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四六かA5か、それが問題だ 『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』編集つぶやき

こんにちは、『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』の担当編集者、中川ヒロミです。『ファクトフルネス』の編集過程について、これからnoteに何回か記事を書いていきます。

この記事を書くきっかけは、共訳者の上杉周作さんが書かれた「『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』の翻訳本ができるまで」という記事の反響に驚いたこと。


Twitterなどでこの記事を読み、「ここまで手間をかけて真剣に翻訳していると知って、本を買いたくなった」と書かれていた方が何人もいました。

私自身は上杉さん、関さんと何カ月も編集作業をしているうちに、お二人の翻訳や真摯なお仕事ぶりは誰もがそのことを知っているかのように思い込んでしまっていたんですよね。でも、当然みなさんがご存知なわけではないし、それを知りたい人もたくさんいる、そして伝えることが製品の信頼度を増すんだなと気づいたのです(ちなみにファクトフルネスには「思い込みをなくそう」とも書かれていますが、担当編集者もしょっちゅう思い込みで間違ってますね)。

そこで私も、『ファクトフルネス』の担当編集者として、編集過程を書いてみることにしました。

500ページを超える本になっちゃう!?

『ファクトフルネス』は実に不思議な力を持った本です。誰に言われたわけでもないのですが、「これはみんなに読んでもらわなきゃいけない本だから、最善を尽くそう」と編集者である私は勝手に思い込みました(思い込みはいけないと書かれた本ですが、これはいい思い込みでしたね(笑))。

本でいちばん大事なのはもちろん内容なのですが、外見もすごく大事です。カバーのデザイン、大きさ、質感で読みたくなくなっちゃう本ってありますよね。逆に、かっこいい、かわいいといった理由で興味をひく本もある。それに、本屋さんで目立たなくては気づいてもらえないけれど、単に目立てばいいってもんでもない。本のデザインをされる装丁家さんを誰にお願いするか、どんなお願いをするかも編集者にとっては重要な仕事なのですが、それはまた別の回で書く予定です。

さて、カバーデザインよりも前に編集者が決めなくてはいけないのは、本のサイズです。本文ページのデザインをしてもらい、文章や図を配置するため、まずは大きさを決めます。

日本の小説やビジネス書では、「四六判」(しろくばん)というサイズが一般的によく使われています。ただ、『ファクトフルネス』を四六で作ると500ページくらいのぶ厚い本になってしまいそうでした。本文も多いし図表も多いし、巻末の脚注も多い。どこかをカットして短くするような本でもない。けれども500ページもあったら、さすがにみんな引いちゃうのではないか。そこでサイズが縦も横も四六より約20ミリ大きいA5サイズにすることを考え始めました。それが2018年夏のことです。

左はA5判の『ファクトフルネス』、右は四六判の『OKR』

突然電話して相談に乗ってもらう

実はビジネス書では、これまでA5判はあまり使いませんでした。よく言われるのは、「A5判は実用書でよく使われるサイズなので、本屋さんのビジネス書の棚に置いてもらえない」ということ。ただ最近では、ビジネス書でもA5判の本は少しずつですが増えてきています。

『ファクトフルネス』をA5判にしちゃっていいのかなあと悩んでいた私は、たびたび本屋さんの店頭であれこれ本を見ながらどうしよかなあと考えあぐねていました。9月のある日、大阪出張の合間に立ち寄ったのは、大阪駅近くの紀伊國屋書店梅田本店。ここでふと、以前からメールのやりとりをさせていただいていた梅田本店の武内さんに聞いてみようと思い立ちます。

店員さんに聞いてみると、近くの別の場所にいるとのこと。アポもないのに電話をかけて、「今、梅田本店のお店にいるんですが、もしお時間あれば10分くらいお話ししたいんです」とストーカーみたいなお願いをしちゃいました。

この武内さん、私が最も尊敬する書店員さんのお一人です。梅田本店には、黒田さん、武内さんというスーパー書店員さんがいらして、いつも仕掛けがすごいんです。例えば以前に私が担当した『パラノイアだけが生き残る』。自作してくれた特大パラノイア本が、ターンテーブルの上でぐるぐる回っていたんですよ!

話を戻すと、武内さんは素晴らしく親切な方で、アポなしの私のお願いにも、すぐに駆けつけてくれました。挨拶もそこそこに、私は武内さんを質問攻めにします。

中川  :来年発行するビジネス書(『ファクトフルネス』のこと)をA5判にしようかなあと考えているんですが、A5の本はやっぱり売れないですかね? 実用書と間違えられたりしますか?

武内さん:いえ、お客様は判型をそれほど気にされていないように思いますよ。売れる本はA5でも売れてます。

中川  :ですよね! 最近A5判のビジネス書も増えていますよね。でも、書店ではA5の本を並べにくいとよく聞くのですが、それは本当ですか?

武内さん:そうなんですよ。確かに書棚の高さを四六サイズに合わせているお店も多いので、書棚に面陳(表紙を前にして展示)してもらいにくくなりますね。

中川  :なるほど!! 面陳されなかったら悲しいなあ。

武内さん:最近は、書棚の天地のサイズを変えて大きくしている棚やお店もありますが、四六の棚を変更するのには手間がかかるので、四六の本ほうが並べやすいのは確かですね。

そして、腹をくくる

ここで私は、武内さんを前にうーん、うーんと悩み始めました。

中川:でも、来年に出そうと思っている本(『ファクトフルネス』)は図表も多いし、分量も多いので、四六だとつらいんですよねえ。でもいい本だから、たくさん売りたいんですよねえ。うーん、うーん。

武内さん:でもね、中川さん。売れればサイズはあまり関係ないんですよ。売れてる本は、書棚のいちばん上に面陳するとか、平台に何面も使って並べますから。だから、中川さんがこれは売れる、売りたいって本当に思う本なら、もう好きなように作るっていうのがいちばんいいですよ。そのほうがいい本になるはずです。お客様は判型を気にしていないんですから。

ううう、武内さん、ありがとう。 私は腹をくくります。

こうして私は、武内さんに勇気をもらって『ファクトフルネス』をA5判で作ることに決めました。結果的には、武内さんがおっしゃった通り、平台でどどーんと展開してくださる本屋さんが多いので、A5にしてもほとんど問題はなかったのではないかと思います。

ただひとつ、本文の用紙はよく使われる四六判のほうが需要が多いので、A5判のファクトフルネスは本文用紙が確保しにくく、大量の増刷がなかなか思うようにできずに苦労しました。

でも、やっぱりA5にして少し薄めにできてよかった(それでも400ページあるんですけどね)。縦も横もたった20ミリ前後の違いですが、編集者という生き物はあれこれ悩みます。背中を押してくれた武内さんには、本当に感謝しています。

そして紀伊國屋書店梅田本店では、『ファクトフルネス』を大展開してくれました。





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