#45 留置場での一日
留置場生活は、経験することはもちろんのこと、これまでの生活では知ることもなかったことばかりでした。
お風呂は5日に1回。
お金を払えば頼める冷めたメニュー。
菓子やパン。
平然を保ち、過ごそうとしましたが、その一つ一つのことが、留置場にいることを痛感させる日々でした。
"102番"こと、藤井浩人の留置場でのスケジュールをご紹介します。
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8:00
お風呂は、まさかの午前中。5日に1回だったと記憶しています。
はじめは、その回数の少なさに驚きました。しかし、留置場の中は空調が寒いくらいに効いていて、汗をかくようなことは少なかったので、何とか我慢できました。
風呂場は、昔ながらの小さめの銭湯のようで、体を洗う場所と大きめの浴槽がある構造でした。
一度に風呂場に入るのは5人くらいで、脱衣所、そして廊下に順番待ちの列が並びます。牢屋の中で準備をして、与えられたプラスチックのかごに下着や着替えを入れて、番号を呼ばれた順に、かごを持って並びます。風呂場に入れる時間は1人15分。1人が入るたびに担当さんがタイマーをスタートし、壁に貼られた幾つものタイマーが同時にカウントダウンを行います。
「12番、残り3分」
「8番、残り1分。急げー!」
そんな様子で、この時間だけは賑わしい雰囲気でした。
とはいえ、ここは留置場。2人に1人の背中には色鮮やかな刺青が施されており、自分がどこにいるのかを再確認する時間にもなりました。
ちなみに、洗濯を依頼することができました。担当さんが洗濯物を集め、その日の夕方には洗濯されたものが返ってくるようになっていました。入浴から掃除、洗濯と、個性の強すぎる人たちのお世話なのか、管理なのか分かりませんが、担当している警察官の人たちは大変だとつくづく思いました。
12:00
昼食の時間です。パンと牛乳のセットが多かった記憶があります。
食事は、与えられる1日3回の食事以外に、預けたお金で自分の食べたいものをメニューの中から選び、購入することができました。カツ丼や、カレー、スパゲティーなどがありましたが、注文できるのが前日で、自分の目の前に運ばれてくるのは、できてから数時間経った”冷たい状態”のものだと言うことを教えてもらい、私は頼みませんでした。私の見た限り、注文している人はほとんどいませんでした。
また、自弁で注文できるものに、パンやお菓子もありました。あんぱんやジャムパン、あんドーナッツ、そしてサンドロールのダブルメロンや小倉&ネオマーガリンといった、馴染みのある定番のものがいくつもありました。お菓子は、あられ・せんべいセットかクッキー系セットの2種類のお菓子詰め合わせから選ぶだけでした。
なんだか、「カイジの世界だな」と思いました。
逮捕直後、取調べの真っ最中は、食欲も無く全く興味を持っていませんでしたが、勾留期間が長引く中で、パンやお菓子を興味本位でいくつか注文してみました。
日常を思い出すことができる、ささやかな楽しみになりました。
また、文房具としてペンや便箋、ノートが購入できました。ペンは先がプラスチックになっているインクペン、ノートは金具が使われていないものなど、少しでも危険な物は取り除かれていました。
毎晩、その日の出来事や、取調べの内容を被疑者ノートに記し、誰かに伝えたいことは弁護士に伝えるためにノートに書き溜めました。ただ、机は無いので、床に伏せながら書きました。
その他の時間、留置場では一定の時間にラジオが流れていました。主にNHKニュースでしたが、おそらく新聞同様に事前に内容をチェックして留置場内にいる人の関係情報を取り除くために、リアルタイムの放送では無く朝のニュースが昼に流されているようでした。
季節は夏。台風や土砂災害のニュースが流れる度に、岐阜や美濃加茂市に大きな災害が起こっていないか。大変心配な気持ちを抱きつつ、たったそれだけの情報しか手に入れることができない自分は孤島に取り残されたようでした。
18:00
夕食の時間。朝食と同じように弁当が入れられました。朝食に比べておかずは少し大きくなり、揚げ物などが入っていました。
20:30
ペンや便箋、本をロッカーに片付け、歯磨き、洗顔。
21:00
消灯。という日課でした。
取り調べ中は消灯後に帰ってくることが多かったので、このような生活リズムを知ったのは勾留21日目以降のことでした。
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