宇都宮健児・想田和弘 日本の選挙制度②

想田 一言でいえば、一般の市民が出馬しにくく、自民党など既存政党にとって有利な制度になっているのですね。しかし、こうした問題だらけの選挙制度を変えるのは不可能に近い。なぜなら、この選挙制度で勝った人たちが制度の設計もするからです。政策的な議論が起きる様な制度設計をしたら、次の選挙で自分が落選するかもしれない。だから、選挙制度についての議論も起こりにくい。

政策について議論ができなければ、どこに住んでいて誰の家族・知り合いなのか、誰にお世話になったのか、といった「地縁」「血縁」の延長線上で投票行動がなされる。あるいは、会社のトップや労働組合が推薦する人に投票する。組織票を持つ人が自動的に有利にならざるをえません。

先に述べましたが、3・11の直後の地方統一選挙にカメラを向けたのが『選挙2』です。前回は自民党から立候補した山さんが、今回は脱原発を掲げて無所属で出馬しました。驚いたのが、震災と原発事故という非常事態を迎えているときなのに、それらについての議論が選挙の中ではまったく起きなかったことです。候補者たちは、駅前で通勤する人々に相も変わらず「おはようございます、行ってらっしゃいませ」などとあいさつしている。あれでは未曽有の事態に接して人々が社会の方向性をかえたいと思っても、変えられるわけがない。問題が議論の俎上にすら上がらないわけですからね。

●問われる市民社会の力

・・・・・・日本の選挙制度では、組織票を持つ人が有利な仕組みであるとのことですが、組織票自体も弱くなってきています。そうした中で、とりわけ大都市などでは、選挙が「人気投票」になっている見方もあります。

想田 判断材料がないので、知名度のある人が有利になるのでしょう。アメリカの大統領選挙の場合、政党内で候補者を選ぶ予備選挙を含め、一年近い長い時間をかけて議論と吟味を繰り返します。しかし、アメリカでも、やはり人気投票になる傾向があります。たとえば、ヒラリー・クリントンが突然大統領候補になったのは、大統領だったビル・クリントンと一緒に行動し、メディアを通して広く存在が認知されていたからでしょう。もちろん、彼女は非常に有能な人物だと思いますが、それだけでは、いきなり大統領候補には選ばれないでしょう。民主主義の根幹に関わるジレンマだと感じます。

宇都宮 議論させない選挙制度を補うのが、本来、マスメディアによる報道です。しかし、先の都知事選では、国政選挙と重なったこともあり、特に、12月4日の衆議院の公示以降、都知事選挙の報道は全く消えてしまいました。過去の都知事選の場合、首都東京の知事選なのでマスメディアの関心も高く、テレビ討論会も十数回は開かれてきましたが、今回は一回だけでした。都政が抱える問題や候補者の政策などが、有権者に浸透されないまま選挙が実施されてしまいました。どうしても人気投票になりがちです。

政策を問う選挙にするためには、選挙期間だけでなく、日ごろから草の根の市民運動がどれだけ広がっているかも大切な要素です。市民運動などを通じて地方自治に参加することで、行政や政治が決して遠い世界のものではないことが実感でき、有権者レベルで地に足の着いた政策議論が可能になります。しかしそうした土壌がない時には、とりわけ大きな規模の選挙になればなるほど、人気投票になりやすい。

昨年の衆議院選は原発事故後、最初の国政選挙だったにもかかわらず、新聞の世論調査などによると、原発や憲法の問題を投票の際に重視するという人の割合は一桁にすぎませんでした。官邸前デモや集会に参加している人たちは、そうした雰囲気を見極めて投票したいと思います。

原発事故を契機に、とりわけ反原発運動などで新しい形の市民運動が広がりつつありますが、もっと広がって行かなければならないと思います。これまでは労働組合や業界団体などが選挙に大きな影響を与えてきました。そこから外れている市民の動きは、まだまだ小さな影響しか政治に与えていません。大きな組織体の中では、政治や社会の問題について考えるよりも、トップや組織全体で決めた方針に従う人が多かったのです。それを乗り越える市民社会の形成が、日本では遅れているのではないでしょうか。

(つづく)


(世界2013年7月 「対談 政治を変えるために「選挙」を変える 宇都宮健児・想田和弘」)

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