理科教育学におけるモデリングを研究する人のためのブックガイド

はじめに

2010年前半まで理科教育学で「モデリング」をキーワードに研究している日本人はほとんどいなかったのですが,ここ最近少しずつ認知度が上がってきたように感じます。せっかくなのでこの流れに便乗して,理科教育学のモデリングに関する文献について,いくつか紹介したいと思います。モデリングに興味のある方はぜひご覧ください。


1. 書籍(日本語)

残念ながら日本語の文献では,研究ハンドブックなどの文献において1つの章で紹介されている程度です。そのいくつかを紹介します。

雲財寛(2022)「モデル・メタモデリング・科学的モデル」『理論と実践をつなぐ理科教育学研究の展開』208-212,東洋館出版社.

いきなり拙稿で恐縮ですが,2021年までの重要(と思っている)研究をまとめています。入手できる方はまずはこちらを読んでいただきたいです。以下のような章立てになっており,どんな研究領域があるのかをざっくりと把握することができます。

1.はじめに
(1)理科における「モデル」のイメージ
(2)モデルを基盤とした理科教育論
2.自然科学におけるモデリング
3.理科授業におけるモデリング
4.科学におけるモデルの理解に着目した研究
(1)モデルの概念を整理した理論研究
(2)学習者の実態を明らかにする調査研究
(3)モデルの理解を促す授業を実施した実践研究
(4)今後の実践に対する示唆

理論と実践をつなぐ理科教育学研究の展開

この文献では,下記の図に示す zu Belzen, van Driel & Krüger(2019)のモデリングのプロセスについて解説しております。他にもいろんなモデリングのプロセスが提唱されているのですが,実際の科学者の活動に沿っている点,各プロセスとメタモデリング知識(「モデリングとは何か」に関する知識)を対応させている点から,この図が一番うまく表現できていると思っております。ご興味のある方はぜひご覧ください。


雲財寛(2021)「理科におけるモデル・モデリング」『新・教職課程演習 第20巻 中等理科教育 』126-129,協同出版

またもや拙稿で恐縮ですが,こちらの原稿は「モデルの具体例」や「モデルの性質」についてより詳しく解説しています。3章は(1)しかないのになんで節を立てたのだろう・・・。

1.理科におけるモデル・モデリング
2.理科におけるモデルとは何か
(1)モデルの具体例と累計
(2)理科におけるモデルの特徴
3.理科におけるモデリングとは何か
(1)モデリングの過程
4.モデルやモデリングを中心とした学習の留意点

新・教職課程演習 第20巻 中等理科教育

たとえば,モデルの具体例は以下のような表で整理しております。

モデルの具体例(雲財,2021,p.127)

こちらの文献を読むと,なぜわざわざこのような観点で整理しているのかがわかると思います。

これは余談ですが,モデルやモデリングに関する話をするたびに「○○はモデルですか?」という質問をいただきます。この質問はとても難しく,いつも頭を悩ませるのですが,最近は「「それ」だけでは「モデル」と規定することはできません。「表象するもの」と「表象されるもの」の関係性の中において,「それ」が「モデル」であると規定できます」とややこしく答えるようにしています。上の表でいうと,「説明・予測する自然事象」が「表象されるもの」です。どのような対象も特定場面においてはモデルになったりならなかったりするので,上記の説明のように実在論ではなく意味論的に捉えた方がモデル概念を包括的に理解できると考えています。


2. 書籍(英語)

もっとも有名なのは下記のシリーズ本です。

Model and Modeling in Science Educaiton 

2005年からSpringerから出版されています。これらの本をフォローすることで,理科教育におけるモデルやモデリングに関する大きな流れはつかめると思います。近年(2019年)ではモデリングに関する能力論(モデリングコンピテンシー)について論じています。

Visualization in Science Education(2005)
Model Based Learning and Instruction in Science(2008)
Visualization: Theory and Practice in Science Education(2008)
Multiple Representations in Chemical Education(2009)
Visualization in Mathematics, Reading and Science Education(2010)
Models and Modeling Cognitive Tools for Scientific Enquiry(2011)
Multiple Representations in Biological Education(2013)
Science Teachers’ Use of Visual Representations(2014)
Modelling-based Teaching in Science Education(2016)
Multiple Representations in Physics Education(2017)
Towards a Framework for Representational Competence in Science Education(2018)
Towards a Competence-Based View on Models and Modeling in Science Education(2019)

3. レビュー論文(日本語)

雲財寛 (2016)「理科教育におけるモデリング研究の動向と課題: 日本の研究動向を中心として」『広島大学大学院教育学研究科紀要 第二部 文化教育開発関連領域』65, 19-27.

またまた拙稿で恐縮ですが,国内の理科教育におけるモデリング研究であれば少し古くなってしまいましたが著者のレビュー論文があります。理論・調査・実践というかなりざっくりしたレビューですが,国内の動向を確認するのにちょうどよいと思います。


4. レビュー論文(英語)

Oh, P. S., & Oh, S. J. (2011). What teachers of science need to know about models: An overview. International Journal of Science Education, 33(8), 1109-1130.

10年前になってしまいますが,「理科教師がモデルについて何を知っておくべきか」についてまとめたレビュー論文です。この論文で示された「モデルの意味」「モデリングの目的」「科学的モデルの多様性」「科学的モデルの変化」「理科授業でのモデルの使用」という分類は様々な論文で引用されています。


Nicolaou, C. T., & Constantinou, C. P. (2014). Assessment of the modeling competence: A systematic review and synthesis of empirical research. Educational Research Review, 13, 52-73.

モデリングコンピテンシーの評価に関するシステマティックレビューです。抽出基準を満たした23件の論文をレビューし,評価の対象,評価の方法,対象学年など,かなり細かく整理されています。モデルやモデリングに関する評価を検討したいときにはまずはこの論文を読むのがおすすめです。


Namdar, B., & Shen, J. (2015). Modeling-oriented assessment in K-12 science education: A synthesis of research from 1980 to 2013 and new directions. International Journal of Science Education, 37(7), 993-1023.

こちらのNambar & Shen(2015)も同様にモデリングコンピテンシーの評価に関するレビュー論文です。こちらの論文は「モデリングによる構成物」「モデリングの実践」「メタモデリング知識の評価」という大きく3つのカテゴリーに研究を分類しているのが特徴です。こちらも参考になります。


Mathesius, S., & Krell, M. (2019). Assessing modeling competence with questionnaires. Towards a competence-based view on models and modeling in science education, 117-129.

2016年までの「モデルとは何か」に関する認識を調査した質問紙研究をレビューしています。抽出基準に該当した35編の論文を,①モデルの性質,②多様なモデル,③モデルの目的,④モデルの検証,⑤モデルの変更という5つの観点から整理しています。モデルに対する認識を調査したい方はまずはこちらの論文がおすすめです。


5.番外編

2017年に出版された「Science Education: An International Course Companion」という理科教育学のハンドブックがあります。このハンドブックの中の「Models and Modelling in Science Education」という章を紹介したnoteの記事です。サクッと読めるので興味がわいた方はまずはこちらを読むといいかもしれません。


6.おわりに

10年くらい前は日本で数名くらいしか研究している人がいなかった理科の「モデリング」ですが,少しずつ関心を持った人が増えてきて,この状況をとても嬉しく思っております。興味がわいた方は気軽にご連絡ください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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