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「スカジャン」は複数の服の総称だという話【前編】

ブロンズの罠

ほんとかどうかはわからないけれど、英語のブロンズ(bronze)という単語は色名で唯一、一語で2つの色を表すと聞いたことがある。いわゆる銅メダルの色と古い銅像のような青銅色である。なぜかちょっとロマンチックな気持ちになる話だけど、実際にモノを買うシーンなどではそんな色名とても不便だなと思う。なのできっと英語話者はそれを承知していて、実際に色を指定する時には、補足するような言い回しが使われているのだろうと想像する。

身近な例だと、日本語では「卵焼き」という単語がこれに近いだろう。友人を手料理でもてなすために好物を聞いて「卵焼き」と言われたら、甘いタイプかしょっぱいタイプか確認する必要がある。ほぼ同じ使用目的なのに複数の意味を持つ単語を使用する際、われわれは注意を払いミスコミュニケーションを避けている。しかし、その意味の種類を把握していないと当然ミスコミュニケーションが発生してしまう。もし、件の友人が兵庫県出身であれば「明石焼き」を指している可能性もあるのだが、そのような「卵焼き」の使われ方を知らなければしょっぱいタイプの選択肢中に明石焼きが含まれる可能性を排除できない。

前置きがだいぶ長くなったが、スカジャンに関わる仕事をしていて、一番困るのはこの「ブロンズの罠」現象である。

スカジャンミスコミュニケーション

「スカジャン」という言葉が複数の洋服のことを指す単語であることは一般には知られていない。私の知る限り、「スカジャン」という単語は少なくとも次の5つの異なる「服に関連する単語」として使われているが、通常明確に区別されることはない。それでは当然前述のようなミスコミュニケーションが頻発することになる。

A. ヴィンテージスカジャン・ヴィンテージリプロダクト系スカジャン
B. パリパリ系スカジャン
C. スカジャン風アウター
D. アニメ・アーティストなどのファングッズ系スカジャン
E. スーベニアジャケット全般

私の暮らす横須賀では、スカジャンをどう盛り上げたらいいんだ? 問題が議論されだして久しいようだが、例えば行政が何かしらの施策を行い「認知拡大」を狙うにせよ、商店会が施策を行い「売上拡大」を狙うにせよ、ミスコミュニケーションの可能性を潜在的に抱える単語を使用していては施策の効果にも影響があるだろう。宣伝とはコミュニケーションなので注意が必要である。

もっとシンプルに、スカジャン好きな恋人にスカジャンをプレゼントする場面などを考えると実にハラハラする。用語の意味の違いが明確にされていないことで、大切なパートナーに選んだプレゼントのせいで関係が望まぬ方向に転換してしまうこともあるだろう。

そんなさまざまに予想される悲しい事態を避けるために、スカジャンが意味するものについてまとめることから、スカジャンをめぐるnoteをスタートさせてみたいと思う。

本当は一度で説明しようと書きだしたが、あまりにも膨大になってしまったので、2回にわけて投稿しようと思う。まずは前編として「ヴィンテージ・リプロダクト系スカジャン」と「パリパリ系スカジャン」について説明したい。

アメカジファッションの王道「ヴィンテージ・ヴィンテージリプロダクト系」

詳しく話すとこれ自体が複数投稿になってしまうので割愛するが、そもそもスカジャンがスカジャンと呼ばれるようになったのは、最初に作られてから20年以上後だといわれている。それ以前は「スーベニアジャケット(お土産ジャケットという意味)」「鷲虎龍のジャンパー」などと呼ばれていたそうだ(※1)。

ヴィンテージ系スカジャンはそんな50年代までのスーベニアジャケットそのもの。リプロダクト系スカジャンはヴィンテージを再製品化(リプロダクト)した商品である。これらの中でも特にラグランスリーブのベースボールジャケット型でファスナー開きのものを指すことがほとんどだ。

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▲スリーブの種類

ヴィンテージ・リプロダクト系スカジャンの特徴は以下の通りである。

・ラグランスリーブのベースボールジャケット型でファスナー開き
・絵柄が刺繍されている(一部プリント)
・サテンがテロっとした柔らかい質感
・サテンの反射が控えめ
・シャカシャカ系と比べると細み
・店舗、ブランドに関係なく共通の「伝統柄」を使用
・柄はデフォルメされたタッチで、ファニーな柄・アメリカンな柄も多い
・リバーシブル
・リプロダクトでも価格が4万円以上
・刺繍は手振り(ミシンを使って手で縫っている)系
・アメカジテイスト

やはり最大の特徴は柄だろう。ほかの洋服において柄がブランドに帰属しているのに対してヴィンテージ・リプロダクト系のスカジャンはブランド間で柄を共有している。そもそも50年代までのスカジャンでは着物のように定番の図案を様々な店舗をまたいで使用していた(これらの柄は今の浮世絵よりの和柄的なものではなく、文楽や歌舞伎の衣装的な浮世絵が描かれた頃からあるような柄である)。それらの定番の図案をスカジャン業界では「伝統柄」と呼んでいる。伝統柄はスカジャン業界のいわば共有財産的に扱われており、50年代までのヴィンテージを再現しているリプロダクト系でも当然ブランドをまたいで同じ柄が使われているのだ。

リプロダクトの例


また、高価なものが多いのも特徴である。ヴィンテージの歴代MAX取引価格が2着で200万ともいわれているが、リプロダクトではそのクラスのヴィンテージを糸一本一本まで完全再現したような30万円近くするものも作られている。お土産としての国に持って帰った米兵たちが刺繍がダメになったら裏返して着られるようにとリバーシブルになったスーベニアジャケットを再現しているため、リバーシブルのものがほとんどなので、2着分の手間がかかっていると考えるとそもそも値段が高くなるのも当然ではある。

アメカジファッション好きのひとが「スカジャンがすきでー」などと言った場合、このタイプの洋服を指していると考えてほぼ間違いないだろう。

使用例
アパレル店員:「お兄さん普段アウターとかってどういうの着られたりしてます?」
客:「あー、やや、クセがあったりー。スカジャンとか好きでー。」
アパレル店員:「え? ヴィンテージとかですか?」
客:「いやいや、ヴィンテージは買えないですよー 笑」
アパレル店員:「ですよねー 笑」

▼代表的なリプロダクト系スカジャンブランド東洋のWEBカタログ

※1 参考文献
JAPAN JACKET』東洋エンタープライズ株式会社, 2010
SUKA JACKET<スカジャン>』枻出版社, 2016
スカジャン エイムック1102』枻出版社, 2005

オラオラの定番「パリパリ系」

不良映画などに出てくるスカジャンがこのパリパリ系である。スカジャンといえばこのタイプの洋服のことしか思い浮かばないひとも多いだろう。むしろアメカジやファッション史などに詳しくないひとにとってはこちらのタイプこそがスカジャンだと思われいるのではないか。

特徴は以下の通りだ。

・ラグランスリーブのベースボールジャケット型でファスナー開き
・絵柄が刺繍されている
・サテンにハリがありパリっとした質感
・サテンが反射する
・大き目のシルエットで腕も太め
・ブランドそれぞれで独自柄を使用
・和柄のものも多い
・いかつい柄のものが多い
・片面のものが多い
・価格が5千円をきるものも
・刺繍はコンピュータミシン系
・しいて言うならば不良テイスト

こちらのタイプこそ「いわゆるスカジャン」だと思われている最大の理由は頻繁に映像作品に登場するからだろう。羽織るだけで不良っぽさを出すことができるためとても重宝するらしく、学園ものの不良の服としてはもちろん、反社会勢力の方々を描くときにもメンバーの何人かは着ているし、アニメキャラの服装としても使用されることが多い。

▼マジすか学園でもパリパリ系が使われている(1:08~)

柄の方向性もリプロダクト系とは異なり、キラキラした糸で縫われたはっきりした造形の龍やリアリティのある鷲・虎か、ヴィンテージには見られない浮世絵や日本の図案をそのまま使用した和柄も多くみられる。伝統柄はむしろ中国柄に近いのにも関わらず、スカジャンといえば和柄だと思っているひとが多いのは、パリパリ系のスカジャンが多く流通しているからだろう。

アメカジ系と比べるとゆったりしたシルエットをしていて、柄も派手なためこれを羽織るだけでオラついた印象を持たれるのは免れない存在感がある。ファッション的にどんなジャンルの服か? と言えば、どこかの群に入れるのは難しく、もはやパリパリ系スカジャンは独立したジャンルのようにすら感じる。

中高生やコスプレイヤーさんなどが「スカジャンほしー」とつぶやいている場合はこのタイプを指している可能性が高いだろう。

使用例
A:「原宿に空劫(※2)のスカジャンを買いに行きてーー!」

※2 男性声優による音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク』に登場するキャラクター

▼マジすか学園への衣装提供で知られる大熊商会

前編まとめ

まずは「ヴィンテージ・リプロダクト系スカジャン」と「パリパリ系スカジャン」についてまとめてみた。これら二つの服は、ともにスーベニアジャケットにルーツを持ちながら比べてみると服として目指す方向性が全く異なっていることがご理解いただけただろうか。

「パリパリ系」も不良の服を目指していたというわけではなく、ある時点から不良服の定番になったことにより、その方面で喜ばれるように変化していったのだろう。また、和柄が多いのは戦後のアジアというえば龍・虎という大雑把なイメージから、日本と中国の文化的な違いの認識が広まり、日本のお土産をより「日本らしく」しようとする意図が反映されているのかもしれない。そう考えると、商品の見た目は変化しているけれど、買う人のイメージ合わせ極端になっていくという手法自体は、米兵たちのイメージに合わせて中華寄りの図案を採用した戦後すぐのスーベニアジャケットの頃から変わっていないのかもしれない。

さて、次回は後編として残り3つのスカジャンの意味についてまとめようと思う。

※2020.10.12 に後編公開に合わせ修正しました。

後編は こちら

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