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正統派バー「Towser」:西荻の朝まで、あと2杯

Towserは猫の名前。ウイスキー醸造所の守り“猫”だそうだ。麻布にあれば、おしゃれなバーだが、西荻では、庶民的過ぎて素敵な女性を口説くのにはピンとこない。路地裏にある長屋づくりのオーセンティックなバー。壁一面には、ウイスキーを中心にボトルが天井まで並び、静かな展開では寡黙にグラスを傾けるオジサンが似合う店だ。店には客は私たち2人だけ。

絶世の美女というわけではないが、玲奈は世間的には"いい女"なのだろう。
仕事を完ぺきにこなし、編集関係のせいかどうか、話題は豊富だ。
速射砲のようなしゃべりで騒ぐおばちゃんでもなく、男性にとって心地よい音域で、ゆっくりと話しかけてくれる。名前から勝手に思い込んでいた“わがままで勝気な女の子”(全国のリアル玲奈さん、ごめんなさい)というのと正反対のしっとりとしたいい女、玲奈と初めて会った時の印象だ。
どちらかというと一緒にいると安心できる女性だった。下心がないわけではないが、なぜか心がざわつくこともない。できるだけ、一緒にいたいが、自分のマンションに誘うことにためらいがあった。なのに、どうしてここに連れてきたのか。頭の中がぐるぐる回るのは、体に蓄積したアルコ―ルのせいだけではない。ふと、“意気地なし”そういわれて腕をつねられる、一昨日来た夢を思い出した。

けだるい、深夜、3時。
ハイボールはタリスカー。黒のベストを着たバーテンダーは氷を張ったグラスにウイスキーを注ぎ、よくかき混ぜてから炭酸を注いだ。
玲奈は、ラフロイグのロック。酒の味も怪しくなった真夜中に飲むのに良い酒なのかもしれない。ヨードチンキのような強烈な香りが癖になる人も多い。だが、群源堂のナチュラルな麻のブラウスを自然に着こなす玲奈が飲むと、初対面の男性なら、ちょっと引いてしまうだろう。しかも、もう2杯目だ。酒が異様に強い女性、これも中央線有る有る。下心を持った男の方が撃沈している光景を何度も目にしてきた。

終電を逃してなお、未練がましく「もう少し」と言う酔っぱらいを受け入れてくれる、殊勝な店がどの駅にも1つはある。始発まで粘る酒飲みたちを受け入れてくれる天国だ。第3者の目で見れば、ハイボールをちびちび飲む私も、もうすぐ撃沈する同じ穴のムジナ。

朝まで、あと2杯。けれど、同じことを繰り返す、中央線の昭和世代。
このまま、ずっと変わらないのかもしれない、この店も、2人の関係も。
感傷に浸りながら、そう思った時に、グラスがカウンターを打つ音が静かなバーに響いた。

驚く前に玲奈が私の手の甲をつねって言った。
「意気地なしっ!」
思いのほか強い口調に、素直に言葉が出た。
「待たせて、ごめん。一緒に帰ろう、俺の部屋に」

グラスを磨くバーテンダーが、小さくガッツポーズを作って見せた、ように見えた、、、、、
黒いベストを背景にキラリと光るグラス。幸運の守り“猫”がそこにいた。

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