短編 「ヨーグルトのある世界の恋」

水平線の向こうまでヨーグルトだから、これは水平線じゃなくてヨーグルト線だと思います、と理科の授業中にこたえたら、「水平線は水平線だ。おまえは理屈っぽいから、みんなに嫌われる」と先生が冗談っぽく言って、みんなが爆笑する。

僕もつられて笑うけど、何がおかしいんだかさっぱりわからない。僕のほうが絶対に正しい。どう見たって窓の外の、はるかかなたまで広がっているのは、白い白いヨーグルトのかたまりだ。

クラスでただ一人笑わなかった美玲と、僕はのちに結婚する。

こんな小さな村にいるのはもう嫌だ、出ていきたいと、夕飯の席でお父さんに直談判したら頭を叩かれた。

「お父さんも、お父さんのお父さんも、お父さんのお父さんのお父さんも、この村で生まれて働いて結婚して子供を育ててきたんだ。おまえも同じ人生を歩め」やなこった。

深夜にベッドから抜け出し、裏口から外に出て、美玲の家に向かう。頭上の月はピカピカと輝いていて、道がよく見えた。

美玲の部屋の窓を、小さく2回ノックする。僕らの合図だ。電気がついて、目を閉じたままで美玲が顔を出す。

「美玲、ついに行くよ」と僕は息をはずませる。
「どこへ?」
「ヨーグルト線の、向こうまで」
「親が心配する」
「大丈夫。子供はいつか大人になる」

こうして僕と美玲は2人で旅立つ。ヨーグルトの上に足をのせると、ぷにゃと震えて面白い。ぷにゃぷにゃ、ぷるるん。ぷにゃ、ふるん。

お腹が空いたら足元のヨーグルトを食べ、眠くなったらヨーグルトの上で眠る。ウォーターベッドみたいでじっくり熟睡できた。

あっという間に2人は大人になり、ヨーグルトの丘で2人だけの結婚式をあげる。やがて子宝にとても恵まれる。

美来、美世、美咲、美緒、美菜の5人を立て続けに産んで、美玲はついに力つきる。

その悲しい夜に僕は産まれたばかりの美菜を抱いて、美玲のそばで祈る。もっと生きて欲しい、はウソだ。そんなことは祈らない。美玲はもう十分に生きた。

「美玲、長い間ありがとう」

僕がお礼をのべると、美玲は「村にいたころがいちばん良かった」と口をすべらせる。

「おいおい美玲、本音はよくないよ。ここは普通に、あなたと二人でいられて」「村がいちばん良かった」そう言って美玲は動かなくなった。永遠に。

僕は小さい美菜を抱いたまま走った。走って走って走りつづけた。ヨーグルトの森を抜け、ヨーグルトの橋を渡り、ヨーグルトの山を超えて、どこまでもどこまでも。

そうして僕もついに倒れる。いつのまにか大きくなった美菜が僕のそばで祈る。「パパとママが、天国で一緒になれますように」

美菜、という僕の声はもう声帯を震わせない。

「ママは最後にあんなことを口走ってたけど、でも、パパのことは、ずっと大好きだったみたい」

美菜は僕のしわくちゃな手を握りしめてくれる。「ママは、優しくて純粋なパパを、ひとりぼっちにはできなかったって」

乾いた涙が落ちる。ヨーグルトにふれて、ぷむっと音がする。僕は最後に神様に祈る。


(どうか、僕らのたくさんの命が、無駄になりませんように)


そうして僕も静かになる。



永遠に。




という、たくさんの乳酸菌の恋のおかげでヨーグルトは生まれるので、心して食べてくださいね☆


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