ブーアスティン「幻影の時代」よく売れるからというだけでよく売れる

スター・システムは映画にとどまらず浸透してきた。それが入り込むと、いたるところで既成の形式に混乱を生じた。スター・システムは作品よりもスターの性格により大きな関心を持つ。有名であることそれ自体が尊重される。スター・システムは、英雄を有名人に変えてしまう一般化された過程である。さまざまの制度、組織が有名人を「作り上げる」ために擬似イベントを採用するようになる。アメリカではスター・システムは創作までも支配するにいたっている。一方、たとえばイギリスでは(貴族の名残とアメリカに比べて低い生活水準のために、グラフィック革命の影響が現れるのがおくれている)、一流の作家が、わずか数千部しか売れる見込みのない・・・生産コストを回収し、ごくわずかばかりの利潤をあげるのがやっとである・・・高度の文学性ある作品を出版することはそれほど困難なことではない。しかし、ハ―ベイ・スワドスが書いているように、アメリカの出版界はごくわずかのスターたち・・・アーネスト・ヘミングウェイ、ノーマン・メイラー、J・D・サリンジャー・・・によって支配されている。彼らが作家として名をなしたのは、部分的には、彼らが「スター的性格の持ち主」として売り出せる人物であったからである。

一般向きの文学書評欄を書いているコラムニストたちは、サミュエル・ジョンソン博士ふうにではなく、ルエラ・パーソンズふうにスター作家たちを論じている。彼らはスターの私生活と作品と作家の演ずる役割とをいっしょくたにして、ゴシップ風に論じている。おそらくスワドスがいっているように、J・D・サリンジャーは、アメリカの文学界のグレタ・ガルボであり、アーネスト・ヘミングウェイはダグラス・フェアバンクスというところであろう。スターの地位をいまだ獲得できず、その性格も一般の人たちのなかではいまだ作品と混同されていないような、他のたくさんの作家たちは、文学的にも人間としても、まったく影のような存在となる。ここにわれわれが見るのは、「ひとにぎりの作家たちへの関心の極端な集中(それも文学外的な理由から)」である。そうなると出版社は文学の産婆役というよりも、「ごく少数のスターたちの宣伝屋」になる。ノーマン・メイラーがいうように、スター・システムは、アメリカ人が「評判になっている本以外は読もうという気になれない」ということから、ますます普及するのである。スター・システムはこうした理由で始まったのであるが、そのスター・システムは、やがてそれ自身の存在理由をもつにいたったのである、とメイラーはつけ加えてもよかったかもしれない。成功に味方する(そして失敗に我慢のできない)アメリカ式の偏見それ自身、スター支配の世界を表現している。

ベストセラーは本の世界のスター・システムである。「ベストセラー」になった本は、本のなかの有名人である。ベストセラーは、まずなによりも(ある場合には決定的に)それが広く知られている本のことである。これは比較的新しい現象である。今世紀以前には、聖書が「世界のベストセラー」であるという理由で尊敬しようと考えた者は、誰もいなかったであろう。それどころか、前民主主義の時代には、そして印刷機が発明される以前には畏敬の念をもって眺められた聖書は、大衆どころか、秘教的なものであった。聖書の神聖さはたしかに、存在する部数が少なく、しかも聖職者たちの管理のもとにおかれて、近づくことができないという事実から生じた。今日でもユダヤ教会の櫃の中に収められている「トーラー」(ペンタテューク、つまり旧約聖書の初めの五巻でユダヤ教の聖書である)は、羊皮紙に精巧に手書きされたものである。聖書、すなわち崇められる書は、ゆっくりとうやうやしく書き記され、相伝の宝として世々代々、手渡され、俗人の目から保護されて、祈り、安息日、宗教上の休日といった聖なる日々にだけ一般の人たちにも見せられたのである。それはほとんどあらゆる面において、われわれの新聞、われわれの大衆雑誌、そして我々のベストセラーとまったく対立するものなのである。今日、文字を記したもののなかで最も高い地位を占めている評判の書、すなわち、ベストセラーは、一般の人たちの目にあらゆるところで触れられる者なのである。だれでもそれをいまの机の上にもっているし、通勤する人は電車の中でそれを読んでいるし、秘書はタイプライターのそばにおいてそれを読み、さらに、デパートや書店、またドラッグストアや新聞売場に置かれている。

「ベストセラー」という呼び方ももちろん、グラフィック革命が生んだ副産物である。これは今世紀初期に、アメリカではじめて使用されたアメリカ英語である(イギリスのいくつかのすぐれた辞書には、いまだに見当たらない)。ハリー・サーストン・ベックが編集していた保守的な月刊文芸誌≪ブックマン≫は、1895年、19都市の小売店でもっとも売れた6冊の新刊書のリストをはじめて掲載した。1897年、同誌ははじめて、「ベスト・セリング・ブックス」(もっともよく売れている本)の全国的調査の結果を公表した。イギリスでは「セラー」という言葉は、もともと物を売る人間を意味した。これが1900年ごろになって、よく売れる書物(のちには本以外のものも)を意味するようになった。この微妙な観念の移り変わり自体、興味のあることである。「ベストセラー」あるいは「セラー」という表現自体、本が自分を売ることを意味している。つまり、売行きがさらに売行きを生み出すのである。これは、この種の本は、それがすでに「セラー」であろうという考え方に密接につながっている。観念自体、同義反復となっている。ベストセラーはよく売れるからということだけでよく売れる本なのである。

D.J.ブーアスティン 「幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?