伊藤整「若い詩人の肖像」 自分自身を整理しきっており

梶井はその真黒い顔をほころばし、白い歯を見せて笑い、ほとんど曇りの見えない快活さで話をした。給士をする下宿の細君も、梶井に対しては、私に対した時より、なんとなく鄭重であった。梶井は、細君に、北川に、私に、伊豆の気候や食物のことを話したが、その態度には病人らしい所も、陰にこもった所もなかった。彼には、若い詩人や文学青年が共通して持っており、私もそれに人に見せるのではないかと気にしているところの性的な抑圧から来る陰鬱さがなかった。自分自身を整理しきっており、文学という魔術にもたれかかっていない大人、という感じがした。それが私を、おや、この男は違う、と思わせた。その落ちついた明るさには、他人の考えを受け容れ、他人を頼らせるような余裕が感じられた。

梶井のその態度は、私が文学青年の中にこれまで見たこともなく、また見る予定もしていないものだった。私は北川の言ったとおりになるのを残念だと思いながらも、初めて逢ったその時から、この男に心ひかれた。北川が言っていたとおり、梶井は「包容力」があった。しかもそれは豪傑型の古風なものでなく、他人の性質や能力を理解してやる頭の良さから来る一種の寛大さと言うべきものであった。


伊藤整 「若い詩人の肖像」

(梶井・・・梶井基次郎のこと)

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