ショートショート『卒業アルバム』
「あんま勝手に部屋漁るなよ」
幸雄はそう言いながら部屋の明かりをつけた。
1DKとなっているその家は玄関をあがるとすぐ横にユニットバスがあり、奥に進むとダイニングキッチンがある。更に進むと幸雄の主な生活スペースとなっていた。
健司は「わかってるよ。伊豆に行った時の写真見に来ただけだから」と部屋を見渡した。
幸雄と健司は大学のゼミで知り合った。
二人とも髪の毛は明るい色に染められ、耳にはピアス、着ている洋服も金や黄色、赤など明るめの色が中心で他の学生と比べても垢抜けていた。そんな二人はすぐ仲良くなり、二人の周りには同じような多くの友人ができ、最近皆で伊豆に旅行へ行った。
二人は確実に大学生活を満喫していた。
「思ったより広いな」
「まぁな」
「いいなぁ一人暮らしって。女連れ込み放題じゃん」
健司が心底羨ましそうに言った。
「まぁな」
「今度、ここ貸してくれよ」
「何する気だよ」
「そりゃ、やることと言ったら一つしかねぇだろ」
健司がいやらしい笑みを浮かべた。
「絶対やだよ。自分の家でやれよ」
「俺実家なんだよ。自分の部屋あるけど実家に女連れ込めないだろ」
「確かにな」
「あーあ、俺も県外の大学行けばよかったな」
大きなため息をついて、健司は天井を見上げた。
「じゃあ、そこらへんに家借りれば?」
「金無い」
幸雄の提案を健司は一蹴した。
「何か飲む?コーヒーかお茶」
「じゃあ、コーヒーで」
「OK」と言って幸雄は部屋から出て行った。
残された健司はおもむろに部屋の中を見渡している。
壁にはポスターどころかカレンダーさえもない。本棚も整理されていて埃一つ落ちてない。
「あいつ意外と几帳面なんだな」
ふと本棚に気になるモノを見つけた。
健司はお宝を発見したかのように「おっ!」と声を漏らし、それに手を伸ばした。
その瞬間、健司の後ろから怒号が響いた。
「おい!なにやってんだよ!」
幸雄が凄い形相でこちらを睨んでいる。
あまりの剣幕に健司は一瞬たじろいだ。
「おいおい、どうしたんだよ」
「漁んなって言ったろ!」
「わりぃって。そんな怒ることないだろ」
幸雄は鼻息を荒くしてこちらを睨んでいる。
そんな表情を見るのは初めてだったが、健司はなるべく平静を装った。
「違う違う、卒業アルバムがあったからさ、気になってよー」
幸雄はまだ睨んでいる。
「ほら、友達の卒アルって見たくなるじゃん?わかるだろ?」
少しの沈黙のあと、幸雄は持っていた缶コーヒーをテーブルに置いた。
「別に見たって面白くないだろ。俺達卒業したの半年前だぜ?」
「違う違う、女子見たいんだよ女子」
「お前ホント好きだよな」
幸雄はいつもの顔つきに戻っていた。
それを見て健司は安堵した。
「見ていい?」今度は確認して卒業アルバムに手を伸ばした。
「お前何組だよ?」
「四組」
健司はアルバムの一組のページを開く。
すると、すぐに食いついた。
「あ!この娘可愛い!!」
「あー、小百合はモテてたなー」
幸雄はチラッと顔写真を確認し興味無さそうに言葉を返す。
「小百合ちゃん、今何やってるの?」
「専門行ってるはず」
そして、アルバムのページを捲る。
一組の二ページ目だ。そこで健司はあるモノを見た。
「この黒く塗りつぶしてあるの何?」
清宮達郎。それが塗りつぶしてあるやつの名前らしい。
「あー、こいつ俺嫌いだったんだよ」
「そうなんだ」とつぶやき、何か違和感を覚える。
「お前、そういうタイプなんだ?」
「なにが?」と幸雄はコーヒーを飲みながら答える。
「いや、嫌いだったヤツの顔黒く塗りつぶすんだと思ってな」
「まぁな」
幸雄は入っていたコーヒーを飲み干した。
それ以上幸雄からの反応は無いと判断し健司はページを捲った。
そこには二組の生徒が並んでいる。
「お!この娘も可愛いじゃん」
「あ、早紀もモテてたな。おっぱいもでかかったし」
「マジ?!連絡先とか知らねぇの?」
「知らねぇよ。今何してるかもわかんねぇし」
そして、ページを捲る。二組の二枚目だ。
「ここにも黒く塗りつぶしてあるやつあるんだけど?」
ページの右上には黒く塗りつぶされた顔写真。名前は東義輝。
「あー、こいつも嫌いだったんだよ」
「そうか」とつぶやき、ページを捲る。
三組のページだ。そこには同様に黒く塗りつぶされた顔写真がいくつかあった。
冴島唯。吉田みちる。本村太一。
「おい、ここにもあるぞ!」
「あー、俺こいつら嫌いだったんだよ」
そこで健司は思った事を素直に聞いてみることにした。
「お前、もしかして大学デビュー?」
「は?」
今までどうでもよさそうに聞いていた幸雄が初めて健司を見た。
「そりゃ、嫌いなヤツとかいるけどよ普通はここまでしないもん。こんな事すんのってだいぶ陰湿なやつだぜ」
幸雄は黙って聞いている。
「お前さ、俺達と同じ根明みたいにしてっけど、実は滅茶苦茶根暗なんじゃないの?」
すると、幸雄が再び大声を上げた。
「そうだよ!別にいいだろ!わりぃのかよ!!お前に関係ないだろ!」
「別に悪くないけど、意外だっただけだよ」
「お前、誰にも言うなよ!」
こいつ過去に相当なトラウマがあるのかもしれない。
過去の自分を拭い去ろうと必死になって大学デビューをしているんだ。
「だから、知り合いのいない県外の大学に来てたのか?」
「そうだよ!」
健司はゆっくりと四組のページを捲った。
相沢省吾。飯塚かおり。近藤守。宮地新。本田悠斗。岸辺陸。田中芽衣。佐藤葵。蓮見優成。東雲樹。西村宗助。高橋伊吹。浜田蓮。野々村亮。山川雄太郎。伊集院夏帆。高岡鈴。海野京子。船越工。八木一二三。森本健太。
そのページに載ってあるはずの生徒二十二人中二十一人は黒く塗りつぶされている。
塗りつぶされていない一人は高校時代の幸雄だった。
もうこれ以上コイツの過去に触れてはいけない。健司はそう直感した。
「こいつも!こいつも!こいつも!こいつも!みんな嫌いだったたんだよ!」
「もうわかったから」
そして、健司は卒業アルバムを閉じ、あった場所へと戻した。
幸雄はまだ興奮気味だった。
「そういえば、伊豆の写真どこ?」
幸雄を落ち着かせる為に別の話題を振ったではあるが、そもそも今日の目的はこれだ。
みんなで行った伊豆の写真を見て今日は帰ろう。健司はそう思った。
「そこに入ってる」
まだ興奮が収まらない幸雄が箪笥の抽斗を指さして言った。
「開けていい?」
幸雄は小さくうなづいた。
箪笥の抽斗を引くとそこには楽しそうに笑っている大学生の写真が置かれていた。
「お!良い感じに撮れてんじゃん」
幸雄は先ほどと打って変わって静かに卒業アルバムがしまわれている本棚を見ている。
明らかにこの部屋に来た当初とは違う空気が流れている。
健司はその空気を少しでも変えようと出来る限り明るく務めた。
「やっぱ今スマホとかあるけど、写真で見るとまた違った良さがあるよなー!」
幸雄からの返事はない。
「お!これ三島スカイウォークの時じゃん!お前、ジップスライド滅茶苦茶ビビってたよな!」
健司は写真をめくる。
「お!フォレストアドベンチャー!はしゃぎすぎて他の客引いてたよな!」
「ちょっとトイレ行ってくる」
玄関の方へと歩いていく幸雄の背中を健司は見送った。
そして、写真に目を戻す。
「お、これ最終日だ。温泉宿の前でみんなで撮ったやつ。みんな良い顔してるな。また来年もこうして遊びに行きたいな」健司が小さく言う。
その言葉は健司の本心だった。
たとえ幸雄が根暗だろうと過去に何があろうとずっと友達だということに変わりはない。
その事を幸雄がトイレから戻ってきたら言ってやろう。
無理して明るくしなくてもいいし、それがいいならそれでもいい。俺たちはずっと友達だ。
そんな事を思い写真を見ている健司の後ろには幸雄が立っていた。
手にはロープを持って。
そのロープを素早く健司の喉元に合わせ思いっきり引いた。
一気に喉が詰まる。健司は何が起こったのかわからずその場で暴れていた。
しかし、ロープを引く力は一向に収まる気配がない。
次第に健司の顔が青ざめていく。
「・・たす・・けて」
それは健司がなんとか絞り出した言葉だった。
もう拒む力さえも入らない。全ての力が抜け、健司は失禁した。
薄れゆく意識の中で健司はロープを引く人物を見た。
そこには泣きながらロープを引く幸雄の姿があった。
幸雄はゆっくりとロープを解いた。
「てめぇはいつもいつもガサツでデリカシーもないのに仲間に囲まれてよ。俺はお前も嫌いなんだよ」
そう言うと幸雄は伊豆の写真に写っている健司を黒く塗りつぶした。
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