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ダルマとジョニ黒と少年と母

昨夜、『夜は短し歩けよ乙女』を娘と観た。

この傑作アニメには、バーの棚にずらりとダルマが並ぶシーンがある。

ふと、
「このダルマは、たぶん、サントリーのオールドってウイスキーなんだよ。ニックネームがダルマだから」
という話をした。

娘は「ふーん」とピンとこない様子だった。

おせっかいな父は今日、スーパーで見かけたオールドを買ってきた。
今、チビチビやっている。
ほろ酔いでスイッチが入ったので、思い出話を書いてみる。
ほろ酔いで、スマホでポチポチやってるので、乱文・誤字脱字はご容赦を。

サントリーオールドは、私が初めて認識したウイスキーのブランドだ。
正確に言えば、「ウイスキー=オールド」だと理解していた。名古屋の貧乏キッズの世界は狭い。

小さい頃、母が寝酒に飲んでいたのがオールドだった。父は完全な下戸で、高井三兄弟は皆、まだ子供。ウイスキーのボトルは完全に母のものだった。
母はオールドを「ダルマ」と呼んだ。「ダルマをちょっと飲むとよく寝られる」といった具合に。
「なんでダルマなの?」と聞くと、「形がダルマでしょ」と言われた。
ラベルは読めなかったが、それがウイスキーというお酒の一種だと知った。

昭和の頃、リビングのガラス戸付きの棚にオールドを並べている家は割と多かったのではないか。
毛糸で編んだ謎の服を着せられているダルマもあった。
ダルマ。
ブランデーのナポレオン。
木彫りの熊やコケシ。
古い写真立て。
昭和な家には、誰も読まない世界文学全集や百科事典と同じように、そんなものを詰め込んだ棚が並んでいた。

我が家にはそんな棚もなく、いつも菓子パンが突っ込んである場所に母の秘蔵のダルマが鎮座していただけだった。

一度、両親も兄もいない時、ダルマを手のひらに少し注いで、舐めてみたことがあった。
これは、バニラエッセンスの「試飲」と同じくらい後悔した苦い経験になった。
こんなものをうまそうに飲む母のことを、実は自分はよく知らないんじゃないかと思うほど、理解不能な味だった。

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ダルマは我が家に常備されていたわけではなかった。
給食代にも事欠く貧乏だったので、余裕がないと買えなかったのだろう。
無ければ無いで、クソガキだった私にとっては、どうでも良かった。

はずだったのだが。

ある年、確か小5のときのことだった。
母の日が近づき、私は急に「母ちゃんにダルマを買ってやれば喜ぶだろう」と思いついた。
なぜ、そんな気になったかは、思い出せない。我が家の棚のダルマがずっと品切れだったからかもしれない。
そして、これもなぜかは思い出せないのだが、私の手元には、まとまったお金があった。使わずにとっておいたお年玉が残っていたのだろう。そんなことは空前絶後だった。

私はお年玉を根こそぎポケットに突っ込み(財布を持つようになったのは中学生になってから)、近所のダイヤモンドシティ、通称ダッシに向かった。一階のスガキヤのすぐ近くに、狭いけどちょっと良い酒屋があった。

ダッシに着き、酒屋の前を一度、通り過ぎた。
私は急にビビりはじめていた。
1人で買い物することすら珍しいのに、入ったこともないちょっと良い酒屋に入るのは、かなりの勇気が必要だった。

ウロウロと、何度も、何度も、前を通り過ぎた。
横目でずらりと並ぶお酒をみて、種類の多さと、値段の高さに驚いた。

なんとか勇気を出して、お店に足を踏み入れた。

背の低い、ひげを生やしたおじさんが「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。
「あの、すいません」
「はい」
「ウイスキーをください」
「ほう。お使いかな?」
「いや…あの…母の日のプレゼントに」
「おー!えらいねぇ」
おじさんの笑顔で緊張が少しほぐれた。
「お母さんはいつもどんなの飲んでるの」
「ダルマです」
おじさんが声をあげて笑った。
「よく知ってるね、そんな名前。そうか、そうか。じゃ、ダルマにする?」
私は少し考えて、
「ダルマより、おいしいのはありますか?」
と聞いた。
おじさんも少し考えて、
「うーん…例えばコレはどう?」
ラベルに、ステッキを持った、変な格好の男が描いてあった。

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(なんだコレ…カッコいいけど…)
戸惑う私におじさんが言った。
「これは外国のウイスキーで、人気があって、おいしいよ」
外国のお酒か。なんだか凄そうだ。
値段も手が届く範囲だった。
「じゃ、コレにします」
と答えてから、色違いのボトルが2種類あるのに気づいた。
「この、赤いのと、黒いのは、何が違うんですか」
「ああ、それは、まぁ…値段が違うね」
赤いラベルの瓶を手にしていたおじさんが、笑いながらそう言った。
「黒い方、高い!こっちの方がおいしいってことですか?」
「うん、そうだろうね。でも、これはお小遣いで買うには、高すぎるよ」
記憶が曖昧なのだが、当時は5000円以上したはずだ。
「こっちにします」
おじさんは私をみて頷くと、「少しだけオマケしてあげよう」と丁寧に細長い箱をラッピングしてくれた。

数日間、なんとかブツを隠しおおせた私は、母の日に、綺麗に包まれた箱入りのウイスキーを渡した。
それまで、母の日でも誕生日でも、プレゼントなどしたこともなかったから、母はとても驚いた。

包装をはがして、もう一度驚いた。

「ジョニ黒!」

それは、私が愛称を覚えた二つ目のウイスキーになった。
「こんな高いもん、どうしたの!?」
「ちゃんと買ったわ!お年玉、余ってたから」
「まー、こんな…」
絶句する母に、私は後にも先にも言ったこともない、歯の浮くような言葉を口にした。
「いつも、ありがとう、と思って」
母は驚いて、無言のままだった。
「うまいらしいよ。コレでよく寝られるでしょ」
母は瓶を手の中でくるくる回して眺めて、「ありがとう…大事に飲むわ」と言った。

ジョニ黒はその後、二度と我が家にやってくることはなく、レギュラーはダルマ、たまによく分からないブランデーの類いが棚に並んだ。

今でも、私の中では「ウイスキーの味のニュートラルポジション」は、ダルマだ。
うまいとかうまくないとかいうものではなく、ダルマとの差異でウイスキーの味を判断する。刷り込みとはそういうものだろう。

そして、ジョニ黒。
これは、滅多に飲まない。
今は値段もリーズナブルになり、普段飲みには悪くないウイスキーだ。
でも、滅多に飲まない。
飲みたくなったときは、小さなボトルを買う。
小さなボトルから、少しずつ、少しずつ、飲む。酔うためではなく、ウイスキーそのものを味わうためでもなく。
ジョニ黒の味は、歳月が積み重なるように、年々、深くなる。

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少年の日に有り金はたいて買った舶来のウイスキーは、なんて安い買い物だったのだろう。

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