いっぱいの気持ちで応えたい。
 
「吉田君、卒業しても私の事忘れないでね」
「優子さん!僕と付き合ってください!!」
「ごめんなさい」
 
 
 
 
 
 
彼女が怖い。僕の恋愛経験の無さが勘違いを生んでこのような結果を招いているのか。それとも彼女が意図的に告白させようと仕向けているのか僕にはわからなかった。
 
いつもの教室。いつもの校庭。いつもの放課後。そして、僕の目の前にはいつも通りの彼女がいた。
 
「吉田君」
「優子さん」
 
オレンジ色の光に包まれている彼女もやはりとても美しかった。そんな彼女に見とれていると彼女が口を開いた。
 
「ねぇ、付き合ってくださいって言って」
 
え?
 
「前みたいに付き合ってくださいって言ってよ」
「何を言ってるんだよ、優子さん」
「ほら、付き合ってくださいって言って!私と付き合いたいんでしょ?付き合ってくださいって言って!」
 
彼女は僕の周りでそう叫び続けた。
 
「やめてよ!優子さん」
「ほら、好きです付き合ってくださいって言ってよ!!」
「でも、どうせ振るんだろ!」
 
すると、彼女は満面の笑みで答えた。
 
「うん、振るよ!!」
 
その屈託のない返事に僕は恐怖した。
 
「じゃあ、なんでこんな事するんだよ」
「吉田君が初めて告白してきた時、生きている感じがしたの」
 
なんだよそれ。
 
「そしてね、振った時超気持ちよかった!!」
「なに言ってるの、優子さん!」
「私はただ付き合ってくださいって言って欲しいの!ほら、早く付き合ってくださいって言って!」
 
そう言い続ける彼女を振り払い、僕は教室を飛び出した。
 
 
 
 
 
 
それから僕の頭の中には彼女の言葉がこだましていた。
 
“付き合ってくださいって言って付き合ってくださいって言って付き合ってくださいって言って付き合ってくださいって言って”
 
学校にいる時も家にいる時もずっと頭の中で響いている。
そして、僕は次第に衰弱していき学校も休みがちになった。
 
そんなある日、担任の先生が家にやってきた。
 
「体調の方はどうだ?」
「だいぶ良くなりました」
「学校にはこれそうか?」
「ちょっとまだ行くのが怖くて」
「そうか、もし先生で良ければいつでも話聞くぞ」
 
そう言うと先生は連絡先が書かれた紙を手渡してきた。
 
「じゃあな」
「あの・・先生」
 
僕は全てを話した。僕は岩田優子さんの事が好きで告白した事。それから告白を要求されたこと全て。先生は黙って聞いていた。正直こんな中学生の恋バナを先生にするのは気が引けたけど、それでも誰かに相談したかった。この事を話したかった。話すことによって気持ちが楽になる気がした。
 
全てを聞き終えた先生は言った。
 
「岩田優子なんて生徒、うちのクラスにはいないぞ」


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2ヶ月に一度行なっていた【ごはんマン新ネタライブ「う」】で来場者プレゼントとしてお配りしたショートショートです。

確かこのお話が初めて皆さんに来場者プレゼントとしてお配りしたショートショートになります。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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