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苦味をわかるのが大人

今日のおすすめの一冊は、伊集院静氏の『風の中に立て 伊集院静のことば』(KODANSHA)です。その中から「流言は知者に止まる」という題でブログを書きました。

本書の中に「苦味をわかるのが大人」という心に響く文章がありました。

失恋は、そりゃしないで済んだ方がイイに決っているが、失恋をした人間の方を、私は信用する。 色男や、ボンボンは、なぜ失恋をした方がよいのかわからず、バカのまま一生を終える。甘チャンの人生なのだ。

なぜ甘チャンか? それは苦味の味覚を知らないからである。 料理にとっても、酒にとっても、苦味が上質への必須条件である。口にするものでさえそうなのだから、ましてや人の生き方であるならなおさらである。 

若い人から(子供でもいいが)、何か一言と頼まれると、男子なら“孤独を知れ”と 書くことがある。 人と人の間と書いて人間だ、わかるかね?と口にする人がいる。何を言ってやがる。 それは理屈で、道理、真理とかけ離れたものである。

◆安岡正篤師に「茶は三煎(さんせん)して味わう」という言葉がある。

最初の第一煎は芽茶(めちゃ)をぬるい湯で、「甘さ」を味わう。次の第二煎は、少し熱くした湯で「渋さ」を味わう。そして、第三煎は熱湯をそそいで、「ほろ苦さ」を味わう。

青年とは、ある意味において、「甘さ」の段階しかわからない連中のことだ。 当然、「甘さ」を基盤にして勝手なことをいうが、 これを「渋さ」も「苦さ」も十分知っている 大人が叱ろうとしない。(帝王学ノート/PHP文庫)

「人生というものは総じて割には合わないものだ」
そういうことを平然と受け入れて生きるのが大人の男というものだ。(伊集院静)

たいていの大人は、「割に合わないこと」、「理不尽なこと」、「理屈とはかけ離れたこと」を、平然として受け入れて生きている。

渋みも、苦味も…酸(す)いも甘いも嚙み分ける大人でありたい。

今日のブログはこちらから→人の心に灯をともす


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