2020-7-24 日記. ベンチャー企業の研究者: 追憶の奄美大島2

前回, SF作家の藤井太洋さんの作品から奄美大島ついて書いており, その内容を書いている.

小学生の頃にいた名瀬小学校には, 奄美大島の日本復帰運動の石碑がおいてある. 奄美大島復帰50周年の頃にちょうど, 私は小学生で, おがみ山公園の頂上付近にある石碑の前で, 泉芳朗の「断食悲願」を皆で詠んだのを覚えている. 

喜ばしいことだったのかもしれないが, 私自身は違うことを思っていた.

支配され続け, 他の為政者たちに翻弄され続けていたのなら, 独立はできないのだろうかと. 親に聞いたことがあるが, 明確な言葉はでてこなかった.

一方で, 島ならば1つの国としてやっていくのは難しい他の力を借りて良い生活をしたいという人々の願いもあったのかもしれない.

奄美大島には島唄と呼ばれる民謡が存在している. 男性も裏声を使って, 高い声で歌うものだ. 

八月になるといろんなところで, 町や村の真ん中に集まって, 皆唄って踊る.

皆踊り続ける. 

この影響か, 中学校, 高校でバンドをやっている人たちは多い. 地元で活動し続けるミュージシャンも多い. バンドマンに憧れてでていくが活躍しているとは言えない人が多い.

私の友人にも何名かいるが, 結局有名なのは, 中孝介と元ちとせぐらいだろう.

大島紬という着物が伝統産業として存在しているが, 韓国産のものが大量に出回っていて, 売り上げもだいぶ下がっているようだ.

私の祖母も, 父親の兄妹(6名)の教育費を払うために, 戦争で負傷し動けなくなった祖父ために, 大島紬を作っては東京や大阪に売りに出ていたようだ.

今はほとんどそんなこともなく, 島に残っても仕事がない. 若者の多くが皆鹿児島, 福岡, 大阪, 東京などにでていく. 私もその1人だ.


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