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研究者がビジネスの視点で挑む、VRによる痛みの軽減【RING HIROSHIMA】

痛いのは嫌だ。
病気やケガの治療でも、痛くないに越したことはない。

RING HIROSHIMAで「xCuraエクスキュラ」新嶋祐一朗さんが挑戦するのは、痛みの抑制(ペインコントロール)に、VRを活用すること。
日本では薬や麻酔によることが多いペインコントロールですが、海外ではVRの利用も注目されています。
これまでは全身麻酔で行っていた手術でVRによるペインコントロールを取り入れ、局所麻酔で済んだ事例もあるのだとか。
今回の実証実験では、歯科クリニックでの治療に使ってもらいます。

新嶋さんが開発した「XR Therapy」は、海や宇宙を思わせる幻想的な映像と、患者がとるべき呼吸のタイミングを映し出します。
音声ナレーションでも呼びかけることで、まるで隣にカウンセラーがいてくれるような感覚を得ることができ、痛みと不安をやわらげる効果が期待できます。

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CHALLENGER「株式会社xCura」新嶋祐一朗さん

大学時代、終末期医療における精神的な痛み(スピリチュアルペイン)について研究していた新嶋さん。卒業後も副業で、カウンセラーとして催眠療法などを実践していました。

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スピリチュアルペインとは、「なぜ自分がこんな病気になってしまったのか」「この苦しみは自分の人生の中でどんな意味を持つのか」などと考えてしまう“全人格的なの痛み“のこと。これらの痛みを心理療法、特に催眠のアプローチから軽減出来ればと考えていました。

そもそも『痛み』は人によって感じ方が異なるもの。同じ強さの刺激を与えたとしても感じ方が違うのは、心理状態や性格、経験など、精神的な要因が大きく関わっているからです。不安が大きいほど痛みを感じやすいんです。

さらに、趣味で学んでいたプログラミングを本格的に勉強する中で、VRによるペインコントロールに関する論文に触れたことが開発のきっかけに。
自身も、10年以上椎間板ヘルニアに悩まされ、神経に直接打つブロック注射の痛みに耐えてきたひとりでした。

自分も怖い思いをしました。痛い治療はまだまだたくさんありますが、日本でのペインコントロールは薬がメイン。全身麻酔では吐き気、頭痛など強い副作用も出る場合がありますが、ペインコントロールができれば麻酔も少なく、副作用も抑えられる可能性があります。
デジタルの力で、痛みや不安、恐怖が軽減できれば。

新嶋さんは、今回の実験で「『XR Therapy』によって痛みがこれだけ軽減できた!」ということを数値化して実証しようと考えていました。

もともと研究者気質なので、「実証実験」と聞けばエビデンス、科学的根拠を追求しなければと思っていたんです。個人の感覚による「痛み」というものを、プロダクトの効果としてどのように数値化すればいいのか悩んでいました。

そんな新嶋さんに、ビジネスの視点から別の方針を提案したのが、セコンドの山本さんでした。

SECOND「一般社団法人日本ITストラテジスト協会」山本泰さん

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「痛みのデータ化」はとても面白い試み。でもRING HIROSHIMAの限られた実証期間では難しそうだと感じました。
今後「痛みのデータ化」を実現するためには、まずはVRペインコントロールという事業をビジネスとして軌道に乗せて、並行して研究を重ねていく、いわゆる“両利きの経営”が必要です。

痛みを数値として表すには、まだまだハードルがたくさん。そこで山本さんは、今回の実証実験の目的を、「痛みが軽減されたかどうか」よりも「プロダクトとしての使いやすさ、使用感」の実証にシフトしてはどうかとアドバイスしました。

実証実験の軸を少し変えたことでRING HIROSHIMAでのゴール設定はしやすくなったと思います。
課題はその先。たとえば料金設定など、ビジネスとしての立ち上げ部分です。立ち上げ後の支援はこれまでも手掛けてきましたが、まさに立ち上げ期の支援は私も初めて。
通常セコンドは1人ですが、私のほかにJISTAからもう1人セコンドとしてついていますので、私もその人やほかのセコンドにもいろいろと相談しています。

ビジネス展開するということと、ライトな実証実験という視点。RING HIROSHIMAは様々な考え方を教えていただける貴重な機会です。
山本さんには、実証実験に協力いただける歯科クリニックも紹介していただき、なかなか広島に行けない私にはその点もありがたかった。(新嶋)

「治療に行きたい!」と思える体験を提供したい

治療時に使う「XR Therapy」の特徴のひとつは、仰向けに寝た状態で使うこと。VRゴーグルは通常、座るか立った状態で使うため、既存のゴーグルはそのままでは使えません。

通常VRゴーグルは後頭部にバッテリーがあります。治療のときは寝た状態でゴーグルを使うので、3Dプリンタでジョイントを作り、側頭部にバッテリーを取り付けられるようにしました。
また、“VR酔い”が起こらないよう、映像にも工夫をしています。

VRでジェットコースターなどの映像を見ると、体の傾きと視覚情報のずれで、酔ってしまうことがあります。これが“VR酔い”。


出産時に取り入れられるラマーズ法(「ひっひっふー」の呼吸法)も、呼吸で痛みを軽減する方法のひとつ。吸うより吐く息が長い方がリラックスしやすくなるなど、呼吸のしかたひとつで自律神経が整うんです。
催眠療法で使用される呼吸法や、リラクゼーションに効果的な自律訓練法などをナレーションでガイドすることで、より効果的にリラックスさせます。

痛みに対する恐怖は本当に人それぞれ。歯科恐怖症の場合、麻酔針を見た瞬間に逃げ出してしまう方もいるそうで、カウンセリングを受けてから治療をすることもあるのだとか。

「明日は治療の日だ!」と楽しみにしてもらえるような治療体験を提供したいんです。
VRによるペインコントロールは、世界的にも少ないプロダクト。しかも治療中に使用するとなるとなおさらです。医師でもまだまだ知らない人が多いほど。
痛みや不安は、そのことに意識が集中してしまうことが多く、QOLの低下につながります。
最終目標は、ペインコントロールによるQOLの向上です。

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急性疼痛にも慢性疼痛にも活用できるペインコントロール。
歯科はもちろん、ペインクリニックや胃カメラ検査、産婦人科や医療脱毛など、痛みを伴う治療や検査に、今後幅広く活用することが期待できます。

使う人が増えれば、それだけデータも集まります。痛みの軽減は、患者さんの直接のメリットでもあります。でも客観的にとらえることができれば、例えば「あのクリニックだと痛みが少ない」ということをデータで示すことができるかも。将来は、患者としても病院を選ぶひとつの指標になり得ます。(山本)

痛みをデータ化する技術はまだまだ開発段階。今後実証実験も重ね、数年をかけて実現を目指していきます。

また、VRの使用に制限のある子ども向けにARによるペインコントロールも検討するなど、事業はこれからも成長していきます。

今は映像を見せるだけですが、できるだけ早めに痛みの定量化を実現して、差別化を図っていきたいです。
会社の組織化も課題のひとつ。現在はひとりで事業をすべて回しているので、例えばVRの操作説明だけでも体と時間が足りません。では説明動画を作ろうと思っても人手が必要です。
会社としてどのような機能がいるのか、課題の整理だけでもRING HIROSHIMA中にできたら、ビジネスとしても今後さらに進みそうです。(新嶋)

(Text by 小林祐衣)

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