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【小説】いつかまたどこかで

幸せな毎日でした。一緒に居れるだけでよかったのです。でも私のそんなささやかな幸せは一瞬にして奪われてしまいました。

今日は私のそんな話を聞いてください。

私はそのころ大介という人と付き合っていました。大介とは高校時代から数えて、八年も付き合っていて、一番心を許せる大切な人でした。傍に居れるだけで幸せで、私はこの人と結婚するんだと決め込んでいました。それは大介も同じだったようで、私の誕生日が近づくにつれて妙にソワソワしているのは誰が見ても明らかでした。

そして、運命の私の誕生日。

大介はその日、柄にも無く、おしゃれなレストランに私を連れていってくれました。お店を探すまでは何とかできたものの、大介はこんな店が初めてだったらしく、店に入るとしどろもどろになり、突然頼りない雰囲気になってしまいました。
それでもなんとか乗り切ると、いきなり大介が私の目の前に指輪を差し出してきたのです。

私は何がなんだか分からなくて、思わず「これは何?」ときいてしまいました。さすがにその発言には大介もびっくりしたらしく、彼はため息をついた後
「有紗、結婚してほしい」
と静かに言い、私の目をじっと見つめました。ずっと夢見ていたプロポーズも、言われてみると焦ってしまうもの。もちろん私の心はとっくに決まっていました。

「はい」と小さな声で言うと、大介は大喜びして、大声を出してしまい、物凄く恥ずかしかったことを覚えています。夢のような時間でした。

大好きな人との未来が待っている、そう思うとどうしても顔がにやけてしまいました。夜も更け、大介は私を家まで送ってくれました。「バイバイ」そう言って笑顔で手を振っている姿を見たのが、私が元気な大介を見た最後です。
大介は私と別れた後一人、屋台で祝杯を挙げ、フラフラになるまで飲み、完全に酔い潰れていたそうです。大介はフラフラしながら、家までの道を歩いて帰っていきました。
通いなれた私の家から自宅までの道。

きっと幸せに浸っていたのだと思います。

もう少しで家にたどり着くそのときに、大介は飲酒運転の車にはねられてしまったのです。大介も完全に酔い潰れていたため、判断力も、何もかもが鈍り、少しも逃げることが出来ませんでした。

夜十二時ごろ、私の家に大介のお母さんから電話がかかってきました。まだ指輪を眺め、幸せに浸っていた私には、まったく理解が出来ませんでした。

「大介が事故にあったの。もしかしたらもうだめかもしれない。有紗ちゃん悪いけれど、今から市民病院まで来てくれない?」
大介のお母さんの声が遠くで聞こえていました。私の目は涙で見えなくなっていました。

それでも、
走って、
走って、
走って
大介の待つ市民病院に行きました。しかし、私が病院に着いたとき、もう大介は遠い世界に旅に出ていて、私はただただ泣くことしか出来ませんでした。私はこの後の記憶がほとんどありません。大介の存在は私にとってあまりにも大きすぎました。彼とのお別れも、何もかも信じられませんでした。
私は大介の死後、何度も何度も自殺を図り、精神病院への入院を一年間で三度しました。私の心はボロボロになり、早く、一刻も早く大介のもとに行きたいという気持ちだけしかありませんでした。

そんなある日、夢に大介が出てきたのです。いつもと同じ優しい笑顔で私に語りかけてくれたのです。
「有紗、お前何やってんだよ。花嫁の身体傷つけてんじゃねぇよ。お前、俺と結婚するんだろ。そりゃ今は出来ないかもしんないけど、いつかまたお前の傍に行くから。俺がお前を守るから。だからやめろ。俺の幸せはお前が幸せになることだから。お前が笑ってくれることが一番の幸せだから、だから有紗、笑ってくれ。お願いだ。」
夢から覚めて、私は恥ずかしくなりました。大介は私を思い、私を救うために私の傍に来てくれました。私は、大介を失った隙間を埋めるために、自分のために生を捨てようとしました。私が思っていた以上に、大介は私を深く愛してくれていたのです。

私は大介を愛しているから、生きることにしました。

大介を想い、愛しながら自分の生を全うすることにしました。やがて私は一人の男性と結婚し、子供を三人もうける事が出来ました。それでも心の中にはいつも大介の笑顔があり、その笑顔があるから、私は生きています。そして今、大介が旅に出てから、もう五十年という長い月日が経ち、私にはあなたという大切な孫ができました。私はそろそろ大介のもとに行くときが来たようです。この事は誰にも言ってはいけませんよ。

あなたにだけの内緒の話ですからね。

おばあちゃんは少し寝ることにします。もう、大分疲れてしまいましたから。


―そのまま有紗の目が開くことは無かった。
彼女は、五十年前の恋人、大介のもとに旅立ってしまったからだ。彼女は彼に会うことが出来たのだろうか。きっと出来ただろう。私はそう信じているし、彼が出会えることを祈っている。彼らは、いつかまたどこかで会えることを信じあっていたのだから。


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