アントニオ・タブッキ「レクイエム」 物語売り

物語売りはちょっと間をおいて、その片腕でもう一度、月を捕まえるような、芝居がかったしぐさをした。で、それで?わたしはうながした。それで、あるとき、自分のもとを訪れる物語を書きとめておかなければと考えました。こうして私は十の物語を書き上げました。悲劇、喜劇、悲喜劇、感動的な物語、苦い笑いの物語、冷たい笑いの物語、風刺物、幻想物、写実物。できあがった原稿の束をかかえて、わたしは出版社を訪ねました。編集部長が会ってくれました。ジーンズ姿の、バカに健康的な部長さんは、チューインガムを噛みながら、言いました。ざっと読んであげるから、一週間後にまた来たまえ。一週間後もう一度訪ねると、編集部長はこう言うんです。きみはアメリカのミニマリズム小説を読んでおらんね。残念だが、君の物語はミニマリズム不足だ。あきらめてなるものかと、わたしはべつの出版社にあたってみました。こちらは衿もとにスカーフを巻いたおしゃれな婦人が応接にあらわれ、やはり、一週間後においでなさいというわけです。わたしは再訪しましたよ。あなたの物語はプロットだらけね。おしゃれな婦人はそう言いました。アヴァンギャルドを読んだ形跡がぜんぜんないわ。アヴァンギャルドの世界ではプロットは用済みなのよ、かわいい作家さん。プロットなんてレトロギャルド、時代遅れもいいところなの。あきらめきれずに、三軒目の出版社に向かいました。今度はまじめ一方の紳士が出てきて、パイプをふかしながら、一週間後にまた会おうと言いました。私はまた会いに来訪しました。きみは具体的事実がなんたるものかをまったく理解していない。堅物紳士は言いました。きみの現実はすっかりたががはずれている、きみに必要なのは精神科医の医者だよ。私は出版社から街中にさまよい出ました。診療所はすでに閉鎖されていて、訪ねてくる患者はいませんでした。哀しかったな。おまけに金もなかった。貧しくはありましたが、だれかに物語を聞かせたいという気持ちはつのるばかりでした。そこで、歩きだしながら思いました。よし、わたしにはこれだけ語りたい物語があるんだから、たぶんこれを聞きたがるひともいるはずだ。リスボンの街は広いんだ。こうして、私は街をめぐり歩き、物語を語りはじめました。そして、いまではこれがわたしの飯の種というわけです。


アントニオ・タブッキ 「レクイエム」

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