バス旅で¥2万4000ふっ飛ばす
人生で初めて、予約したバスに乗り遅れるという失態をやらかしました。
行き先は新潟。
目的は新潟を走るSL列車に乗るため。
私が住む関西から新潟までは鉄道によるアクセスがそれほどよくなく、午前に出発するSL列車に乗るためには、前夜に京都駅前バスターミナルから新潟行の夜行バスに乗るのがベストな選択でした。
で、夜の京都駅にて指定されたバス乗り場で待っていたのですが、出発5分前になってもそれらしいバスが現れません。
今までにない異変を前にしても、この時の私は「まぁ盆シーズンだから遅れてるんだろう」となぜか余裕の態度。
そんな頭がスポンジ状態の私も、出発時刻を過ぎ、乗り場に別のバスが現れたことでようやく何かがおかしいと思いはじめます。
「おかしいな、案内通りの乗り場に立っているはずなのに」
さっき確認した、バスターミナルの案内図にもう一度目を通します。
乗り場を示すアルファベットを読み違えていました。
目的のバス乗り場はここから50m先、そこそこでっかい通りを横断歩道で渡った先にありました。
フフ、バカな私。このうっかりさんめ。
なんて余裕が当時の私にあるはずもなく、全力ダッシュで横断歩道を渡り、真の乗り場に向かいましたが、そこにバスの姿はなく。
「まあ、盆シーズンだから遅れているんだろう」と割と余裕たっぷりだった脳も、バスが現れそうにない状況に、ようやくそのプリンみたいな表面に皺が寄りはじめます。
いやいや待て待て、1万800円(盆価格)払って予約したんだぞ?
高速バスに乗り遅れたかも、という事態が未だ信じられない私は、どうにかスタッフさんの姿を見つけ、バスのことを尋ねます。
「え……新潟行はさっき出ていきましたよ?」
さよなら、1万800円(盆価格)
当然払い戻しなんてきかないし、もうこの1本以外に新潟行のバスもありません。
つまり、せっかく指定券も取れていた明日のSL列車にも乗れないということです。
さっと血の気が引き、体温が下がった皮膚からは汗も流れません。
行き場を失った冷や汗が、うっすらと瞳にたまります。
まだ走ったら追いつけるだろうか。
高速に入るまでに運転手に連絡して、引き返してもらうことは可能だろうか。
一足先に盆休みに入っていた脳がここぞとばかりに仕事に戻ってきましたが、バカンス気分が抜けきらない脳が吐き出すアイディアはバカでスカタンな答えばかり。どれも無理に決まってます。
時刻はそろそろ0時を迎えようとしていますが、今京都駅に引き返して電車に乗れば、ギリギリ自宅に辿り着ける時間でもあります。
もはや、諦めて泣き寝入りするしか選択肢はありません。
そもそも、今回の新潟行きは当初予定していませんでした。
二日後に東京有明で開催されるとあるイベントに参加することがメインの目的で、「東京行くならついでにどこかで観光しちゃえ!」と関西在住の私の安易な発案から生まれたのが、前日ーーつまり明日に、新潟でSLに乗る計画でした。
「え、新潟って関西から東京行くついでに寄れるものなの?」と疑われた方は、ぜひ地図アプリを開いてみてください。
まったく遠くかけ離れてますね。
道草食ってたら、それだけで食費が浮きそうになるくらい遠回りです。
でも新潟行の夜行バスは新幹線で東京行くより安いですし、どのみちイベント前日に東京入りしてホテル泊するつもりだったので、時間にも余裕があります。
後は新潟・東京間の運賃を追加で出費すればいいだけという、金銭面でも行程面でも無理のない計画です。
いえ、無理のない計画「でした」
今目の前で1万800円が走り去っていたところなので。
この時点で私に残された選択肢は、「せっかく予約できたSL列車を諦め、翌日どこにも寄らずに新幹線で東京に向かう」の一択でした。
……ん?
いや、果たして本当にそれしかないのか。
「東京」という単語に反応した私はスマホを取り出しました。
調べものをすること数分。
スマホをしまい、私はスタッフさんに尋ねました。
「すみません、今から東京行きの夜行バスに乗れますか?」
「え、東京ですか?」
スタッフさんが目を丸くされたのは言うまでもありません。それでもそこはプロ。一瞬だけ間を置いてから、
「もし空きがあれば当日乗車していただくことは可能です」
一筋だけ光が見えました。
私が今さっき確認していたのは路線案内アプリ。
東京を朝7時過ぎに出発する上越新幹線に乗って新潟に向かえば、SL列車の出発に間に合うことがわかったのです。
つまり、朝7時までに東京に到着するバスに今から乗ればチャンスがあるのです!
スタッフさんに礼を言ってバスターミナルに戻り、到着した東京行のバスの乗務員さんたちに空きがないか尋ねまわります。
しかし折しも盆シーズン。矢継ぎ早に東京行バスがやってくるもどこも満席状態。しかもこれ以降のバスでは到着時刻が遅くなり、目的の上越新幹線にすら間に合わない可能性も出てきました。
焦る私の額から思い出したかのように汗もだくだく吹き出してきます。
1、2分が1、2時間に感じられるような心地で歩きまわっていた時、
「うち、1席空いてますよ」
一人の乗務員さんからそう答えが返ってきました。到着時刻を尋ねると、目的の東京発の上越新幹線にもギリギリ間に合います!
料金は盆価格で1万3千円。
痛い出費ですが背に腹は代えられないと思っていると、
「だけど今盆シーズンですから、高速道路の状況によっては、到着時刻が大幅に遅れる可能性があります」
またここにきて決断を迫られる言葉が乗務員さんの口から出てきました。
バスに乗れたものの、もし渋滞なんかに引っ掛かったら目的の新幹線には間に合いません。
選択肢は2つ。
「先のことはわからないけど、このままバスに乗る」か「一旦家に帰ってゆっくり休んで、明日新幹線で東京にまっすぐ向かうか」、です。
が
迷ったのはほんの少しだけ。
「どうせ明日は明日で、バスとそれほど金額が変わらない新幹線に乗るんだ。それなら今から東京に向かって、明日のことは明日考えよう」
決断した私は、バスのステップを踏みました。
「あ、ちなみに現金払いね」
財布に現金の持ち合わせがなかった私。
その後バス・コンビ二のATM間をシャトルランするハメになったのは言うまでもありません。
ちくしょう。
発車時刻に充分間に合ったとはいえ、乗務員さんには色々ご迷惑をおかけしました。
汗だくでバスに戻って乗車すると、出発前に乗務員さんがブランケットを手渡してくれました。
「これ、後でクーラーで冷えてくるだろうから、使って」
業務上の対応かもしれないけど、この時添えられた何気ない一言がブランケット以上に私を温めてくれました。
当日飛び入りだったせいか、ヒッチハイクでもしたかのようなアウェイな心地でいる私を乗せ、バスは京都を出発しました。
座席は快適な3列独立シート。しかし私の目は冴えきっていて、眠れそうにありません。
「まぁ、もしダメだったら一度も行ったことのない箱根にでも遊びにいけばいいか」
そう安心して眠りにつこうとしても
「間に合わなかったらどうしよう」
という不安がその都度体をぶるりと震わせ、結局、トータルで寝られたのは30分くらいだったと思います。
夜明け前に関東圏に入り、海老名SAに休憩に入る頃にはどうやらこの先渋滞らしい渋滞もなさそうだということがわかり、少し肩の力抜けました。
バスの外に出て、うんと背伸び。
まだ地上に隠れていた太陽の明かりが、寝不足を極めた私の目にとっては、間接照明のように優しい光に感じられました。
その後もバスはトラブルもなく東京に入り、町田駅に到着しました。
ここから小田急に乗って普通電車を乗り継いでいけば、大宮駅から件の上越新幹線に乗ることができます。
しかしここから新潟に向かうには、追加で1万数百円の出費が必要。
バス代金と合わせて約2万4千円。
当初1万少しで新潟まで行けたことを思うと、バカみてぇな出費です。
ここで私は最後の選択肢を迎えます。
町田駅から小田急に乗って新宿に向かうか、SLを諦めて箱根に向かうか、です。
新宿に向かえばバカみてぇな無駄遣いをして新潟に行くことになる反面、箱根に向かえば安上がりな金額で箱根突発旅という、それはそれで魅力的な冒険ができるかもしれません。
究極の選択に思えましたが、やがて選択を終えた私に、迷いはありませんでした。
新宿方面へ行こう。
SLの指定席を予約しておきながら、勝手な理由で空きをつくるのが申し訳ないという気持ちも当然ありましたし、実際新潟行のバスに空きをつくってしまったことにも後ろめたさがありました。
しかしそれよりも私の心を占めたのが、
「乗れるはずがなかったSLに、2万4千円かけて乗りにいくバカみてぇな旅をしてみたい」
という気持ちでした。
決まったら、進むだけです。
さぁ、冒険に出発です!!
小田急ロマンスカーの指定席を買って、町田駅のホームへ!
ちなみにあのままバスに乗り続けていたら、東京駅で降りて目的の上越新幹線に乗る、ということもできました。
別に、人生初の小田急ロマンスカーとやらに乗ってみたくて町田駅で降りたわけではありません。
このままバスに乗っていれば思わぬ渋滞に巻き込まれていた可能性もありますからね。
町田駅で降りたのは、些細なことでも不足の事態に備えるという合理的な判断のもと下した選択であって
ウッヒョオオオオオ、ロマンスカーかっけぇえええええ!!!!!
快適ぃいいいいいいいいい!!!!!!
ロマンスカーは住宅街の渓谷をビュンビュン駆け抜け、多摩川を渡る頃には、景色の奥に首都圏のビル群が見えはじめました。
ビル群を眺めながら、格調高い空間でコーヒーをぐびりとやると気分はちょっとリッチなビジネスメェン。
まぁ常識ある経営者なら、こんなわけわからん損失計上する社員なんかぶん殴りたくなるでしょうね。
近づいてくる新宿のドコモタワーを眺めながら、せっかくたどり着いた東京を出てまた東京に帰ってくるこの無駄遣い全開の旅に意味はあるのかと割と深刻に自問自答しそうになりますが、悩んでばかりもいられません。
これからの行程は、電車を1本逃しても、数分の遅れがあっても、一つミスれば即アウト。
1回の乗り換えが10分にも満たないスリリングな状況の中、ロマンスカーの終点・新宿から埼京線に乗り、大宮駅へ。
そして、
目的の上越新幹線に乗れました!!
座席に着くなり「もうやってられっかいこんちくしょうめい!」とばかりに、ビールをカシュッ!!
ほどよい酔いが体に残った緊張を解きほぐしてくれました。
「で、でも、もしこの新幹線も何かあって遅れたらどないしよ」としつこいぐらいビビる私の不安をふっ飛ばす勢いで上越新幹線は北へと駆けていきました。
さて、肝心のSLに間に合ったかどうかですが。
間に合いました。
新潟駅に到着した後、普通列車に乗り換えてSLが出発する新津駅へ。
今年で喜寿を迎えながらも、青天を突き抜けるほど勢いよく煤煙を噴きだす蒸気機関車に引っ張られ、新潟の田園風景や清流沿いを駆け抜けていきました。
車内で駅弁や地酒を楽しんでいるうちに、SLはあっという間に終点の会津若松駅に到着。
会津若松市では、立ち寄った会津漆器のお店の店主と、私の地元滋賀の生まれで会津若松の礎を築いた戦国時代の英傑・蒲生氏郷について熱く語り合い、お土産に素敵な会津漆器のグラスも購入。
大満足のまま会津若松駅を離れ、東京へと向かいました。
SLに辿りつくまでのアクシデントも、SLの旅も、会津漆器との出会いも、かけがえのない思い出。
その思い出のためなら、2万4千円の追加出費なんて痛くもかゆくもありません。
また人生に貴重な思い出の1ページが加わった今回の旅でした。
て、なるかい。
めちゃくちゃ後悔しとるわ。
東京に向かう電車の中、ようやく冷静になって頭を抱えた自分に「あの出費は関西から新潟まで大手の航空会社の飛行機に乗って向かったと思え」と何度言い聞かせたことか。
ぶっちゃけ、あのまま新潟行のバスに乗れていたとしても、感動する気持ちは同じだったと思います。
じゃあこの旅で得たのはなんだったのか、と考えます。
「あの時2万4千円ふっ飛ばした経験に比べたら」という風に、失敗に対する許容範囲が広くなったとか?
それも違う気がするなぁ。
コンビニの100円のシュークリーム買おうかどうか未だに商品棚の前で数分悩むし。
が、ここまで書いた私は思わず自分に対して苦笑い。
答えは、町田駅で最後の選択を選んだ時に出てたじゃないか。
「2万4千円を払って、バカみてぇな旅がしてみたい」、と。
その旅の果てに、意味も、結果もありません。
旅は人生、人生は旅、とよくたとえられますが、その理屈でいくなら、本来人が生きることに意味なんてないのかもしれなくて。
でも人は、旅の果てに意味や意義を欲しくて、生きることの元を取りたくて、旅の計画をきっちり立てたがるものです。
私があの時、無駄の極みのような選択をしたかったのは、そんな無意味に意味を求めようとする自分への、ちっぽけな反抗心もあったのかも。
無事に終点に辿りつけるバスに、計画通りに乗れたことに安堵の息をつくよりも。
2万4千円を笑い飛ばせる人間であり続けたい。
キザッたらしく、そう願ったのかもしれませんね。
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