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阿成「野百合小学」『作家』2013年第5期

阿成の「軽風拂面」の中の3つの連作「草根飯店」「老秦」の最後「野百合小学」である。正直な読後感としては、前の二つに比べて、短いお話の割には登場人物が多く、話が少し散漫になっているように思えた。『中国当代文学経典必読 2013短篇小説巻』百花洲文芸出版社2014年2月pp.21-24から採録した(原載『作家』2013年第5期)。以下のような話である(見出し写真は新宿御苑)。

 野百合小学というのは野百合の荒れ地に建てられた小学校ということで、このように呼ばれている。
 しかしこの名前にはつぎのような悲しい話が伝わる。昔ここには朱という姓の人が3人で住んでいた。百合という女の子がいてそれは美しかったが、彼女は情も厚いがとても恥ずかしがり屋だった。彼女は、彼女の家に短期間働きに来た若い男の子をこっそり見つめていた。8月15日の中秋の節句の夜、夕食後、男の子は庭に出ていた。彼はここに百合が来てくれたら、このままここにとどまろうと思っていた。両親が、庭に出て男の子と一緒に話をすることを勧めたが、彼女は窓から外をみるだけで動こうとしなかった。秋になり、男の子は家が恋しくなった。帰る段になって、両親は百合に、来年春になったら、また来てくださいと言うようにと勧めた。男の子は、後ろで百合が彼を見ていることを知っていて思った。彼女が来年春また、って言ってくれたら、「必ず戻ってくるよ」と言おうと。でも彼女は、顔を赤らめたまま家の中から動かなかった。目に涙があふれたが無言だった。男の子は歩いて、やがて雪の中で姿がみえなくなった。
 やがて冬が過ぎ春が来て、野百合が原野を埋めつくしたが、男の子は現れなかった。やがてまた中秋が過ぎて、そして朝起きると雪の世界の季節になった。
 百合は憔悴しきっていた。それを見た父親は、待つことはない、人を介して彼に話そうかと、百合に言った。そして話を託した人がそれから3日後に戻ってきて話した。あの男の子は、8月15日の中秋の節句に結婚していたと。
 その話を聞いた百合は、その夜、首吊り自殺した。両親も間もなくこの地を離れた。そして百合の家が、野百合の中に残された。

 村に新たに来た支書(支部書記)はその場所を踏査して、村の小学校を立てる場所に良いと判断した。もとの百合の家を修繕、増築し、机・いすを整えた。周という名の先生を雇い、また炊事と守衛を兼ねた人を雇い、自身も学校敷地内の小屋に住み込んだ。なお学校の中は、周先生の宿舎、守衛さんの小屋もある。
 ところが支書は驚いた。住み込んで数日後から、毎日のように深夜、学校の門の方から音がする。加えてどこかの屋内で人が話す声が聞こえる。
 そこで支書は、次の日の早朝、炊事と守衛を兼ねた人のところに乗り込んだ。ところがこの人が、夜回りせずに熟睡していたことがわかり、大目玉。夜回りの強化を約束させた。
 支書は、数日、県の会議があり学校を離れたあと、炊事と守衛を兼ねた人から報告を受けた。夜になると、村の旦那さんを無くした若い女の人がひそかに学校に来て、周先生の宿舎に泊まっていると。
 それは確かなの?
 炊事と守衛を兼ねた人はしっかりうなづいた。

 周先生はもともと無口だが働きもののいい先生だった。でも最近変わったことがある。話し好きになり、子供たちとの関係がとてもよくなった。
 しかしさらに最近、周先生がさらに変わったことに支書は気が付いた。周先生が村の人に対して、とても緊張している。そして夜、学校の門から音がしなくなった。炊事と守衛を兼ねた人は、顔を赤らめて、あの女の人は来なくなりましたと報告した。支書が、二人とも独り身だから二人が付き合っても問題ないのではというと、炊事と守衛を兼ねた人は「ここは農村ですから」と言葉を濁した。
 その後、夜になると周先生が二胡を引く音がしばらく響いたが、それは悲しい音だったがそれも途絶えてしまった。

 支書は心の中で思った。同志諸君、同郷の皆さん、百合の悲しい物語を再発させてはなりませんと。
 支書は、周先生と旦那さんを無くした若い女の人に、結婚を「命令」した。支書が仲人になり、炊事と守衛を兼ねた人が結婚の証人を勤めた。村の人が驚いたのは、立派な料理(東坡肉)がでてきたことだ。炊事と守衛を兼ねた人は若い時、レストランで料理長を務めたことがあっただけでなく、女の人について自身も苦い思い出があった。「泣きながら料理をつくってましたよ」と支書に報告する人がいた。彼にも悲しい物語があって泣いているのだからそっとしてやってと、支書は答えるのであった。

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コメント:野百合小学まで読んで、3つの話のつながりが見えてくる。野百合小学は第二話の「老秦」の悲恋の話を、ハッピーエンドに代えている。3つの話は、それぞれ短いけれど、描かれている時間のスパンは長い。「草根飯店」と「老秦」は、連綿とした人の誠意の話と思える。いずれも架空の話。でもそれぞれ味わい深い。物語をハッピーエンドにするには、どうすればいいか。その知恵が三つの話をつないでいる。


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