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違和感がないことへの違和感からジェンダーを考える
先日丸の内にあるジャズクラブ、コットンクラブに山中千尋トリオとして出演しました。
スペシャルゲストのShihoさんともご一緒できて、学生時代Fried Prideを聴いていた身としてはとても光栄な一夜でした。
その際に思うことがあったので今回それを書いてみようかと思い、今年も残すところあと数日というところで久々のnoteを更新しています。
当日現場入りをして、ステージ上でのセッティングを始める前にスタッフさんたちとご挨拶をした時に気付いたのですが、今回のコットンの音響チームさんが皆さん全員女性だったんですね。
もちろん言うまでもなく素晴らしい仕事をして下さったのですが、ミュージシャン界よりもさらに男性社会と思われる音響PAスタッフさんの中で全員が女性というのは僕としては初めての現場で、「珍しい!さすがコットンクラブ!」と思ったのですが…。
そもそも冷静に考えると、それが珍しいと感じてしまう時点でまだまだなんだなと思いました。
先入観というのは強力で、僕自身ジェンダーに関する問題は普段から意識していると思っているのですが、やはりどこかで「PAエンジニア・音響スタッフさんは男性がデフォルト」という偏見を持ってしまっていたなと。
今までの体感としては各現場での音響スタッフさんの男女比は8:2ないし9:1だったことがほとんどで、それを当たり前としてきてしまったことから生まれた先入観だったのだなと思いました。
ここで個人的な話をしますと…とんでもないスロースターターですが、僕は高校生からピアノを習い始めました。
ギターから音楽へのめり込んでいった僕は程なくしてドラムと出会い本気で打ち込んでいましたが、ある日「プロのミュージシャンになるためにはピアノのスキルが不可欠だ!」と思い立ったというのがその理由です。
しかしここで湧き上がる一つの疑問。
妹は小さい頃からずっとピアノを習っていたのに、なぜ僕は習っていなかったのだ、と。
この出遅れは致命的だ、なんという親の怠慢!とでも言うように、「どうして自分にもピアノを習わせてくれなかったのか」と母親に聞きました。
すると母から返ってきた答えに僕は耳を疑ったのです。
「あなたにも同じタイミングで『ピアノやりたい?』と聞いたけど、自分で『ピアノは女の子がやるもんだからやりたくない!』って言ったのよ」
…タイムマシンがあったら当時の自分を殴りに行きたいよ。
せめて一緒にYAH YAH YAH歌わせてくれ。
こうしてアホな自分のせいでみすみす機会を逃した僕は高校生からピアノを始める羽目になったのですが、よく考えるとこれもなかなか根強いジェンダーの偏見を孕んでいるなと今になって思うわけです。
今日日こんなツイートをしようものなら炎上不可避の発言ですが、この当時自分はおそらくせいぜい6,7歳です。
僕の両親はあの世代として考えるとリベラルだったと思うので、この偏見は親の影響とはあまり考えられないんです。
しかし現実として6歳前後の子供が「ピアノは女の子がやるもの」だと思ってしまった何らかの土壌が世の中にあったと。
そしてそうしたジェンダー間の偏見は今日まで脈々と続いてきているのだと感じたわけです。
令和の今でさえ、子供向けのドリルでもこんな文言を謳っているものが本屋さんにいけばあるくらいなので。
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友人が見つけた学習ドリル、なかなかエグかった。この脳の傾向って男子と女子の正にステレオタイプばかりだけど?むしろ、大人が男子はこうあって欲しい、女子はこうあるべきだっていう大人の脳の傾向を列挙しただけでは?自分は子供の頃この表とは全く違う男の子だったし、こういう価値観を小さい頃から押し付けられるのが「女子力は高くないとね!」などの昨今の生きにくさに繋がってる気がする。
つまり、ジェンダーに対する偏見を持ってしまうようになるためのヒントが普段の生活に散りばめられ過ぎてしまっていると思うのです。
「女子〇〇」といった括りは正にその弊害ですね。
今日は #国際女性デー!2021年の今も音楽業界のみならず世の中に蔓延る「女性〇〇」「女子〇〇」での括りをなくすべく毎年言っているけど。そもそも自分が「女性〇〇」になぜこんなに腹が立つかというと、女性であることを強調する理由が単にその分野で「男性より女性の数が少なく珍しいから」ではなく
— 桃井裕範 / Potomelli (@hironorimomoi) March 8, 2021
「女性より男性の方が職人としての技能が高いはず」という潜在的な差別意識があるからだと分かった。それも多くの場合、それに無自覚な僕たち男性側からの。「女性なのにすごい!」という目線はそもそもが男性優位な前提から来てるんだと。
— 桃井裕範 / Potomelli (@hironorimomoi) March 8, 2021
女性は男性よりパワーがないからドラマーとして劣っている?ロックは男がやるものだからガールズバンドと呼ぶ?そんなわけない。スチュワーデスや看護婦、保母さんなどの言葉は皆の努力で見なくなったけど、未だに残る女子力、女流作家、女優、女医なんて類はもう令和なんだから全部やめたらいい。
— 桃井裕範 / Potomelli (@hironorimomoi) March 8, 2021
話をコットンクラブでの出来事に戻します。
こうした経緯から、まずはコットンのスタッフの皆さんに最大限の敬意を払うと共に、ジェンダー格差の改善がどう反映されていくべきか僕の見解を記します。
僕が現時点で考えるベストは、現場現場で全員が女性であってもそれで当たり前であり、且つそうでなければいけないのではなく性別関係なしに均等に機会があり、たまたまどちらかの割合がその現場で多かったとしてもそれに対して何も違和感がない、という状態です。
つまり極めてフラットな状態ということです。
それを目指すためには現時点では圧倒的に女性の割合が低いと思うので、やはり改善が必要だということですね。
今はむしろ、男性が圧倒的に多くても業界によっては今までの慣習などからそれが当たり前だと思い込んでしまい、その無自覚によって違和感がない状態になっていると思うので。
この場合の違和感のなさというのは上述のこととは真逆なのです。
違和感がないということに違和感を抱けるかどうか。
2022年以降、僕自身の課題でもあります。
まだまだ旅は続く…。
ちなみにライブは最高でした。
サイコゥ サイコゥ サイコゥ!
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皆さん良いお年を!
応援ありがとうございます。頂いたサポートはアーティスト活動に還元し、より良い作品が届けられるよう突き進んでいきます!