かしこい子に育てるために、0歳でしてきたこと
「こんなに早く大きくなったっけ?」
と思うほど、文字通りすくすく育つ次女0歳。
あっという間に1歳を迎えてしまいそうです。
上2人のときは、全力で知的な働きかけをしていましたが、やはり第3子。
手を抜いている自覚がものすごくあります。
2人の兄姉がいるから、子育てとしてやることを取捨選択ができるとも言えるんですが。
兄姉のときにやってよかった「数のはたらきかけ」
まず、生後すぐにやるのは、数唱。
毎日、だっこしてポスターの前に立ち、指差しながら読むだけ。
これは、絶対おすすめ。
目的は、数を覚え込ませるような詰め込みではありません。
「数になじませ、数をすきにすること」
だから、もちろんアウトプットなど求めない。
聞いているのかいないのかさえ、わからなくていい。
ただひたすら楽しそうに数唱するだけ。
できれば120まで。
息子のときは、泣いていても生後3ヶ月でポスターの前に行くと泣き止むようになりました。
今回の次女の場合、2ヶ月くらいで反応しはじめました。
3ヶ月後には、泣き止むどころか、泣いていてもポスターの前に行き、数唱すると泣き止んで笑うまでに!
1歳を前にした今でも大好きで、ポスターの前に行くと、笑顔になって最後まで聞いています。
階段の上り下りでも、数唱しながら上ったり下りたりすると、声を上げて笑います。
ここが、数→算数→数学への入り口になるのはまちがいないと言えるでしょう。
育児は、子どもがけたけた笑っているときは親はかわいいし、楽しくて仕方がないはずです。何より楽だし。
問題は、グズッっているときです。何をやってもギャン泣きしているときは打つ手がなくて途方に暮れます。こういうときにしんどさを感じますね。
でも、このポスターの前で指差し数唱さえ毎日やって数を好きになっておけば、数を唱えればご機嫌になるんだから、こんなに楽なことはないでしょう。
いや、実は、この段階では「数」が好きなわけじゃないかもしれません。単に「いち、に、さん、し、・・・」というリズムのあるものが好きなだけかもしれません。
だけど、毎日やっているとなじみのものになっていき、そのうちに「数が好き」と思い込むようんいなるのだと思っています。
結果として、数のかいてあるものは好きになっていくのです。
ポイントは目的をはきちがえないこと。
数を覚え込ませようなんて思わないで、とにかく数字を読んでいる時間が楽しくて仕方がないようにすることです。
ちなみに、「あいうえおポスター」も貼っていますが、それを読んでもらうのも大好きです。カタカナも大好きです。
激減した読み聞かせの意外な効果
前にもどこかで書いた気がしますが、兄姉のときは、夫婦でものすごく気合を入れて読み聞かせをしていました。
記録もとっていましたし。
累計読み聞かせ回数は、1歳の段階で1万回を越えるほど。
つまり、1日30冊平均。
ただ、それだけで本好きにはならなかったので、数こなせばいいというわけではなかったとわかりました。
それが理由ではないですが、次女はそんなには読み聞かせができていません。計測もしていません。多いときで1日15〜20冊くらいかな。
父母だけでなく兄姉にも読んでもらえるというメリットはあります。
何が功を奏したのかはわからないけれど、現時点でものすごく本好きになっています。
自分から読み聞かせをねだってくる回数が明らかに多い。
読み聞かせ中もテンションが高いし、にこにこしながら聞いてくれます。だから、読み聞かせがいがあります。
ゴネて泣くのは、読み聞かせが終了するときと、「ごちそうさま」をするときくらいです。
確かに、読み聞かせ量が少ない分、1冊1冊でしっかり顔を見ながら、反応を見つつ向き合って読んであげています。
今までとはちがう反応を示しているので、今後どう成長していくのかは楽しみなところです。
読み聞かせが最強のツールであることを検証する
結局、兄と姉は、紆余曲折あれど本は好きになったし、算数も得意だし好きになりました。
どちらも理系に進む気まんまんです。
ただ、特に息子は文字だけの本への移行に手こずりました。
また、中学受験の理科で、2人とも苦しみました。
0歳の段階からいつかの受験を目指して何かをするのはナンセンスです。
だけど、「できるように」ではなくても、好きになれるもんなら好きにさせてあげたいとは思います。
というわけで、次女で新たにはじめたのが、
絵のない本を読み聞かせる
図鑑を読み聞かせる
という2点。
絵のない本は、スマホで青空文庫をダウンロードし、宮沢賢治の『風の又三郎』を読み聞かせていますが、反応がなさすぎて挫折ぎみ。
理科系の文字の少ない本として、この本の日付と同じページの話を読んでいます。毎日じゃないですが。
図鑑は、こちら。
これらも、絵本に比べると反応がいいわけじゃないので、親側のモチベーションを保つのに苦労しますが、根気強く続けていきます。
理科好きな子になってくれたら、楽しいなーと。
あくまで「〇〇ができる子」ではなくて、「〇〇が好きな子」を目指して関わっていきます。
何が正しい子育てなのか
教育の研究は難しい。
その理由は明確で、ある「Aさん」に幼児英語をした場合としなかった場合や、モンテッソーリ教育をした場合としなかった場合で比較することができないからです。
同じ子は1人しかいません。きょうだいでも違うし、双子でもちがいます。
同じ子の同じ年齢は1度きりしかありません。
その子の経験をリセットすることもできません。
だから、違う経験をさせた場合に、どんな違いが出るかを正確に検証することは不可能です。
論文になって書籍化されるような教育メソッドであっても、数年後にはダメな教育の例として取り上げられることさえあります。
だからこそ、誰でも教育を語れて、よくわからない教育メソッドが跋扈するわけなんですが。
それ自体悪いわけではないけれど、情報を取る側の教育リテラシーがないと、うまく処理できず大コケするリスクもあります。
かしこい子の特徴
ある瞬間、たとえば小1で方程式が解けるとか、年長で英検2級とか、が「能力が高いこと」の証明ではありません。
見た目の上での「学力」にすぎません。
「学力」は積み上げれば、基本的には身につきます。
その「学力」を身につける過程で、いかに「能力」を高めてきたかが重要です。
ただ「学力」が高いだけの子は要注意。
その後の伸び代が意外と小さい場合があるからです。
小1で方程式ができたって、中1までずっと同じ学力だったら、追いつかれるわけなので。
本当に「かしこい子」は、「ある能力値」がずば抜けています。
筑駒→東大に行ったある子は、小2でかけ算を学習していました。この段階の学力としてはふつうです。
でも、どんなに難しい問題にあたっても、何時間苦戦しても、文句を行ったり、気分を害することはありませんでした。
その子の口から、「めんどくさい」「疲れた」「無理」というネガティブワードを聞いたことがありません。
常に上機嫌で、2時間考え抜いても、
「ふー、終わった、終わった」
と言って、通常運行で帰っていきます。
結果として、その後1年半で中3レベルの数学を学習するまでに伸び、中学受験も大学受験も大成功。
麻布に行った子は、年長時、だらだらしてたし算を書くことを億劫がっていました。
だけど、意識しやすい目標を持ったら、人が変わったように真剣に取り組み、その後1年で5年生レベルまで習得しきりました。
ゲームが大好きなので、学習もゲーム感覚でやれるよう工夫しながら関わると、家庭学習ほぼゼロなのに御三家に受かっていました。
スイッチが入ったときの集中力は目を見張るものがあり、小学校では「天才」と呼ばれていました。
「ある能力値」は、どの子にも共通する特定の能力値ではありません。
その子の中で特別にすぐれた能力値があれば、それでいいと思います。
でも、それは「学力」ではなく、「非認知能力」の1つであることが重要です。
常に上機嫌であるとか、没頭力がすごいとか、好奇心がすごいとか、めちゃくちゃ打たれ強いとか、愚直さとか・・・
そういうものを育むのは幼児期で、文字や数はそのためのツールです。あればあるだけ役に立ちます。
文字や数を獲得する中で、非認知能力も上げることを意識するといいでしょう。
早期教育はここを大切にしたら、その題材は算数だろうが、英語だろうが、サッカーだろうが、お絵かきだろうがかまいません。
何であっても結果を出せる「かしこい人」になっていけるでしょう。
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