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都会の空洞で身を隠すように寝ていた女性の名前を、わたしはまだ知らない。

昨日の夜、忘れられない出来事が起きました。一晩経っても脳裏に焼きついた光景がなんども思い出されてしまうのです。ひとりでは抱えきれないから言葉にさせてください。

わたしはホームレス状態の人のサポートをするNPOで働いています。月1回〜2回ほど夜にホームレスの人たちのもとを訪ねて回る「夜回り」という活動を行っています。

4つあるコースの中で、一番繁華街であるターミナル駅周辺を担当しています。昨日がその夜回りの日でした。

川沿いや公園の近くのコースだと、人通りが少ない分野宿をしている人かどうか比較的見分けがつきやすいのですが、ターミナル駅は会社帰りの人なども多く利用するため圧倒的に通行量が多く、誰に声をかけるか判断に非常に困るのです。

また都会の椅子は、石や金属でできていることが多いので長時間座るのには適しません。残念ながら、都市デザインは排除的であることが多いです。商業施設などは警備員が巡回しているため、同じ場所に長くいることは至難の技です。駅や公園のベンチは足を伸ばせないように、長椅子なども肘置き(のようなもの)が設置されていることがほとんどです。

図書館や公共施設は日中利用できますが、家がない人が夜間安心して過ごせる場所はまずありません。夜間もやっている小売店舗やゲームセンターをウロウロして、夜を明かしているという人もよくいます。

これだけ多く人がいる中で、寄る辺もなくひとり路上の隅で座っている人たちがいます。通り過ぎる人たちは見えているはずなのに、そこに人がいることに気づかないのです。気づいたとしても、異物を見るような視線を送ってくるのです。

夜回りをしている時に、路上に座っている人と目線を合わせるためしゃがんでその人と話していると、周囲の人の視線がトゲのように痛く氷の刃のように冷たいことに気付かされます。「え?この子何してるの?」と言われているようで、その感覚を味わうたび、いつも吐きそうになります。

なんて不寛容なんだろう。そう思ってしまうのです。
今日ここに座っている人は、1年後のあなたの姿かもしれないのに。
そうやって他者を排除してしまうことは、あなたの首を真綿で絞め続けることにほかならないのに。
誰にだってホームレスになる可能性はあるのに。

わたしはこういったかなしみに溢れた経験をするたび、都会の空洞を味わうことになるのです。

そして、わたしは昨日都会の真ん中で、とてつもなく大きな空洞を見たのです。

数少ないベンチが並ぶ無料で休憩ができるエリアで、机に突っ伏して寝ている人がいました。派手な色の服をまとっていたので、最初は若い大学生くらいの男の人が、勉強かサークル活動に疲れて終電前に寝ちゃっているのかなあなんて思っていました。

でも、しばらくそのベンチのあたりを眺めていると、どうやらその人は寝ていないのです。足が不自然に動いていました。さらに、よく見るとスニーカーのつま先部分だけ黒ずんでいました(=つま先を立ててよく座っている可能性が高いということ)。なんだか服のサイズも合っていないように見えました。

断られるかもしれないし、怒られるかもしれないけれど。
100回近く夜回りをしてきたわたしの直感が働き、声をかけることを決めました。近づいたその時、むくりとその人は顔を上げました。近づいてくる誰かを察知したのかもしれません。

その人は、若い男の人ではありませんでした。年齢は定かではありませんが、20代後半であるわたしの母より年齢が上であろう女性でした。驚きました。

用意してきたお弁当を渡したいということを伝えると、「わたし、お金持ってないけど…もらっていいんですか?」というのです。

こんなに小柄な人が、こんなに寒い冬の夜に、お金を持たずに生活をしている。その現実をまざまざと見せつけられてしまったようで、一瞬言葉を失ってしまいました。

「もちろんです。あたたかいうちに、ぜひ召し上がってくださいね。」

そう答え、簡単に団体の説明をして、この日はその場を後にしました。


わたしは、あの女性の名前をまだ知らない。
次に会った時、名前を教えてくれるだろうか。
またお弁当を受け取ってくれた時のような、笑顔を見せてくれるだろうか。
一言でもまた話をしてくれるだろうか。

そんなことを思い、彼女が生きたい未来を描けることを心から願いました。

夜回りで用意しているお弁当は、すべてご寄付が財源です。あの女性があたたかいご飯を食べられたのは、寄付をしてくれた方がいたからです。

彼女の質問に「もちろんです」と答えたとき、ご寄付を募ってきてよかったと心から思いました。お金に意志をもたせてくれた多くの人に、感謝の言葉を伝えずにはいられません。本当にありがとうございます。

わたしが働くHomedoorでは、この寒い寒い冬を乗り越えるための冬募金を実施しています。

街でホームレスの人を見かけて、気にはなったけど声をかけられなかったなら。
この文章を読んで、ほんの少しでも心が動いたなら。

あなたのお金に意志をもたせて、お送りいただけると本当に嬉しいです。

※トップの写真はフリー素材です。文章とは関係ありません。

普段の自分ならしないことに、サポートの費用は使いたいと思います。新しい選択肢があると、人生に大きな余白が生まれる気がします。