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王軍「人生而立」『北京文学』2019年第6期

 中国では官僚を選抜して大学院に送り、修士号や博士号を取得させたあと、重用する習慣がある。日本でも官庁や大企業では、海外の大学院に留学させることがあり、このやり方は理解できなくはない。しかし官僚としての事務的能力と、語学力や論文をまとめる力は異なるものではないかと、個人的には思う。あるいは狙いはそもそも学術的能力ではなく、エリートとしての共通の経験や人的つながりを得させることにあるのかもしれない。ところで大学院に送り込まれて、成果をあげねばならないプレッシャーは高い。他方、大学という組織は、規則で固められたところで、しばしば規則に触れた人が排除されてゆく。とくに成績にかかわる規則違反、不正に対する処分は重い。
 この王軍の小説では、試験で答案を交換して提出した学生が処分を受ける。その学生たちは、将来を期待されていた官僚で、今少しで卒業のところだった。以下あらすじを述べる。おもしろいテーマだが、小説としての完成度をみると少し間延びや饒舌を感じる(《2019中国年度短篇小说》漓江出版社2020年1月pp.169-186)。
   なお著者の王軍(ワン・チュン)は1971年12月生まれ。山東省莒南の人。作家でもあるが官僚でもある。中共中央党校の大学院で学んだ経験がある。この小説はその経験が材料になっているのではないか(なお見出し写真は浜離宮恩賜庭園)。 

 主人公は王海天。大学の所在地は北京だろうか。今は冬で大学院で卒業論文(修士論文だろうか)を書いている。宿舎で同室なのは、英語が抜群にできる梅冬郎。この大学院で、王海天には東方省若水地区という同郷の友達謝臨軒がいる。それに北京大学出身の張一諾という女性。この4人は専攻は違うが、同じ大学院の仲間である。
 英語が得意な梅冬郎を謝臨軒が探していたと、王が梅に伝えると、梅は張一諾は探していなかったかと聞き返し、そのあと王海天を誘って女子寮に行って、「張一諾、君を愛している」「僕は王海天だ」と叫んで、王海天を困惑させる。王は一人妻帯者なのだ。それでも宿舎に戻ると、王海天は目が覚めたと言って論文の続きを打ち始めた。

 春になり雨の中、居住区の中国将棋の大会に王海天が出場したとき、謝臨軒から大量の電話が入っている。早く会いたい、という。そこで王は、まだ終わっていないと返した。謝は「とても困っているんだ。」と言ってきた。王が雨の中、指定された街角に行くと、謝の目はうつろだったー昨年の年末、外国語の試験に自信がなかった謝は、梅冬郎に頼んで、答案の学籍番号を提出直前にそれぞれの番号に書き換えたという。
 英語のできる梅冬郎が先に提出。その後、謝が提出したあと、教室をのぞくと、職員が集まっており、番号の書き換えが発覚したことが分かったという。
 清明節(4月4,5,或6日)のあと、謝臨軒に学籍解除、原単位に戻す処分が伝えられた。謝は考えた末に、職場を辞職し、すでに両親は亡くなっているが故郷の実家でしばらく休むことにしたと王海天に伝えた。その日の夜、大雨でずぶぬれになりながら王は謝を外に送り出した。
 梅冬郎には退学命令が伝えられた。しかし梅はなぜか動こうとしなかった。しかしここで別の問題が重なる。正体不明のウイルスの発生である。全員の検査があり、やがて多くの学生が学校を離れ、大学院も閉鎖になった。家族に相談すると、妻子は帰宅を希望したが、母親は今が北京に学んで3年で卒業近くの大事な時だからと帰宅に反対した。
 マスクをした指導教授が王海天のところに果物を差し入れにきたー「木を見なさい,簡潔無比だ。一般に論文を書く時にいつも長いものが喜ばれるがこれは良くない。人を作るときと同じで、長さではない。学ぶということは根本は人を作るということだ」と。
 翌日、王海天が散歩して帰ると、梅冬郎がすぐに立ち去ることを求められたと荷造りしていた。宿舎費や乗車券代などで必要な1500元を、王は自ら1000元そして女子寮で500元を借りて、用立てて送り出した。

 謝臨軒の荷物で王海天に残ったものがある。中古のパソコンからは、彼の経済学の論文の一部がみつかった。手紙はすべて削除してあったが、未開封の手書きのものがあった。すべて張一諾からのものだった。「あなたの今後が穏やかなものであることを願います」と結ばれていた。謝臨軒が送れなかった沢山の手紙の草稿も残されていた。
 時が経ち、封鎖は解除され、卒業論文の面接試験を王は受けた。そのあと、指導教授と食事をして帰ると、張一諾が仕事の面接の様子を聞こうと王を待っていた。王は梅冬郎の母親から電話がないことから、梅冬郎は家に帰ったのだろうと、そして謝臨軒は、おそらく故郷で本を読んでいると考えた。

 (謝臨軒はなぜ事件を起こしたのだろうか。)王は謝臨軒の手帳の中に次の言葉を見つけたー
 人生を始めるにあたって(人生而立)、大事なことは人間としてその足で立つこと、一段ごとに良い人生をおくること。

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