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衛星データ活用に新たなルールメイクを!~サグリ【サキガケ】

「D-EGGS PROJECT」の中で社会の新たなルールメイクが必要な事業を検証すべく立ち上げられた「サキガケ」プロジェクト。その代表5社である「サキガケファイブ」のうちのひとつが「株式会社サグリ」だ。衛星データとAIを駆使する彼らのイノベーションは、今まさに既存のルールを変革しようとしている。

宇宙、ルワンダ、農業、貧困……
「世界を変える30歳未満」の使命


「サグリ株式会社」の代表取締役CEO・坪井俊輔(つぼい・しゅんすけ)さんは1994年生まれの28歳。昨年『Forbes Japan』誌による「日本発『世界を変える30歳未満』30人」に選ばれるなど現在世界的に注目を集めている起業家だ。

坪井さんが子供の頃から興味があったのは宇宙。その夢を叶えるため、大学3年生のとき宇宙をテーマに教育事業を行う「株式会社うちゅう」を設立した。2016年には事業の一環としてアフリカ・ルワンダの小学校を訪問。坪井さんはそこで自らが解決すべき課題に遭遇する。

小学校に来てる生徒の親の大半が農家で、とてもアナログなやり方で農業を営んでたんです。そうした状況では当然収穫も上がらなくて。子供たちは親の仕事の手伝いをしないといけないし、中学や高校に通えない子もたくさんいる。この貧困の連鎖をなんとかして止められないか?――それが自分にとっての使命になりました

サグリ(株) 坪井さん
サグリ(株) 坪井さん

ルワンダで目の当たりにした原始的な営農状況、それがもたらす貧困、教育を受けられない子どもたち……そんな状況の改善策について考えていたとき頭に浮かんだのが衛星データの活用だった。

営農状況を改善することで、貧困の連鎖を止められないか?

最初思ったのは衛星データによって農地の状況を可視化し、それを営農に活かせないかということ。どのタイミングで肥料を入れればいいか、収穫が最適な状況はいつなのか、そうした情報を衛星を通じて提供できれば現地の営農水準が上がり、生活も向上するんじゃないかと思ったんです

サグリ(株) 坪井さん

時代もちょうど変わりつつある頃だった。2016年以降、国が独占してきた衛星データが民間に無償公開され、そのデータを活用したビジネスが生まれる下地ができた。坪井さんはそれまで衛星データに触れたことはなかったし、農業に関しても素人だったが、「この組み合わせが貧困を救う!」という確信の下、2018年6月にサグリ株式会社を創業。兵庫県丹波市に拠点を置き事業をスタートさせた。

2016年以降、衛星データが民間に無償公開されるようになった

丹波市では地元の農家さんと一緒にアプリケーションの開発を行いました。日本の農家さんを満足させられないと世界に展開するなんて絶対無理だと思って。衛星を使った土壌分析の開発、あとAIに学習させるための土壌の分析も農家の方に話を聞きながら自分たちでやりました。そんなとき、広島の大信産業さんから声を掛けてもらったんです

サグリ(株) 坪井さん

サグリが「ひろしまサンドボックス」につながるきっかけがここで生まれた。

衛星とドローンのハイブリッドで
農地パトロールを効率化できないか?

 
「大信産業株式会社」は広島・尾道に本社を置く農薬や肥料の卸売会社。昨今はドローンによる農薬散布を請け負うなど、最新技術を積極的に取り込む姿勢を見せている。

大信産業は農業へのドローンの活用に積極的に取り組んでいた

大信産業がアプローチしたのは、彼らもまた映像による土壌解析に力を注いでいたからだった。サグリは衛星、大信産業はドローン。使う手段は違えど土壌解析という目的は同じ。ただ、2019年の初対面時は「いつか一緒にできたらいいですね」ということで協業は実現しなかった。

というのも、この時期サグリは海外事業がメイン。インドにおいて衛星データを用いた農地判定を担保に金融機関から融資を引き出すというビジネスに集中していたところだった。

しかしコロナ禍により、海外への渡航ができなくなってしまう。 

そんなとき行政の方から「私たちは農地が耕作されているかどうか目で見て回っているんです」という課題をいただいて。それを衛星データを使って解決できないか、これまで開発していたAI解析が応用できないか、茨城のつくば市と実証実験を行うことになったんです

サグリ(株) 坪井さん
令和元年度「いばらき宇宙ビジネス事業化実証プロジェクト」に採択される

海外展開を見据えていた衛星データの土壌分析だったが、実は国内にも大きなニーズがあった。日本では「農地パトロール」と呼ばれる農地の利用状況調査が毎年行われており、各地の農業委員会がすべての農地を見て回り、そこがちゃんと耕作されているか、遊休地になってないか確認していた。

しかし少し考えればわかるように、すべての農地を見て回るのは大変な労力だ。人口減少が進む中、このままでは遅かれ早かれ立ち行かなくなってしまう……そこに衛星データを使えないか、行政側からオファーがあったのだ。

サグリはひとまず国内事業に専念することを決め、自治体の要望に応じた専用アプリの開発に着手した。衛星データのAI解析により耕作放棄地を見える化する「アクタバ」だ。そして神戸市や加賀市と組んで実証実験を行っている最中、前述の大信産業から再び連絡が届く。広島で「ひろしまサンドボックス」という実証実験プログラムが行われている。尾道市の課題解決のために一緒にエントリーしないか?という誘いだった。

耕作放棄地を見える化するアプリ「ACTABA(アクタバ)」

普通なら私たちと大信さんは競合になると思うんです。でも衛星には限界があるし、ドローンにも限界がある。衛星データですべてがわかるわけじゃないし、現場に行かないとわからないケースもある。じゃあ最初は衛星で判断して、衛星で確認できないところはドローンでやりましょうということになったんです。私たちはそれを「ハイブリッド型センシング」と呼んでますけど、広島では初めてそのコラボを試しました

サグリ(株) 坪井さん

まずアクタバで耕作放棄地を把握した後、山奥や柵に覆われた農地など行きにくい場所に関してはドローンで確認する――2021年、尾道市(尾道市農業委員会)・JA尾道市・サグリ・大信産業・NTTドコモはコンソーシアムを組んで実証実験を行った。それは大きな成果を残し、2年目となる2022年度、今度は県の「実装支援事業」「サキガケ」に選ばれ、さらなる具現化を目指すことになる。


農地の把握・管理は重要な問題
国が一括で「地図」を作る必要性 


実装の面では尾道市からのフィードバックもあり、アクタバの性能に磨きをかけることができた。

サグリとパートナーシップを組む大信産業の事業企画室室長・田中敏章(たなか・としあき)さんは実証事業の成果について以下のように語る。

大信産業(株) 田中さん

サグリさんには現場の要望に沿ってアクタバを改良してもらいました。一番大きいのは国への報告ができるようにしてもらったこと。これまでは市の農業委員会の方が耕作地の状況を目視で確認し、事務所に戻って結果をPCに手入力してたんです。でもアクタバのデータを国の定めたフォーマットに変換できれば作業量が一気に減る。あとは地図の表示の仕方を変えてもらったり、現場状況をメモする音声入力機能を追加してもらったり。2022年の実装実験では前年の結果を受けて改良したアクタバを使用しました

大信産業(株) 田中さん
現場の声によってアクタバをブラッシュアップ

大信さんや尾道市さんは製品のことを真剣に考えてくれるパートナー。製品に対して「ここはこうした方がいい」「こういう機能があった方がいい」と意見をもらえるのはサービスプロバイダーとしてありがたい限りです。さらに尾道市さんは知名度のある自治体。そこが取り組んでいるということで私たちの周知も広がり、多くの人に価値を認めてもらいました

サグリ(株) 坪井さん

実証実験で手応えを感じたことで、2022年5月、尾道市と世羅町は日本初となる「衛星データとドローンによる農地パトロール調査」の導入を発表。その取り組みはデジタル庁のポスターに取り上げられるなど注目を集め、今や尾道市には多くの自治体が視察に押し寄せている。

尾道市の取り組みはデジタル庁のポスターに採用された

一方のサキガケ事業では、サグリは新たなルールメイキングを提唱する。

まず毎年農地の全国調査を行うこと自体がどうなのかというところはあります。農地法30条に「すべての農地を見回らなければならない」「国に報告しなければならない」と記されてて、今は義務になっている。ただ、現場の効率化は進んでないし人件費もかさむばかり。多くの場合、市町村の農業委員会がその負担を被ってます。調査自体が必要なのかということも含めて検討が必要だと思います

サグリ(株) 坪井さん

現行の農地パトロールは実施に多大な負担がかることも含め、さまざまな課題を抱えている。しかし少しずつだが変化の兆しも見せている。2022年6月には農地パトロールの調査要領が変更され、これまでは実際に現地に出向いて目視することが必須だったが、衛星データやドローンを使った「画面上での目視確認」も許容されるようになったのだ。

それはポジティブな変化ですけど、ただ調査自体は今も行われているわけで。私としては、いまだに太閤検地みたいなことを続けている状況に疑問を感じます。今これだけ食糧安全保障が謳われている中、国として農地を把握し、どう活用していくかというのは避けて通れない問題だと思うんです。そのために必要なのはベースとなる地図。今は各自治体がバラバラで作ってるけど、国が責任をもって一枚の地図を作れば各自治体が苦労してアップロードする必要はなくなるわけです。私たちは衛星データを解析する技術とそれを地図に落とし込むGIS(地理情報システム)技術を持っているので、その両面で力を発揮して将来的な事例を作っていきたいと考えてます

サグリ(株) 坪井さん
長期的視点でサグリが見据えるのは衛星による「地図」の作成だ

農地パトロールの問題は国としていかに地図作り、国土や農地の状況を把握するかということにつながっていく。今さらそこにマンパワーを割くわけにはいかない。衛星データ、AIの活用で統括的に地図を作成する必要性を坪井さんは強く訴える。

そのあたりは今回サキガケに選ばれたことで強く意識するようになりました。今の状況に対して誰もが悩んでるし、しがらみも存在する。私たちは民間としてそこをどうサポートできるか考えながら今は開発に臨んでます

サグリ(株) 坪井さん

問題を突き詰めていくと国のシステム変更にぶつからざるを得ない。相手はあまりに巨大だが、しかし最終的には必ず効率性・技術力が評価されるはず――それを信じて開発を進めるサグリが秘めるソーシャルインパクトは想像以上に大きいものがありそうだ。

社会を変えていくためには
フロントランナーが重要

 
そうしたルールメイクの最前線で戦う傍ら、今回の実装事業から新たなプロジェクトもスピンアウトした。2022年5月、大信産業とのタッグはそのままに、三栄産業、岐阜大学とパートナーシップを組み、「ひろしま型スマート農業推進事業(ひろしまSeedBox)」にエントリーしたのだ。

これは営農に関するソリューションになります。広い土地を耕す農家さんがどう営農体系を整えていくかという実証実験の中で、私たちは衛星データに紐づいたアプリケーションを提供します。具体的には水の管理。これまで水田の水管理は目視で確認して、ため池の水門を開閉して調整してたわけですけど、それを衛星データを使って行えないか。あと土壌や稲の生育状況の確認もデジタルでできないかチャレンジしています

サグリ(株) 坪井さん
サグリと大信作業との協業は拡大を続けている

「ひろしまサンドボックス」では耕作放棄地の確認だったが、「ひろしまSeedBox」では稲の育成管理。衛星データの活用範囲は今も急速な広がりを見せている。

最後に、この2年間の「ひろしまサンドボックス」での取り組みについて坪井さんは何を思うのだろう?

サグリにとってはアクタバを成長させることができた非常にありがたい機会でした。採用時点では技術先行で、現場の課題感などが掴めていなかったのですが、実証~実装というプロセスを経る中でしっかりお客様に向き合うことができた。この2年間でビジネスの形まで到達できたのは広島での取り組みのおかげだと思います

サグリ(株) 坪井さん

今回の取り組みによって、尾道は衛星データを使った農地パトロールのフロントランナーとして大きな注目を集めている。

フロントランナーって物事を変えていく上で非常に重要だと思います。私たちだけでは何も社会を動かせないわけで、そんな中で尾道市さんはアクタバを購入してくれて、活動してくれて、それを他の自治体にも積極的に宣伝してくれている。今後アクタバは広島でブラッシュアップされた製品として他の地域に広がっていくと思います

サグリ(株) 坪井さん
尾道市の平谷祐宏市長らと記念撮影

広島で力を付け、実装された技術が周囲を席巻し、やがて国を動かすまでになる。まさにサキガケ。今ここで行われているのは、アカツキの空に日本の未来を照らし出す明けの明星を浮かべることなのかもしれない。


●EDITOR’S VOICE


冒頭にも書いたように、坪井さんは弱冠28歳。『Forbes Japan』誌が選ぶ「日本発『世界を変える30歳未満』30人」に選出された人物。大学3年生のときに起業して6年間でここまで来たというスピード感、事業のスケール感、そしてこれでまだ28歳というタイム感には本当に驚かされます。みなさん28歳のとき、何してました?

サグリさんのプロジェクトが面白いのは、そんな宇宙規模の超先端技術の実装が、尾道の70歳前後の農業委員会のみなさんと一緒に行われたところ。タブレットに触ったこともなかった人たちが衛星データを扱い、業務を変革させていく。これがDX。「社会が変わる」「世界を変える」ってこういうことかもしれません。

そんな尾道市での実装支援事業の詳細を追ったレポートは以下からどうぞ!

 (Text by清水浩司)

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