呉智英・宮崎哲弥「知的唯仏論」 ヨットスクール

呉 もう一つ考えておきたいのは、「我執」の問題、シャカみたいに頭のいい人は、生活の苦しみがなくて自我の問題が肥大したときに、それに対して答えを自分で見出すことができた。それが見出せないのが「現代における自己という病」だよね。つまり我執です。これが今、深刻な社会問題になっていて、知識人といわれる人がこれに対する有効な処方を出し得ていない気がするのね。精神科医などで自己愛症候群などと我執の問題についていろいろ言う人物は出ているんだけれども、社会全体が大衆社会になってるから、どうしても自我をたたきつぶす何かをすることに対して反発があるんだよね。

たとえば戸塚ヨットスクールなんかの問題ね。あれは賛否両論あって、俺は賛が八、否が二ぐらいの比率なんだけれど、ヨットマンとして勇名をはせた戸塚宏が一九七六年に開校して、途中から登校拒否児が更正したケースなんかがあったことから、問題行動を起こす子供の更正を目的とする施設に転換した。しかし、死亡事故や行方不明者が出たりして、いわゆる「戸塚ヨットスクール事件」が話題になる。一九八二年に戸塚宏や関係者が逮捕され、戸塚宏は二〇〇二年実刑判決が確定し収監、二〇〇六年に出所したんだよね。戸塚が刑務所から出てきたときに私は戸塚擁護論を書きました。スクール自体は一時的に閉鎖されたけど、現在も戸塚宏が校長で活動しています。あれは現代に打ち込まれた楔、試金石だと思うのね。

戸塚は自分では整理できてないんだけども、結局、自我だけで肥大して肉体・行動がついていかないものを無理やり海の中へたたき込むことによって、自我の方にエネルギーが行かないように、手足の方にエネルギーが行くようにすることによって救おうとしている。絶対的に良いやり方かどうかは疑問があって、やってダメになる人もいるんだけどね。

戸塚は日教組の槙枝委員長に「問題児を十人、私が預かり、あなたも十人預かって競争しよう。私に預けたら、三人ぐらい死んでしまうかもしれないけど、七人は真人間になる。だけど、あなたに十人預けたら十人ともろくでもないやつのままで終わってしまう」みたいな言い方をしたんだよね。これはやっぱりちゃんと検討しなきゃいけない重要な問題提起だと思う。

宮崎 戸塚ヨットスクールについては昨年(二〇一一)、『平成ジレンマ』というドキュメンタリー映画が公開され、それをもとにした書籍『戸塚ヨットスクールは、今 現代若者漂流』(東海テレビ取材班、岩波書店、二〇一一)も刊行されました。これらには、従来の、批判一辺倒の取り上げ方ではなく、事件から三十年たった現在もなおスクールに入る訓練生が後を絶たないこととその背景が描きこまれています。

私は戸塚宏校長に何度か面談し、取材をしたことがありますが、よくも悪くも禅の修行の方法論の影響が強いように思えました。


呉智英・宮崎哲弥 「知的唯仏論」

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