ウィーンが君を待っている/Ep.3 馬鹿
登場人物
正美…大樹の母。美容師。
やす兄…正美のパートナー。
大樹…ナチョスの大学からの友達。
ブライアン…ナチョスの大学の交換留学生。
あらすじ
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大学1年生の時に共に寮生活した交換留学生のブライアン。
半年間の共同生活の後帰国した彼が、
わたしの卒業式に合わせて約1ヶ月の日本旅行に来た。
関西旅行の間、私とブライアンは東大阪にある大樹の実家に泊まらせてもらった。
これは、ほとんどが事実の5人の旅行のお話。
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2023年3月28日 馬鹿
@ NARA
お昼過ぎ。
パズルのように、隙間なく車が並べられた駐車場に到着した。
正美が大樹の母校と紹介した学校が、全く関係のない学校だったことが道中のハイライトだ。
奈良市内の商店街の中にある、[とんかつがんこ]に到着し、観光客の列に加わった。
想像よりも早く私たちは入店した。
席に座ると、店員の女性が私たちに水を運び、注文を聞き入れた。
女性が踵を返すと、ブライアンがニヤニヤしながら
「えー、かわいい」
と嬉しそうに言い放った。
僕と大樹はこの1ヶ月、同じようなシチュエーションに幾度となく立ち会ってきた。
その度に私たちは「日本語で声を掛けてみたら?」と、彼が絶対に話しかけないことを知りながら返答していた。
しかしなぜかこの時は、いつもより話が弾んだ。
ご飯のおかわり自由を利用して、お茶碗の底に印刷されたラインのQRコードを貼り付けて店員さんを呼べば? とか、残した米粒で電話番号を型取ったら?とか。
そんな冗談を言いながら、料理が運ばれるまで笑って待っていた。
料理が机に並べられた時も、私と大樹がおかわりをするために店員さんを呼んだ時も、ブライアンは彼女の方をチラチラと見ては料理に箸を伸ばした。
ふとブライアンがキャベツを食べているところを見ると、まるで馬が草を食べているみたいで、僕は思わず声を出して笑ってしまった。
それを誇張して真似したくなった僕は、キャベツを口に含み、円を描くように口元を動かし、「ヒヒィィィン」と言いながら食べた。
2人の顔は弾け、僕も吹き出してしまった。
2人も真似し始め、後ろのテーブル席の人たちに、何事か、と思われるくらい腹を抱えた。
そして私たちは、店員さんを呼び、テーブルに来た時に"これ"をしながらおかわりを頼んだら、彼女はきっと恋に落ちるだろうと冗談を言って、更に笑った。
私と大樹は、もし本当にやってくれたら帰りの大阪から羽田の飛行機のチケット代を二人で出すと言った。
ブライアンはこの提案を承諾し、机上のボタンを押した。
彼女の姿が奥から見え始めると、彼は口いっぱいにキャベツを頬張り、馬になった。
「ご注文お伺い…」
彼女の口は言葉を失い、目は点になった。
「ヒヒィィィン」
見事な馬っぷりだ。彼女の目は泳ぎ、僕たちの顔をキョロキョロと見渡し始めた。明らかに困惑した表情を前に、笑っていた僕たちは、なんだか彼女が急に可哀想に思えてきた。
「ブライアン、もういいって。すいません、困らせちゃって、」
大樹がそう言った。
しかし彼女は未だ状況が読み込めないような様子だ。
すると彼女の身体は震え始め、顔が天を向いた。
僕たちは目を疑った。
先ほどまで見上げていた彼女との目線は、我々と並行に並び、頭からは角がメキメキと生え始めている。
「あの、だ、大丈夫ですか?」
ようやく絞り出した言葉は、そのまま空気の中に音もなく溶け込んだ。
皮膚は焦茶の毛で覆われ、鼻は飛び出し、足は黒い蹄に支えられている。
「キューン」
鹿だ。
目の前にいるのは鹿だ。
彼女は鹿だったのだ。
コトコトコトと足音を鳴らしながら、回れ右をした。そして馬をしていたブライアンに顔を向けた。
「キューン」
もう一度鳴いた。
何なんだ一体。
いや、鹿だ。間違いなく、鹿。
トーントーントーンと軽やかに跳ねながら、彼女は店を飛び出していった。
私たちは顔を見合わせ、間を置いてから、誰も何も言わずにお皿の残りを食べ始めた。
「マジで揚げたての豚カツうますぎるな」
「な。」
はぁあ。ごちそうさまでした。
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