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衛星データとAI解析による遊休農地判定(福山市)【スタートアップ共同調達事業】

世の中では私たちの知らないところでたくさんの仕事が行われている。「農地利用状況調査(農地パトロール)」もそのひとつ。毎年1回、自治体内の農地がちゃんと活用されているか、法に従い判定するのだ。だが現状は広いエリアを走り回って、1つ1つ目視でチェックしているという状況。さすがにどうにかできないだろうか?


アナログでの農地調査を
DXで省力化できないか?


福山市が採択した「電波の反射で地表を観測するSAR衛星データのAI解析による農地利用状況調査業務の省力化」という取り組み。これは「The Meet」で実現したいことに挙げた「『遊休農地の簡易判定と農地の効率的な利用』を目指して」という要望を受けてのプロジェクトになる。

福山市農業委員会事務局次長の杉原信広(すぎはら・のぶひろ)さんは現状の課題についてこう語る。

遊休農地とは現在、そして将来的にも耕作される見込みがない農地を指します。私たちはこれらの遊休農地を解消し、地域との調和を図りながら効率的な農地の利用を目指しています

そのため各自治体は農地法に基づき、毎年地域内の農地利用状況を調査しているのですが、準備・現地確認・チェック・取りまとめ・データ入力などアナログな作業が多く、人員にも限りがあることが課題となっています。現在はこれらの解決策として衛星画像やドローンの利用を検討してるところです

市内すべての農地状況を確認しなければならない(しかも毎年!)というのはなかなかの重労働だが、それをアナログでやっているというのがまたすごい。現状福山市では、農地利用最適化推進委員30人が実際現地に足を運び、状況確認を行っている。とにかくマンパワー頼みという状態だ。

農地がちゃんと耕作されているかどうか、毎年確認が義務付けられている

今は各委員に担当地域を振り分け、その中を歩いてもらう形で調査を行ってます。農地は基本的に大きな道路に面してるところには少なく、山の奥地や車で行きにくい場所にもあるんで、そのぶん時間がかかって大変です

それは少し想像するだけでも途方もない作業だと感じられる。すでに人不足の時代が到来しつつある今、このやり方が継続できるとは思えない。ここはやはりDXの出番だろう。


天候や時間帯に関係ない
「SAR衛星」を活用


その課題解決に福山市が選んだ協業相手が「株式会社スペースシフト」。衛星データをAI解析することで新たな価値を生み出そうとするスタートアップだ。

今回スペースシフトさんを選んだのは、新たな視点からの課題解決だった点が挙げられます。通常の衛星画像は、太陽の光を使って観測する「光学衛星」が大半です。しかし光学衛星は雲の透過率が悪く、天候によって視界が左右されるんです。一方、スペースシフトさん提案の「SAR衛星(合成開口レーダー衛星)」は、衛星自ら電波を照射して地表を観測するので、これは新しい挑戦だと思いました

衛星画像にもいろいろあるというのは初耳だが、どうやらSAR衛星は天候や時間帯に左右されないため、対象物の変化の検出に適しているらしい。

太陽光で観測する光学衛星(左)と、自らが電波を照射するSAR衛星(右)

さらにスペースシフトさんは都市計画の分野などで数々の実績をお持ちで、すでに農業分野にも進出されていて、2022年には鳥取県で白ネギの生育状況をSAR衛星とAIの組み合わせで観測するという実証実験を行われたんです。協業に対する意欲も高く、私たちの状況にフレキシブルに対応してくれる点も好印象でした

鳥取県での実証実験の様子。白ネギの生育状況をSAR衛星で観測

ネギの生育状況の変化まで衛星で観測できるというのはすごい精度だ。それができるなら農地か耕作放棄地かの識別も可能ではないか?……そんな期待が膨らむ中、福山市とスペースシフトの実証実験ははじまった。


現在AIプログラムを開発中
現地調査で精度チェック


では実証実験の現状はどうなっているのだろう?

今回の採択が決まった時点で、スペースシフトさんは無償で使える衛星画像を取得されました。現在そこに私たちが持っている遊休農地のデータを掛け合わせて、遊休農地の可能性が高いエリアをAIで検出するプログラムを構築中です。今後は有償の衛星画像データを利用した精度向上にも取り組まれます

次に委員さんが農地を見て回るのが8~10月。それまでに一度プログラムを完成させ、現地調査をすることで判定率を確認し、さらに精度を高めていければと思ってます

まずはシステムを構築し、リアル調査で正誤を判定、その結果を再び開発にフィードバック――というPDCAによって、AIの精度を高めていくという計画だ。

遊休農地が確実に特定できるかどうか、今後その精度を上げていく

スペースシフトさんはAI解析の高いスキルをお持ちなので、開発に関してはあまり心配していません。唯一懸念点があるとすれば、いま全国的に利用されている農地管理システムと今回のシステムがすぐにアドオンできる仕様じゃないこと。その部分の負担をなくすため、将来的には農水省や現行のシステムを開発したベンダーさんとの調整が必要になると思います

ちなみに筆者は福山市の隣の尾道市で行われた同様の実証実験を取材したことがある。杉原さんもこの取り組みを見学に行ったとか。

やはり今後を見据えると、アナログの人海戦術からデジタルへの移行は避けて通れない。尾道でも、そして福山でも。水が高きから低きに流れるように、この動きは全国同時多発的なものとして確実に進んでいくだろう。


初めてのスタートアップ
丁寧な仲介に助けられた

 
最後に、今回の「The Meet」に参加してみての感想を訊いたところ、興味深い答えが返ってきた。

一番ありがたかったのは事務局さんの対応です。プログラム運営に携わられた「ひろぎんエリアデザイン」さんと「Creww」さんは、何かあるたびに「どうですか?」と連絡をくださったり、「進捗はどうですか?」と心配してくれたりして

私たちはスタートアップさんと関わること自体初めてで、そういう方にこっちの想いをどう伝えたらいいかわからなかったんです。そこに仲介に入ってくれて、「こうしたらどうですか?」とか「こういう事例もありますよ」とアドバイスをくれて。きめ細かいサポートには本当に助けられました

福山の名産品である「くわい」畑。今後農業のDXは大きく進むだろう

The Meetは「自治体 meets スタートアップ」を実践するプロジェクトだが、そもそも自治体とスタートアップは物事の進め方から仕事に対する取り組み方、風土や哲学まで水と油なところがある。

異なる文化圏にいる両者をいかにつないで、スムーズな連携を行うか――それは言うほど簡単ではないはずだが、それでもこうした話を聞くと、「初回にもかかわらずなかなかうまく進んでるみたいじゃないか」とポジティブな気持ちにさせられるのだった。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて

文中にもあるように私は昨年、尾道市での農地パトロールDXの取材を経験しました。その時も「え、農地全部歩いて確かめてるの? しかも毎年!?」とビックリした記憶があります。農業関係者にとっては当たり前のことかもしれませんが、そうじゃない人間にとっては衝撃の事実。しかも尾道の農業委員の方の年齢は平均70歳……「他にやりようはないのか?」とか「それホントに毎年やる必要があるのか?」とか考えさせられたものでした。

今回お隣の福山市でもDX化の試みが行われていると知って、納得すると共にひと安心。さすがにこれはもっとラクになっていい仕事だと思いますよ。(文・清水浩司)

 

・共同事業者:株式会社スペースシフト
・活用ソリューション:電波の照射で地表を観測する「SAR衛星データ」のAI解析
・概要:衛星データの解析で農地の利用状況を調査し、現状のアナログ調査を省力化する
・必要経費:100万円(※衛星データ購入費、AI開発費など)注:これはあくまで事業支援金の金額で、事業全体にかかる経費の金額ではありません


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