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「飛び恥」なんて気にせず、翔べ!

最近、モヤモヤする言葉がある。

「飛び恥」だ。

"Flight shame"の直訳で「環境負荷が大きい飛行機の利用は恥ずべき行為だ」という意味。
モヤモヤする、なんてモヤモヤした言葉使いは止めてキッパリ書こう。

私はこの言葉が嫌いだ。
いろいろと有害だと考えている。

結論から書けば、
「それは部分最適であり、世界をより良い場所から遠のかせるのでは?」
と懸念している。

世界の流行語大賞?

最初に言い訳を。
おそらく本稿はツッコミどころ満載のガバガバなものになるだろう。
実は、ちゃんと調べてかっちり書こうと、少し前から材料を集めていた。
のだが、諸般の事情で早期投入した。えい、や、です。

「飛び恥」といえば、やはり大西洋をヨットで渡ったグレタ・トゥンベリさんだろう。パフォーマンスは狙い通りに耳目を集め、「空の旅は悪徳」というイメージの拡散に一役買った。

お断りしておくと、このマンガコラムにも書いたように、私個人は、学生時代から環境問題に強い関心をもってきた人間だ。右とか左でいえば、現代日本ではかなり左寄りだろうと思う。

だが、「飛び恥」はいただけない。
いまやこの世界的な流行語は、「環境に悪いから」とワールドツアーをやめるバンドまで出てくる影響力を発揮している。

なお、今年の日本の流行語大賞の候補には「飛び恥」は入っていない。
一番それっぽいのは「翔んで埼玉」だった。いいぞ、平和ボケ日本。

全CO2排出量の2%

超駆け足で「空の旅」と環境負荷のデータをさらっておこう。

(追記=2022年8月 予測部分は「コロナ前」なので参考程度に)

最初にATAG(The Air Transport Action Group)のサイトから。ATAGはエアラインや航空機を作っている企業などが寄り合い所帯でやってる業界団体だ。

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2018年の人類全体の二酸化炭素(CO2)排出量が420億トンで、うち航空産業は9億トンぐらいを占める。全体の約2%、全運輸・交通手段の12%に当たる。ちなみに自動車が74%。

2%は、あまり飛行機に乗らない私のような人間からすると「案外多いな」と感じる。1回当たり、1人当たりの「燃費」が悪いからだろう。ロンドンとニューヨークを夫婦で往復すると、1年分の一般家庭分のCO2排出量に相当する負担を地球様にかけてしまうという試算もある。

一方、「そうは言っても、たった2%じゃない」という見方もできる。
問題は、放っておくとこれがガンガン増えることだ。お次は何かと便利な世界銀行のデータベースからグラフを引っ張ってきた。

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世界の旅客数は1970年からがっつり右肩上がりを描き、2018年でなんと44億人に達している。半世紀で10倍というペースだ。
IATA(国際航空運送協会)によると、2036年には国際線の旅客数は今のほぼ2倍の年78億人になるらしい。その時点の世界人口とそんなに変わらない。冗談みたいな数字だ。
当然、CO2排出量も増えているし、今後も増える。
お次は国際線オンリーの予測値。日本語で見やすいのが落ちていたのでこちらのサイトから拝借。

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航空業界の対策でCO2排出量がどれぐらい抑えられるかをざっくり示している。ICAOは国連の機関なので、そんなにいい加減なモノでもないだろう。

こうしてみると、「何とかしなきゃね」という問題なのは確かだ。
発電や自動車など他分野でCO2対策が進むと、2050年には排出シェア2割という「温暖化の主犯格」になりかねないという説もある。

世界は狭くなった

別の側面から「空の旅」を見る。

世界銀行がまとめている「世界の旅客数」の分布。濃いところが人数が多い。白は「データ無し」なのだろう。
まず1970年から1990年まで。

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濃度だけ見ると、「アメリカ人と日本人だけ、やたら飛んでるなぁ」という印象をお持ちだろうが、右下の単位に注目いただきたい。グラデーション訳の目盛りがガンガン上がっている。冷戦前から少なくとも西側諸国では「空の旅」が急成長してきたのが分かる。
10年単位でご紹介したが、このグラフ、元サイトでは下の「つまみ」をスライドすると年単位でウネウネ動きます。愉快。
ご自分で遊びたい方はこちらからどうぞ。

さて、次は冷戦後から現代までである。

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最新の2018年は、一番薄いゾーンでもアバウト年間2000万人。
つまり、今や、世界中の国々に、冷戦期のドイツやフランス、イギリスなど欧州主要国と同じぐらいの規模で「空の旅」が広がっているのだ。
これは、格安航空の普及と、アジア・中東・アフリカの中所得国の拡大の恩恵だろう。欧米や日本など一部先進国の贅沢だった海外旅行の裾野は、着実に、大きく、広がってきた。

ベルリンの壁崩壊から30年。世界は狭くなったのだ。

そして、それは、大げさでなく、世界の平和の礎になり得るのだと私は思う。

島国・アジア軽視の「飛び恥」ムーブメント

「飛び恥」の広がりで、欧州では鉄道による出張が増え、短距離路線を廃止する動きがあるという。日本なら「新幹線で行けるルートはもう飛行機飛ばすなよ」というようなプレッシャーがエアラインにかかっている。
挙句、航空会社が「皆さん、スカイプや鉄道をもっと使いましょう」と宣伝して環境重視をアピールするというよく分からない状態になっている。

「好きにしたらエエがな」とは思う。
だが、こちらも繰り返しになるが、「飛び恥」というレッテル張りは、果たして広く訴求するものだろうか?
地続きの欧州内なら、多少無理をすれば鉄道オンリーで行けるかもしれない。ユーロスターでイギリスもつながっている。

でも、日本なんて、飛ばなきゃ一歩も「外」に出られないのだ。北朝鮮が通せんぼしている韓国、東南アジアの島国だって同じだ。
GDPの1割を稼ぎ出すフィリピンの出稼ぎ軍団に「飛び恥」なんて言えるのか。
経済が伸び盛りで航空需要も増えるであろうインドネシアの人々に、「君ら自分の島から極力出るなよ」と言うのか。

最近、CNNが英国の社会学者が英サザンプトンから寧波まで鉄道で往復したという話を紹介していた。

ルートはこの通り。

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ドヤ顔のこの御仁、別に「鉄分」が高いわけではなく、気候変動への意識の高まりが14回の乗り換えと1万5000キロの鉄路の旅へと駆り立てたそうだ。

こんな旅、すごい楽しそうだから、いっぺん、やってみたい。
でも、こんな沢木耕太郎や猿岩石みたいな「贅沢」は、一般人には無理だ。
1カ月かかってるだから。
では、そんな余裕がない一般ピーポーは、海外旅行を控えた方が良いのだろうか。

私はそうは思わない。

「飛び恥」が培う共感力

ちょっと話が飛びます。

つい先日、イギリスのロンドンブリッジで起きたテロは、我が家でけっこうな話題になった。2年の駐在の間に、私はあの現場近くを月1程度は通りかかっていたし、家族も南岸の観光名所バラマーケットに行くときに渡ったことがあるからだ。
あるいは、パリにも家族旅行で少し長めに滞在したので、シャンゼリゼで火炎瓶が飛んでる画像が流れれば、「あそこで、あんなことが!」と驚き、ノートルダム寺院が焼け落ちれば「あの時、行列我慢して中まで入ればよかった!」「近くにあったおいしいアイスクリーム屋さんは大丈夫か」と心配になる。

何が言いたいかと言うと、人間、「自分が行ったことがある場所」かそうでないかで、関心の持ち方が全然違うのだ。
迫真の映像やリポートをもってしても、「行ったことがない場所での出来事や人々」に共感を持たせるのは、とても難しい。

「現場を踏む」ことのインパクトは、それほど大きい。

私個人でいえば、仕事で「飛んだ」国々での見聞、たとえばアウシュビッツの見学やイスタンブールやカイロといった街の記憶も、その国とそこに住む人たちへの共感を格段に高めた。たとえ短期の滞在でも、「行ったことがある」というのは、感情移入の度合いに相当大きな差を生む。

裏返せば、人間の想像力なんてタカがその程度ともいえる。
どんな惨事でも、「ただの地球のどこか別の場所」で起きたことは、遠くのニュースにしか感じられないのだ。

2年の駐在期間の間、家族旅行や出張で、私は1~2か月に1度くらいのペースで飛行機を利用していた。
もう「飛び恥」垂れ流しである。
でも、そのおかげで、欧州全般について「行ったことある感=共感力」が養われたのは間違いない。
元がドメドメ人間なので、アジア諸国にはあまり足を運んだことがない。シンガポール、香港、タイぐらいで中国本土はほんのちょっとだけ。
米国も東海岸の主要都市しか知らない。南米は未上陸。
この辺りは解像度が低く、自分の世界観の「穴」と感じている。

相互理解は平和の礎だ

話はさらに飛躍します。テーマが飛行機だけに。

日本の歴史で無謀かつ最悪の選択だった対米開戦に前のめりだったのは「ドメドメ」な陸軍で、肌感覚で米国を知っている海軍は反対に回った。陸軍でも、米国駐在武官の経験のあった栗林忠道など「知米派」は開戦反対派だった。
「鬼畜米英、暴支膺懲(ぼうしようちょう)」などというフレーズに踊ったのは、欧米はおろかお隣の中国すら見たこともない大衆だった。

日本に2発の原発を落とすと意思決定し、実行した人々のなかに、広島、長崎の現地を訪れたことがあった人間は、どれほどいただろう。
現代でも、ボタン1つでミサイルを飛ばす指導者のどれだけが、実際に「着弾点」に足を運んだことがあるだろう。

歴史上、当事者が「現場を踏んで」いたら、避けられた悲劇は多いのではないだろうか。

私が最近、「飛び恥」なんかよりよっぽど心配で関心があるのは、韓国からの訪日客の減少だ。こちらのニュースによると、日韓関係の悪化で、両国を結ぶ路線の供給は急速に細っている。

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グラフは9月時点。このトレンドはまだ続きそうだ。
これが定着してしまえば、長い目で見た日韓関係にボディブローのように効いてくるに違いない。
韓国側の日本製品不買運動や日本でのヘイトスピーチなど、日韓の人の行き来の減少は、関係悪化の「結果」だろう。
だが、長期では、「日本に来たことがある韓国人」の減少は、両国関係の悪化、少なくとも冷却化の「原因」になり得る。
「行ったことがない国」には深い親近感がわかないからだ。

なお、日本から韓国への旅行者はさほど劇的には減っていないようだ。こういうノーテンキなところは、日本人の美徳である。ドンドン行ったらいい。私も韓国は未上陸なので、拙著『おカネの教室』の翻訳版が売れたら書店を覗きに行ってみたいと思っている。

分断を煽るな

私は何も「航空機が吐き出すCO2は大したことじゃない」なんて主張をしたいのではない。やれること、やるべきことは、たくさんある。

例えば、プライベートジェットなんて超贅沢は、環境負荷を考慮して、超絶に高い負担を強いても良い悪習だと考える。
こちらのnoteで紹介されている2019年のダボス会議での歴史家ルトガー・ブレグマンの発言に、全面的に賛成する。

少し引用する。曰く、

私はダボス会議は初めてですが、正直ちょっと困惑しています。デビッド・アッテンボロー卿が人類は地球を破壊しているという話を聞くために、1,500機のプライベートジェットがダボスに飛んできているわけです。ここでは、参加とか正義、公平性とか透明性とか、そういう言葉が飛び交っていますが、租税回避について指摘する人はほとんどいません。金持ちが公正な負担をしていない、という話です。消防士のコンファレンスに来て、水について話すことを禁じられているような感じですよ。

ダボス会議に限らず、国際会議やビジネスミーティングも「集まって話す」のがベストだろうが、ITが発達すれば「飛ぶ」頻度は下げられるだろう。
エアラインや航空機にも、燃費向上や代替燃料の利用、運行のオペレーション改善など、CO2削減に向けてできることはたくさんあるし、実際、やっている。

これは、そういったクールな頭でフラットに、クレバーに取り組むべき問題だ。
「飛び恥」なんていう人々の罪悪感に訴えるレッテル張りは啓蒙としてはうまい手ではない。感情的なフレーズに共感するのは、ハッキリ言ってしまえば「意識高い系」の層だ。

自分はリベラルを自認しているが、一部のリベラルの極論、啓蒙の衣をまとった独善的な言動にはうんざりする。

環境問題は全人類にとって喫緊の課題だ。
そんな問題で分断を深めるような「煽りフレーズ」を使って、どうするのだ。
「飛び恥」と叫ぶ人たちに問いたい。
それは、米国の自国第一主義や「西欧的価値観」への反動による欧州の移民排斥、不穏な中東や東アジアの情勢を視野に入れて、本当に世界平和に資するものだと思っているのか。
「恥」なんてケンカ腰の言葉使いが自己陶酔に響くという想像力はないのか。

恥じることなく、翔べ!

ガバガバながら言わんとすることは伝わったと祈る。最後に「要するに私が言いたいことはコレ」というメッセージで締めとします。

皆さん。特に若い人たち。
「飛び恥」とか、気にすんな。
観光でも何でもいい。
どんどん海外に行って、色んな国の、色んな人たちに会いにいけばいい

「世界が狭くなる」のは、人類にとって善き事だ。
決して「自分の世界」を狭くするな。

恥じることなく、翔べ!

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