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ふたたび、看護師に復職することはあり得るか?

わたしは介護のしごとを続けていこうと、介護福祉士の国家資格も一から取り直した。それでも、このさき看護師に戻ることはあるだろうか。これまでに、何度となく自分に問いかけてきたことでもある。

いまの派遣先の施設では、入居者が80名もいるのに、常勤の看護師は一人しかいない。ほかに派遣の看護師が一人いるが、あとは日替わりで単発派遣のナースが每日きている有り様である。
 その一方で、介護職はざっと30人くらいもいるのである。介護施設のナースは、基本夜勤をやらないし人気があるのかと思っていたが、そうでもないらしい。病院とおなじく、施設の看護師もまた人手不足なようだ。
 せっかく看護師免許があるのなら、看護師として介護施設で働くことは考えないのか? じつは何度も考えたことがあるし、実際に応募したこともある。でも、病棟経験が浅いことがネックになり、採用されなかった。

看護師として、一人前に活躍するための最低限の?経歴というものがある。それは病棟に少なくとも3〜5年くらいいて、できれば急性期で経験を積むことだろう。そのあとは老人ホームだろうが訪問看護だろうが、自分のすきなところで働ける自由がある。
 しかし、わたしは二か所の病院で2年余りの経験しかない上に、慢性期の病棟だった。そして、ふたたび病棟に戻るつもりは一切ない。このように、病棟経験が浅い看護師には、よそで働く選択肢がきわめて限られてくる現実がある。

あともう一つの問題は、わたしは現代医療というものに疑問を抱いており、ほとんどまったく共感していない点である。たとえば、薬に頼りすぎていて、ほとんど薬漬けの医療であると思っている。
 そして近年は、医師や医学博士のなかにも同じような疑問を感じる人がいるようで、自分の考えの正しさを確信している。

いまは昔とちがって、病気を治したければ高度な現代医療を利用できる。それなのになぜわざわざ食生活や生活習慣を改善する必要があるだろうか?
 残念ながら、現代医療にはほとんどの人たちが思っているほどの効果はない。骨折や感染症など急性疾患の治療技術には優れているが、死亡と障害のおもな原因である慢性疾患に関しては、従来の医療にできることはあまりないどころか、かえって害になる場合もある。
 マイケル・グレガー「食事のせいで、死なないために(病気別編」

たしかに現代医療は、急性期の疾患については有効でしょう。その場合も、余命いくばくもない高齢者に、どこまで侵襲的な医療を行うのか…という疑問が付いて回る。
 さらにまた、現代社会に蔓延してる慢性的は疾患や生活習慣病に関しては、どうなのか? 薬で治すことができないばかりは、患者は一生薬を飲み続けなければならない上に、さまざまな副作用にも見舞われる。それで医者も製薬会社ももうかることでしょう、しかし患者のため社会のためにそうした医療ははたして正しいのか??
 こうした医療への疑問を、看護師長や副看護部長に話したことがあるけれども、彼らがいうには「あなたは患者さんに寄り添うことができていない」ということだった。
 つまり、この人たちは自分たちの医療の正しさをつゆとも疑うことを知らないし、わたしの考えに問題があると考えているようだった。そうしてわたしが学んだことは、「こいつらになにを話したところで、しょせんは時間のムダ」ということだった。そうして、わたしは病院からも看護師という仕事からも、去ることにした。

少なくとも医療界で生きていくには、薬のことを悪くいったり、製薬会社を叩いたりするのはタブーです。いくら正義を振りかざしてみたところで、所詮は孤軍奮闘となるだけで、勝ち目はありません。
 「薬をやめれば病気は治る」岡本祐

病院ではたらく看護師の中には、介護職から苦労して看護師になった人もいて、そういう人は介護から看護への転換をキャリアアップと考えているようである。
 元介護職のナースの男性は、「精神科の看護師として働いたらいいんじゃないか? 知ってる病院を紹介しようか?」と言ってくれもした。しかし、わたしにとっては余計なお世話で、とくに“精神科は最悪の診療科”と思っているので論外だった。
 とりわけ精神科の単科病院における閉鎖性、後進性、患者への暴力や虐待などは、ニュースでも広く報じられているとおりである。

こうして、わたしは老人福祉の分野ではたらくことにした。介護職として。そして、この仕事が自分の性に合っていると感じている。
 たぶんこの先、看護師に復職することはないんじゃないかな。自分のなかで複雑な気持ちがあったし、それを引きずってやって来たけれども、これが結局のところの自分の結論である。