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本当においしい広島の味を国内外に!~「カクイチ横丁」「ATORA」の挑戦

コロナ禍によって食を巡る状況は大きく変化した。内食が増えたことにより、テイクアウトやデリバリー、ECが伸長。それにともない冷凍食品等の技術も格段に向上している。まさに食の転換期にあたる今、海外も視野に入れた広島産高品質食品の開発が進んでいる。

瞬間冷凍技術を使って
コロナ禍を乗り切る!

 
「カクイチ横丁」という名前のECサイトを知っているだろうか。「広島の隠れたグルメ専門店」と銘打っていて、メッセージ欄には「広島の食価値の最大化と世界と次世代へ」というミッションが書かれている。

「お店から選ぶ」というバナーの下には「広島中華そば 陽気」「燻製シマヘイ」「てっぱんや 夢希」といった人気店の名前が並び、「作り手から選ぶ」というバナーの下には「原田製麺」「大前醤油」「中央卸売市場 吉文」といった老舗の名前が並んでいる。パッと見ただけで広島産のしっかりとした商品を扱う、こだわりのセレクションが感じられる。

実際、取り扱う商品は生牡蠣、お好み焼き、広島牛を使用したハンバーグ……などMade in Hiroshimaの商品ばかりだ。

カクイチ横丁のHPの様子。広島産の逸品が並んでいる

そんな中で気になるバナーがある。上部に置かれた「とれたて出来立て“超瞬間凍結”」……一体何だろうと思ってクリックすると、ズラリとリストが出てくる。「Hiroshima_oyster 365」「Re soup —広島の手作り野菜スープ—」「廣島肉百貨 —広島のブランド肉をできたてで—」「廣島麺世界 広島の麺の名店の出来立てを世界中で」など。牡蠣にスープに肉に麺……どうやら超瞬間凍結という技術を用いて、広島の味を密封したものらしい。

なんと生牡蠣も瞬間凍結。右下にしっかり「生食用」の文字が

今回「Hiroshima FOOD BATON」に採択された「株式会社ATORA」は、このカクイチ横丁を運営している「有限会社seeds」の代表取締役・小野敏史(おの・さとし)さんが食品加工&商品開発のため2020年8月に発足させた会社である。

ATORAをはじめたきっかけはコロナです。コロナになって飲食店には助成金が出たけど、僕らみたいな流通業や作り手には出なくて。みんな80%くらい売り上げがダウンしたんです。それで原田製麺の原田(佳典)くんと「どうしようか?」って話して。このままだと市場も冷えるし、農家さんたちも収穫した作物を大量に廃棄しないといけない。そんなとき知り合いの「キング軒」の社長が店のセントラルキッチンとして使ってたこの工場を手放すから買わない?って言ってきて。それで瞬間冷凍の技術を使って新たな商品を作れば、作り手の人の売上になるし農家さんの廃棄ロスもなくすことができる――そう思ってやってみることにしたんです

(株)ATORA 小野さん

ちなみにキング軒は今や広島の名物である汁なし担担麺の専門店で、原田製麺は広島の有名店に麺を納める創業70年を超える製麺所。原田製麺の原田佳典(はらだ・よしのり)さんも取締役としてATORAに参加している。

ATORAを経営する小野さん(右)と原田さん(左)

ウチは製麺所だからいろんな飲食店さんと付き合いがあって。飲食店は助成金がもらえるけど、通販含め店以外に新しいことをやりたいという店舗も増えてきたんです。となると、ここでは冷凍調理ができるので、ここで作ったものを卸すことができるのかな、と

(株)ATORA 原田さん

あと僕たちの強みは商品の出口を持ってること。カクイチ横丁っていうECもあるし、県内外の百貨店やスーパーとも取引してるので商品ができれば売り込むことができる。当時はネットが伸びる時期だったので、これで拡大する市場と縮小大する市場の両方が押さえられると思ったんです。まあ、あの時期は成功するかどうかより「とにかくやらなきゃ!」って感じでしたけど

(株)ATORA 小野さん

そんな切迫感の中、ATORAでの商品開発がはじまった。

新たな機器を導入し
高品質少量生産を実現

 
現状を打破するために小野さんが思ったのは「少量で品質にこだわった工場ができればすべての問題が解決する」ということだった。

これまでも商品開発はやってたんですけど、ほとんどの工場が大量のロットしか受け入れてくれなくて。OEMとかPBみたいな形で、どこかに委託するしかなかったんです。でも自分たちで工場を持つと、作りたいものを作りたいぶんだけ作れるようになる。逆に工場を持ったことで飲食店や生産者さんから「こういうの作れないかな?」っていう相談を受けるようになりました

(株)ATORA 小野さん

自社工場での高品質少量生産のカギになったのが、前述の瞬間冷凍技術だった。液体急速凍結機「凍眠」の導入によって、鮮魚や牡蠣といった生鮮品も新鮮なまま保存できる上、ラーメンなどの調理済み料理に関しても「真空パック × 急速凍結」の併用でできたての味を閉じ込められるようになった。つまりホンモノの味の密封・販売が可能となったのだ。

プロのシェフが作ったローストビーフやハンバーグも急速凍結

僕はこの技術によって一回市場が壊せるんじゃないかと思うんです。これまで家庭用と業務用の商品は設計が違ったけど、この技術を使えば有名フレンチのシェフが作った料理を家庭でも楽しめる。それは大きな変化ですよ

(株)ATORA 小野さん

そして2022年、ATORAはHiroshima FOOD BATONに採択された。FOOD BATONの資金援助によって行われたのは工場にある加工機器の向上だ。

まず真空機を購入しました。これは袋に入れた食品を真空パックする機械で、おかげで複数を同時にパックできるようになりました。あとこれまで工場では手作業が多かったのですが、撹拌機を購入したことで餃子のあんづくりが簡単になり、さらに業務用ミキサーを導入したことで温野菜をそのままスープにできるようになりました

(株)ATORA 原田さん
ひろしまフードバトンの補助金で購入した業務用真空包装機

ATORAがHiroshima FOOD BATONで取り組んでいるテーマのひとつ、フードロスの削減はそのスープ開発において試されているものだ。 

僕たちが作ってる「Re soup」はすべて広島産の野菜を使ってて。農家の方に話を聞いたら、作った作物の4割近くは廃棄してるらしいんです。特に葉物などはすぐダメになるんで。でも瞬間冷凍を使えば、野菜の旨味や栄養分を閉じ込められる。農家さんとしては廃棄してた作物が販売できるようになるので、利益が拡大するわけです。あと、捨てられている野菜を使ってスープを作るということは環境にも優しいですからね

(株)ATORA 小野さん
ATORAのブランドのひとつ「Re soup」。自然環境にも優しい商品だ


本当においしい日本食を
世界に届けたい!


瞬間冷凍技術を用いた「うまいもの」の開発、高品質・少ロット生産、地球環境に優しい商品企画……ATORAの特徴はいくつもあるが、もうひとつ特筆すべきはグローバルな展開を意識しているところだろう。小野さんは「広島産FOODの世界進出」という視点を強く持っている。 

もともと「広島のいいものを世界に」っていうのがカクイチ横丁のコンセプトだったんです。それをアイデンティティとして10年近くやってきてるので、広島が県として打ち出していきたいことと重なる部分があるんです

(株)ATORA 小野さん

まったくの偶然だが、この日は彼らのビジネスパートナーがパリから訪れていた。ランガマ・クレモンさんはパリを中心に和風居酒屋や弁当販売など日本食事業を展開する「EDOSTAR」社のサプライチェーン・マネージャー。

たまたま来広していたクレモンさん(左端)。携帯の同時翻訳で会話に参加

EDOSTARはパリで「Hana Bento」という弁当事業もやっていて。最初は2店舗だったけど今は5店舗まで拡大して人気なんです。1日200食くらい出てますからね。そのおかずの総菜をウチが輸出してるんです。パリでは弁当の値段が1つ2,500円! それは日本食だからじゃなくて、フランスのランチの相場がそれくらいなんです。ウチから仕入れることで彼らはシェフがいらないし、僕らにとっては利益が大きい。お互いいいことばかりです

(株)ATORA 小野さん

Bentoは日本好きな人たちに人気です。私から見て日本食のクオリティは高いです。Bento人気の理由は、いろんな味のおかずが一度に楽しめること。フランスでは一度の食事でおかずは1つですから

EDOSTAR クレモンさん
「Hana Bento」のHP。多種類のおかずが楽しめるスタイルがフランス人にヒット

なんとフランスの弁当のおかずを広島産の総菜がまかなっているとは! さらに円安の余波も受け、利益率が高いというメリットも。

ATORAを設立した目的のひとつはこうした海外展開のためなんです。これまでは海外に加工食品を送る際、どうしても味が落ちてしまって。だけど瞬間冷凍を使えば広島の味を鮮度を落とさないまま届けることができる。フランスにしろイギリスにしろ日本の飲食店のクオリティはちゃんと伝わってなくて、それを届けることができれば日本食の価値は大きく跳ね上がると思うんです。僕はクレモンたちと一緒に本当においしい日本食を届けるビジネスモデルを確立したいと思ってます。この冷凍技術があれば、フランスに店を作らなくても、日本のお店を海外に持っていけるようなものですから

(株)ATORA 小野さん

今はEUの厳しい衛生管理規約をパスするため試行錯誤を続けているが、冷凍技術の革新が食のグローバリゼーションを引き起こしているというのは驚くべき事実である。

広島の味を楽しんだ後
実店舗にも来てほしい

 
グローバル化の波は輸出だけに留まらない。 

広島でもインバウンドの海外観光客が戻ってきてますよね。でも広島にはヴィーガンやハラル、ベジタリアンといった人たちに対応できる店がない。そうしたメニューを飲食店1軒1軒で開発するのは大変です。だったら僕たちがそれらの料理をプロデュースして、それを広島ブランドとして展開できればいいと思うんです

(株)ATORA 小野さん

今回Hiroshima FOOD BATONに参加したことで得られたものは何だろう?

いろんなつながりができたことが大きいです。たとえば「ファーマーズコレクション」の竹内(正智)さんとか。以前から知り合いではあったけど、同じFOOD BATONの採択者ということで密に仕事するようになって、いろんな農家さんに買い付けに行ってもらって。そこから農家さんにいろいろ話を聞いて、生産者の方の現状を知れたのも大きいですね

(株)ATORA 小野さん

小野さんはATORAの拡大によって、広島の農業が盛り上がるビジョンを描いている。

こうした広島産の商品の市場規模が拡大することで、その材料を担う農家さんや畜産家さんに流れるお金も増えるはずなんです。いま商品で使う食材はどんどん広島のものに切り替えてます。こうした動きが加速することで生産者さんの意識も変わると思うし、利益の還元も進んでいくはず。あと僕たちは広島に特化した事業を行ってますけど、今回選ばれたことでその価値を再認識できました

(株)ATORA 小野さん
カクイチ横丁は実店舗も展開。写真はettoにある宮島口店

あくまで基本は広島愛。広島の価値が世界に通用するという信念に揺るぎはない。

原田くんとも5年前、最初に会ったとき「広島の中華そばを県外や海外の人たちに知ってほしい」という話をして、そこから一緒にやらせてもらうようになったんです。そこから江波の「陽気」のラーメンの冷凍食品をテストしたけど、全然うまくいかなくて……本当にここ半年、急速冷凍を導入したことでやっと形になったんです。まずはこれで広島の味を県外の人に楽しんでもらって、次は広島の実店舗に足を運んでほしい。そういう循環が起こるようになればいいなと思います

(株)ATORA 小野さん

これを読んで陽気のラーメンが食べたくなった人は、カクイチ横丁に行けばいい。世界中のどこにいても正真正銘「広島のあの味!」に出会える時代がやって来たのだ。

すべてのはじまりの名店「陽気」。もちろん麺は原田製麺

●EDITOR’S VOICE

まったくのサプライズでした。パリからやって来たクレモンさんの登場。たまたま来広してたからということで取材現場にも同行したクレモンさん。小野さん、原田さんと私の会話をGoogle Translateアプリでリアルタイム傾聴。こっちもアプリを使っていろいろ質問。急な展開で焦りましたが、おかげでATORAさんの活動のグローバル具合がリアルに伝わってきました。

しかしパリではランチの弁当が2,500円って! いつの間にか世界は大きく変わってるんですね。ポストコロナ時代がすでにはじまっていることを痛感させられた取材でした。

(Text by 清水浩司)