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ウィーンが君を待っている/Ep.5 シュワコン♬


登場人物

正美…大樹の母。美容師。
やす兄…正美のパートナー。
大樹…ナチョスの大学からの友達。
ブライアン…ナチョスの大学の交換留学生。


あらすじ

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大学1年生の時に共に寮生活した交換留学生のブライアン。
半年間の共同生活の後帰国した彼が、
わたしの卒業式に合わせて約1ヶ月の日本旅行に来た。
関西旅行の間、私とブライアンは東大阪にある大樹の実家に泊まらせてもらった。
これは、ほとんどが事実の5人の旅行のお話。
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2023年3月29日  シュワコン♬ 
@ BEAUTY SALON IN HIGASHIOSAKA

店内の光が夜道を照らす。

ドアを開け、中に入る。

柔らかい水色の壁と木の枠と床。
手前には貝殻のような背もたれの付いたピンクのソファ。
住宅街にひっそりと佇む楽園。

そうだ。こんなお店だった。

ブライアンが鏡の前の椅子に座る。
やす兄の手によって素早くバリカンで髭を整えられたあと、奥の個室のような空間で、本格的な顔剃りが始まった。

ソファは倒され、ブライアンは仰向けになっている。
カメラを向けられた彼の額に、ブラシで立てられた泡が乗せられる。

やす兄が言うには、西洋人と我々の顔の骨格も柔らかさもまるで違うらしい。
目を瞑った彼の顔は、髭の生えた赤ん坊にしか見えなかった。

ブライアンの顔剃りが終わり、少し休憩を挟んだ後、私の番がやってきた。

はじめは少し熱いと感じるが、徐々に馴染んでくる温かさのタオルに顔を覆われる。

これこれ。僕が欲していたのは、まさにこれだ。

ブラシによって奏でられる泡立ちと、ブラシの柄が入れ物に不規則に当たって生じる音。静寂に響くその音。

シュワシュワシュワとコンコン。

いい音色だ。

シュワシュワ、コン、シュワシュワシュワ、コン。

の時もあれば、

シュワ、コン、コン、シュワシュワ、コン、コン、コン。

の時もある。

コン、シュワ、コン、シュワシュワシュワ。

なんて時もある。

さらに、コンコンコンコン、シュワシュワ、コンコンコンコンなんて時もあるのだ!

そろそろ頭がおかしくなりそう? でも私は本当にこの音に癒される。

顔を剃ってもらっている間、僕はやす兄の来し方を聞いた。

床屋を営む両親のもとに生まれ、親の家業を子どもの頃から間近に見ていた。
手伝うこともしばしばで、お客さんからは早くも2代目としての視線を浴びせられていた。

しかしその眼差しは、彼にとって耐え難いものだった。
親の人生のレールに乗っかる人生はまっぴらごめん。

彼に家業を継ぐ意思は一切なく、大学卒業後、一般企業に就職した。

しかし彼は、周囲の人間関係や社会のルールに居心地の悪さを覚え、退職し、結局美容師の道を志す。

それでも親に反抗的だった彼は、親のお店を継がないこと、親に教えてもらわず全て自分で学校や修行先を見つけることを両親に宣言した。

今の僕が言うのもおかしな話だが、その頃は彼も若かったのだろう。

彼は美容師の道を歩み始めてから、彼は自身のコンプレックスに対する捉え方が変わった。

彼の手は小さくてモチッとしている。
この、女性的とも言える、親から受け継いだ手が、彼は大嫌いだったそうだ。

実際に彼の手でフェイシャルマッサージを受けたが、今まで感じた事のない手の弾力で、とてつもなく気持ちが良かった。

短所だと思っていたものが、美容師という色を通して、最大の武器に転じたと彼は言った。

物事は見方によって大きく変わる。

そんな表面的な言葉よりも深い説得力を持つ、厚くて柔らかい手だった。

こんなに丁寧で、心に染み渡るような会話をしているのに、店の入り口の方で陶器を壊すような声が僕たちの会話を邪魔をした。

「LEATHER」

「レ、レザrァ」

「HAHA LEATHER」

「えぇ笑 R、レTHラァ笑笑」

彼らは皮の”レザー”の発音を言い合って笑っている。
大樹の発音は、どう努力しても達成し得ない人のそれだった。

「絶対言われへんやつって聞いててわかるな笑。・・・・・・まぁ人生、いつ何が起こるかわからへんからなぁ。」

やす兄が軌道を戻した。
このパワープレイに僕は半笑いで、「そうですよねぇ」と答えた。

彼は言葉を続けた。

「焦る必要はなんにもない。」

私自身も大学生活で多少遠回りをした。その事に誇りを持っている時もあれば、ふと目の前の真っ白さに、浮ついた不安定さを感じて不安になることがある。

そんな時、やす兄のように身を持った経験をしてきた人の言葉は、碇のように僕たちを陸に繋ぎ止めてくれる。

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