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スタロードの思い出:世界のビールとカルバドスのお店

 阿佐ヶ谷は、宵っ張りの街だ。
 公式には夕方7時開店の店だったが、8時に行っても空いていることは少ない。「Bitter」は、そんな店だった。その代わり、客がいる間は、朝まで開けている、不思議な店。

 なんちゃってインテリが集う、中央線にありがちな不思議な雰囲気をもった店。カウンターだけの6人も入れば肩が触れ合う、10坪にも満たない小さな店。初めてのお客同士でも、話題がはまれば盛り上がれる。素敵なマダムがやっているビールとカルバドスのバー。
 茜は、その店を手伝うアルバイトだった。スリムで、ハスキーな声で、おいしそうにたばこを吸う、大人の女性。年齢は10歳ほども年下だったが、色んなことを教えてくれた。阿佐ヶ谷の餃子の美味しいお店も、“色彩のブルース”も、白いヒューガルテンやすっきりしたhinanoといったビールも、教えてくれた。

 一緒にいて気を使わない存在。ハスキーな声で笑う声に、ただ、阿佐ヶ谷の夜に酔えた。何度か、彼女がバイトに入っている夜を狙って、その店に行った。しかも、開店直後の、誰も客のいない時間帯に。二人だけの時間を過ごせることに幸せを感じて。今でも、ヒューガルテンを見ると、彼女を思い出す。どうしてもっと、もっと、正直に、そして強く、自分の思いを告げなかったのだろう。そんな、問いを何度、自分に問いかけただろう。

 ここで一緒に飲める幸せに満足していただけかもしれない。二人で作る未来を夢見れなかったあの日。今、ここで同じ時間を過ごしていないのは必然かもしれない、そう思う。でも、自分も好きだったが、同じくらい、相手も自分を好きだったはずだ。それはスターロードの酔っぱらいが、アルコールの向こうに見ることができた幻想なのだろうか。

 苦い思い出、のはずだが、頭によぎるたびに、あの頃の熱い自分がよみがえる。30歳を過ぎた遅い青春。色んな思いが交錯する、“色彩のブルース”。もう一度、阿佐ヶ谷で、今はなくなってしまった、あの店で、乾杯をしたい。今は、どこかで幸せに暮らしているだろう茜とともに。

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