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文学の森殺人事件 第六話

「彼女が盗作していたのに認めないから腹が立ってそう叫んでしまったのかもな。俺は気が短い方だから思ったことを口に出さないと気が済まなくなる時があるのさ。もちろん、今では後悔しているよ。でもさ、まさか死ぬとは思っていなかった。疑われるのは仕方がないけど、俺は犯人ではないよ」
「二階堂ゆみが盗作していた?」
「死んだ人のことを悪く言いたくないが、彼女は盗作して富や名声を得ていた。それはネットやSNSでも指摘されてる事実さ。歌手やバンドがメロディや歌詞をアレンジして使うように、二階堂ゆみはあらゆる記事や小説から盗作していた。だから恨みを持つ人間がいても不思議ではないね」
「倉田さんもそのことはご存じですか?」
「ああ、確かに盗作はしていたさ。だけど正式には認めていない。あるいはインスピレーションやオマージュだと言った方が正解なのかもしれない」

「なるほど」
「もういいかい」長田は苛立っていた。
「盗作の件に関しては著作権侵害で訴えられたら問題になりそうですね。彼女は盗作をしながら世界的な作家になった。裏で何かややこしい問題が隠されているのでしょうか」
「ご名答!」長田は叫んだ。「三木剛って担当編集者がいるだろ。あいつは意地が悪いから利用できる者は全て利用してきた。裏で盗作を揉み消していたのも、奴の功績が大きい。もちろん二階堂ゆみに才能がないと言いたいわけではない。けれども、三木に商品として売り出されていたのも事実だろう」
「商品として売り出されていた?」
「ああ。人気がある商品を売り出す商売方法さ」

「なるほど」西園寺一は言った。
「三木さんの人格について不満があるのですね」
「俺は人気があればいいって考え方が好きではない」長田春彦が言った。「実力がある作家の本しか読みたくない。海外にギュンター・グラスって作家がいたんだけど、日本ではいまいち理解されていない。なぜなら、彼の書く文章は難しすぎるから」
「日本だと大江健三郎と似ているよな」倉田修二は言った。
「そう、まさにそれ!」
「なるほど。長田さんは三木さんといつ知り合われたのですか?」

「二階堂ゆみの文学講座で三木に初めて会った。プロの作家になりたいから作品を読ませた。三木は一読しただけで『作家には向いていない。全く才能ない。これから執筆を続けていても無駄だから、小説家は諦めろ』と切り捨てた。当然、腹が立って文句も言ったよ」
「三木さんとは反りが合わなかった。しかし作品を一読しただけで小説の骨子が理解できるのですかね。優秀な編集者なら丁寧に作品を読んで欲しいものです」
「大概の小説は、そんな扱いだよ」と倉田は言った。

 西園寺は長田に訊ねた。「あなたは三木さんにも個人的な恨みを持たれていた?」
「あるいはそうかもな」長田は言った。「誤解を招く言い方をしたかもしれないけど、三木は頭のなかでは殺している。現実に移したいとは思えないがね」
「なぜですか?」
「人を殺すのに抵抗があるからだ」
「もう少し掘り下げて話を聞かせてください」
「文学講座の続きだけど、大丈夫?」
「もちろんです」
「二階堂と三木が談笑していたのを目撃した『才能ないのに夢を追いかけるのは残酷だから、現実を見て普通の仕事に就くのが無難ですよね。もっとも長田という青年は普通の仕事も出来そうもない頭の悪い奴です』奴は俺をそう評したのさ――三木の不細工な顔を見ると反吐が出そうになる。その証拠に奴は意地の悪い奴でファンや編集部内でも嫌われている。どうして、三木が二階堂ゆみの側近でいられるかって? 単純に世界的作家に育て上げた”肩書き"があるからだよ」
「編集部内でも嫌われている? なぜあなたが編集部のことを知っているのですか?」
「長いこと小説を書いていると、出版業者の人とも面識が出来るもんなんだよ」長田は言った。「奴は他人には厳しいのに自分には甘いっていうか。部下にはパワハラ、女性にはセクハラを繰り返していた」

「信じられませんね」
「全部、本当の話さ」
「一編集者にそこまでの権限があるなんて」
「奴は金にがめつい奴で欲しいものは何でも手にしてきた。彼女を裏で操っているのも三木だと考えられる。自らを『優秀なプロデューサー』だと思い込んでるのさ」
「裏で操っている?」西園寺は訊ねた。「裏で操っているのはあるいは二階堂ゆみの盗作を隠蔽していることに繋がるのですかね?」
「二階堂ゆみの小説を読んだ人には必ず分かるけど、彼女の小説のあとがきには『今回も担当の三木剛さんに感謝致します』と書かれている。つまり――三木がある程度の権限を持っていて、盗作を推奨しているということでもある」
「あなたは感情が表に出やすいために幾つかのトラブルにも巻き込まれていますね。一番聞きたいのは、なぜあなたは憎いはずの二人がいる文学講座に参加して、復讐とも取れる行動に移ったかと言うことです。長田さんは首都圏在住ですよね?」
「生まれも育ちも東京だ」
「東京なら他の作家のワークショップも多く開催しています。なぜ、あなたは二階堂ゆみにこだわっていたのですか? あるいは憎んでいたのが事実ならば普通なら嫌いな作家の文学講座には参加しない方が得策です。あなたは二人に恨みを持っていて、どこかで抹殺しようと考えていたのではないでしょうか?」

「あんたもしつこい人だ! 俺が文学の森に参加したのは倉田の要望を受け入れたからだってさっき言っただろ! こいつは気の置けない奴だからな」
「倉田さん、それは事実ですか?」
「ああ」倉田は言った。「こう見えて、長田は面倒見の良い奴だから受け入れてくれたよ」
「倉田さんは二階堂ゆみのファンでしたね。現実が受け止められないでしょうが、少しだけ宜しいでしょうか? この密室で彼女が殺されたのは事実です。あなたはショックや、不安になるとトイレに籠もる癖があるようですね。二人で小説を講評し合っている、その前にあなたたちはどこで何をしていたのですか?」

「昼の一二時二〇分にランチを近くの定食屋で食べていたよ。四五分に文学の森に着いて、長田と落ち合う前だったけど、受付で太ったおじさんが、うろちょろしていたのを鮮明に覚えているよ」
「太ったおじさん?」
「大島徹さんだろ。彼は善人だよ。素直で人懐っこいというか。けれど、あの年齢でどこの出版社にも相手にされてないのは、可哀想だけどな」
「倉田さんは大島さんをご存じない?」
「ああ。思い出したよ。大島さんは小説家志望のおじさんだ。俺たちのグループには属していないけど、二階堂先生に小説を教えて貰ってるってどこかで聞いたな。彼の人生は詰んでいるようだが、小説のことになると目をキラキラさせて嬉しそうに語るんだよな。好きな作家とか作品とか。成功してほしいと思うけど、現実は厳しいよな」
「長田さんは?」
「俺は暁市の自宅から徒歩で移動している最中だった。予定では一二時四〇分には倉田と会うつもりだったけど、倉田はマイペースだから、ランチで遅れると、LINEがきた」
 西園寺は長田と倉田のLINEを見せて貰った。
「ふむ」西園寺は意味深に肯いた。
「これでいいかい?」長田はうんざりして言った。
「ありがとうございました」と西園寺は言った。
 西園寺一は次の証言者の元へと急いだ。

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