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【や】 辞め時

夏休みのある日、誰もいない第一小学校の視聴覚室で、ある会議が行われていた。

メンバーは第一小学校の生徒会長の森本くんと男子メンバー3人、第二小学校の生徒会長の大谷さんと女子メンバー3人の計8名である。

今年の秋の運動会は史上初の第一第二小学校合同開催で行われることが決定され、競技ごとの開催場所や運営資金の配分など、お互いの学校間での様々な調整が必要で、それぞれの小学校から代表者が選ばれ、秋の大運動会開催運営委員会が結成されて、その第一回目の会議である。

森本くんは、昨年大成功に終わった第一第二小学校合同開催の文化祭の総責任者でもあって、その粘り強い交渉術と大胆な手腕が評価されて、各々の小学校の校長先生から、今回の運営委員会の代表責任者に選ばれた人物である。

大谷さんは第二小学校ナンバー1の成績優秀者で、邪念のない聡明な眼が印象的な美人という、まさに才色兼備。それにも関わらず人当たりが良くて、誰とでも同じ目線で話ができるスーパー女子である。昨年の合同文化祭では森本くんの右腕として男女間の意見のズレなどを見事に調整し、まさに男女平等の世界観を文化祭にもたらした人物である。

森本くん:「大谷さん、この間の文化祭はありがとう。おかげですごくうまくいったよ。」
大谷さん:「森本くんがいなかったらあんなにみんなが一丸となって頑張れなかったと思うわ。こちらこそどうもありがとう。」
森本くん:「今回の大運動会なんだけど、考えてるアイディアがあるんだ。今までの運動会って男子は騎馬戦、女子はダンスが目玉になってるじゃない?今回はその性別の垣根を超えて、騎馬戦もダンスも男女混合にするのはどう思う?この間の文化祭で表現したようなイメージなんだよね。」
大谷さん:「それはいいアイディアだと思うわ。ダンスも女子的なしなやかさに男子の力強さが加わったら新しい表現が生まれるような気がする。ただ、騎馬戦は少し調整が難しいかもしれないわね。」
森本くん:「そうなんだよ。僕もそこが難しいと思っていて、高学年にもなれば、女子も男子の騎馬に乗りたくないっていう人もいるかもしれないし、男子も恥ずかしがっちゃう人が出ると思うんだよ。女子騎馬対男子騎馬の戦いっていうとなかなか女子では勝てないと思うんよね。体格差もあるし。でも男子の騎馬に乗った女子騎士が男子だけの騎馬を颯爽と倒すっていう光景は、盛り上がるんじゃないかっていう気がするんだよね。」
大谷さん:「確かに女子の騎士が男子の帽子を奪い去るっていうイメージは盛り上がること間違いなしだし、これからの時代を反映する新しい試みでもあると思うわ。ちょっと先生や女の子にも意見を聞いてみるのが先かもね。少し時間をもらってみんなの意見も聞いてみましょうか。」

ここで第二小学校の女子スタッフから意見が出てきた。

A子:「私は背の高い男子の騎馬に乗ってみたい!!なんか高くて楽しそう!!」
B子:「えー、私はちょっと恥ずかしいなぁ。最近太っちゃったし男子が持ち上げられなかったらどうしよう・・・笑」
C子:「B子ちゃんだったら、男子の騎士が乗っても大丈夫なんじゃない?笑」
B子:「ちょっとー!!それは言い過ぎなんじゃない?!C子ちゃんだってあんまり私と変わらないと思うよ笑笑」
C子:「最近食べ物が美味しくて困っちゃうのよねー。まさに育ち盛りっていう感じ笑笑」

大谷さん:「ちょっとあんたたち!笑笑。もうちょっと真剣に取り組んでもらわないとダメでしょ!考えてるよりナイーブな問題よ、これ。お父さんやお母さんたちの感じ方だってあるしね。」
森本くん:「そうだね、やっぱり男女両方の意見や、先生たちの意見、自分のお父さんやお母さんにも聞いてみないとダメだね。それにしても大谷さんのお友達はおしゃべりが好きだねー笑。会議が長引いちゃうよ笑。」
大谷さん:「あの子達はいつもこんな感じなの。ごめんね笑笑」

次回までにいろいろな人たちの意見を集めて方向性を決めようという結論で会議は終了し、運営委員はそれぞれの自宅に帰っていった。

翌日、週に一回発行されている第一小学校の学校新聞の一面にこんな題字が踊った。

「森本生徒会長が女子蔑視発言!!女子がいると会議が長引くだけ。第一第二小学校合同大運動会開催に暗雲??」

早速大谷さんから森本くんに電話があった。

「森本くん、新聞見たわよ。なんであんなことになっちゃったの?」
「うちの新聞部の部長は山本っていうんだけど、前回の生徒会長選挙で俺に負けて左派的な新聞部を作った奴なんだよね。個人的な恨みなんだろうけど、朝から女子が誰も口聞いてくれないし、なんか変な雰囲気になっちゃっってるよ。まあでもこんなことでせっかくの合同大運動会がダメになっちゃったらもったいないから、これからも力を貸してもらえないかな。」
「そういうことだったのね。大変だけど力を合わせて、運動会を絶対成功させましょうね!」
「ありがとう。すごく力強いよ。なにがなんでも開催させようね!!」

その翌日、同じく週に一回発行される第二小学校の学校新聞の一面にこんな記事が掲載された。

「合同運動会開催女子委員がハレンチ発言!!今度の運動会で高身長男子に跨りたい!!大谷生徒会長は発言を容認か?」

「大谷さん、新聞見たよ。なんでこんなことになっちゃってるの?」
「森本くん、連絡ありがとう。うちの新聞部の部長、レンちゃんっていうんだけど、いつも勉強の成績が2番で、私をライバル視しているところがあってね。なんかそういう個人的な憂さ晴らしでこんなことを書いたみたい。私はいいんだけど、A子ちゃんが傷ついちゃって、それが悲しいの。」
「そうだったのか・・・。女子にこんなことするなんて、許せないね。僕に出来ることがあったら力を貸すから、ちゃんと抗議しない?」
「うーん、でもこんなつまらないことでいちばん大事な大運動会が開催できなくなっちゃったら元も子もないから、私はスルーするわ。相手にしてても時間の無駄だし、みんなこんな記事を信用するわけないと思うしね。」
「そうか。とにかく大谷さんは悪くないんだから、気にしないで。いっしょに頑張って大運動会を成功させよう!」

その同日、第一小学校の校長室にひとりの母親が怒鳴り込んできた。

「校長先生!新聞見たザーマス!この森本っていう生徒会長、一番年長の6年生だからって、こんなふざけた発言はいまの世の中にふさわしくないザマス!校長先生はジェンダーっていう言葉をご存知ザマスか??5年生のうちの娘をこんな生徒会長のもとで生活させるのはまっぴらザーマス!!娘の将来に影響が出るザマス!!すぐにこの森本とやらに謝罪させて、辞任させないとPTAを動かして、抗議運動を行うザマスよ!!」

校長先生は、このおばさんをなんとかなだめて引き取ってもらったあとに森本くんを呼び出して、事の経緯を聞き出した。
校長先生の眼をまっすぐ見ながら、事実を正直に話した森本くんに対して、校長先生は頭をなでながらこう言った。
「森本くん、君の役割は大運動会を成功させることだよ。先生は君から聞いて事実がハッキリとわかった。あまりつまらないことは気にしないで、全力で開催に向けて頑張りなさい。」

「大谷さん、今日校長先生と話してきたよ。小さいことは気にしないで合同運動会の開催に向けて精一杯頑張れって言われたよ!」
「それはとっても心強い言葉をもらったわね。早速運営委員会の会議を再開させましょう!」

その翌日、第二小学校の校長室にひとりの母親が訪れていた。

「小学校6年生で、耳を覆いたくなるようなハレンチ発言があったという記事を拝見しました。うちの息子はまだ若い3年生。生徒会長の取り巻きにこんなハレンチな6年生がいるだなんて、ちょっと信じられません。正直なところ同じ空気を吸わせるのにも嫌悪感を抱きます。こんなハレンチ6年生に付きまとわれでもしたら、うちの息子の将来も不安です。なんでも合同大運動会の運営委員であるとのこと。責任者の大谷生徒会長に事実関係を明らかにさせて、謝罪を促すのが教育者としての立場なのではないでしょうか?その態度によっては、責任者の辞任および大運動会の開催も見直すべきなのではないでしょうか。」

女性の校長先生は、後で本人から確認をとった上でご返答しますと丁寧に対応して母親に引き取ってもらったあと、大谷さんを呼び出した。

「今日生徒のお母さんが先生のところに来て、昨日の新聞のことについてお話をしていったわよ。先生にどんなことがあったのか話してくれるかな。」

大谷さんは聡明な眼差しで校長先生をしっかりと見据えながら、事実を丁寧に説明して、A子ちゃんを傷つけてしまってことに対しても、なんとかしてあげなければならないとと先生に伝えた。

「大谷さん、正直に話してくれてありがとう。先生も女性だからよくわかるんだけど、あなたのような女の子には、これからも同じような試練が訪れるかもしれないわね。でも先生はあなたが嘘を言っていないことがハッキリとわかったわ。あなたは決して間違っていない。自分の信じたことをやり遂げなさい。先生は応援してるからね。」

「森本くん、私も今日校長先生に呼ばれたわ。応援してくれるって言ってくれたから、また頑張れそうよ。でもね、なんか誰かのお母さんが校長先生のところに行って文句言ってたみたいなの。細かいことは先生が話してくれなかったけど。」
「大谷さん、僕もあとから聞いたんだけど、うちの校長先生のところにも誰かのお母さんが行って、新聞記事の話をしたみたい。なんだか子供だけの問題じゃなくなっちゃってるのかも知れないね。」
「一度ふたりだけで話をしない?これからどうやって開催に向けて進んでいけばいいのか、ちゃんと整理しておきたいと思うの。」
「僕も賛成だな。ふたりで意思統一をしておかないと、別の知らない人たちが開催をぶち壊しちゃうかもしれない。どこで話をしようか。この間のうちの学校の視聴覚室でもいい?」
「いま学校でふたりで話をしてるのがみんなにわかっちゃったら、また変な記事になっちゃうかもしれないわよ。いまでもどこから情報が漏れたかわからないままだし。うちの家族でよく行くカラオケボックスがあるんだけど、そこでどうかしら?お母さんに事情を話して、お金はもらってくるから。」
「それもそうだね。僕もお母さんに話して、お小遣いをもらっていくよ。じゃあ明日。」

ふたりがカラオケボックスで話し合った翌日、ネット上にある学校の掲示板にこのような記事が掲載された。

「第一小学校の女子蔑視生徒会長と第二小学校のハレンチ生徒会長が、ふたりでラブラブ密会!!カラオケボックスの密室内でなにが起こっていたのか??大運動会開催の責任者、6年生どうしのちょっと大人な関係。」

この記事には写真も掲載され、ふたりの顔は目の部分が黒く塗られていた。同時にここのカラオケボックスの店員のインタビューまでご丁寧に掲載されていた。

「女性の方はよくお見かけするのですが、男性は初めてのお客様だと思います。2時間のご利用でしたが、特に歌っているような音は聞こえませんでしたので、ちょっと変だな?と思っていました。女性はオレンジジュースを2杯、男性はコーラを3杯ご注文されましたが、ドリンクをお届けしたときには2人で真剣になにかお話をされているようでした。小学6年生とはいえ、カップルでのご利用でしたので、今後なんらかの問題が起こる可能性は否定できません。いままでは特に年齢制限は設けておりませんでしたが、今後小学生以下のお客様だけのご利用はお断りする方針です。生徒手帳など年齢がわかる証拠の提示と、どうしてもご利用したい場合は両親及びそれに準ずる監督者の同行をお願いする予定です。」

この掲示板は荒れに荒れた。

「女性蔑視」「ジェンダーレス」「ハレンチ発言」「ラブラブ密会」「小学生の恋愛」「大運動会の開催」など、これだけのネタが詰め込まれているのだ。燃えないわけがない。

しかしこの掲示板に寄せられたコメントのほどんどは当事者や学校関係者ではなく、暇を持て余している第三者によるもので、会ったこともない人を攻撃するのが趣味という異常性格者やヒステリックなフェミニスト、エロ記事にはとにかくコメントするような奴ら、ろくに勉強もしていないのに女性の権利だけを主張する連中や性の若年化を面白がるような馬鹿ばかりで、真っ当な人間には見るに耐えない掲示板になっていた。

通報によりこれを発見した学校サイドのサイト運営者は即時投稿やコメントをすべて削除したが、馬鹿がSNSで拡散した情報は学校内の掲示板では収まらず、日本の全ての馬鹿たちに届いてしまっていた。

森本くんと大谷さんのご両親は、子どもたちから情報を聞いていたので、すぐに彼らにこの掲示板を閲覧することを禁じ、しばらくSNSから遠ざかるように指示をした。

森本くんや大谷さんはまだこの掲示板を見ていなかったのが唯一不幸中の幸いだったが、すでにSNSで拡散されてしまった記事や写真は半永久的に存在し続け、いつ誰からこのSNSを見せられるかわからないという不安は、ご両親をも悩ませ続けることになってしまった。

翌日森本くんと大谷さんのご両親は、各々の学校の校長先生を訪ねて、秋の合同大運動会の開催運営委員会責任者の辞任を申し出た。

「子どもたちは未だに合同大運動会の開催に向けて努力したいと強く願っていますが、このような状況になってしまった以上、彼らを表舞台に立たせ続けることは、親として許可できることではありません。開催を楽しみにしていた子どもたちや親御さんのみなさんには大きなご迷惑をおかけすることになることは理解していますが、もう耐えきれる状態ではありません。子どもたちを合同大運動会の運営責任者から辞任させていただきたくお願いいたします。しかし、子どもたちはまだ合同大運動会の開催を諦めていません。ぜひとも校長先生のお力添えで、なんとか開催にこぎつけられるよう、強くお願いしたいと思います。」

しかし校長先生たちの懸命の努力も虚しく、優秀なリーダーを失ってしまった運営委員会にはすでに情熱が残っておらず、また何か意見や冗談を言うと切り取られて晒し者にされるかもしれないという恐怖感も消し去ることができずに、合同大運動会は中止に追い込まれてしまったそうである。




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